Sランク昇格試験

しばらく歩くと目の前に多種多様な木々が乱立した大きな森が見えてきた。様々な種類の木が密集しているのである。下草は短く、気候は温暖湿潤。地球で言うのならば熱帯の自然、熱帯雨林といったところか。頭上は大きな木の葉で覆われていて日光が入ってこない。森の奥は相当暗そうだ。


「よし、ここだ。ここに群衆狼クラスターウルフがいる。もう一度確認するが奴らはSランクの魔物で非常に危険だ。正直お前のようなガキに奴らを倒せるとは思えん。引き返すなら今しかないがどうする?」


試験官の一人が俺を心配しているような口調で話した。


「ああ、問題ない。」


「言っておくがお前が危険になっても俺たちがすぐに助けられるとも限らん。俺たちを保険のように思っているなら命を落とすことになるが大丈夫なんだな?」


「大丈夫だ。進めてくれ。」


正直全く負ける気がしない。このSランク昇格試験も俺にとってはただの通過点でしかないのだ。俺は、早く強くなって────


ここで一つ、疑問が浮かんだ。俺は強くなって何をしたいのだろうか。そう、今の俺には目的がないのだ。誰かに魔王を倒せと言われたわけではないし、囚われの姫を助けてくれと言われたわけでもなく、神様に何か試練を与えられたわけでもない。俺はこれから何をしようとしているのだろうか………?


「おい、坊主どうした。難しい顔して。」


「……あ、すまん。ちょっと考え事をしていた。」


「おいおい、しっかりしてくれよ。これからSランクの魔物と戦うってんだ。ちょっとは気を張れ!」


「ああ、気をつけるよ。」


まあいい。これからの目標はこの試験が終わったらゆっくり考えることにしよう。まずは試験に合格しないとな。



森に入ってからかなり歩いた。あたりはかなり薄暗く、10m先すら見えない。俺は『時空隠蔽カクレンボ』の探知能力を使って警戒しながらゆっくりと進んでいった。そして森に入ってから3時間、遠くの方で遠吠えが聞こえた。間違いない。群衆狼クラスターウルフの鳴き声だ。


「おい坊主!奴らが俺らに気づいたみたいだ。すぐに囲まれるぞ!戦闘態勢に入れ!」


さすがは狼の嗅覚だ。俺の探知能力よりも遠い範囲から俺たちを見つけたようである。俺は探知の範囲をさらに拡大して戦闘に備えた。


まずは向かって右側。1匹の狼が目をぎらつかせて飛びかかってきた。俺はそれを軽く避ける。周りを見ると3人の試験官たちは飛行魔法で既に空に逃げていた。上から俯瞰して採点しようということだろう。あくまで戦闘は俺一人で行わなければならないようだ。


続け様に後方と頭上。頭上から襲ってきた狼は風系統魔法を使って5m以上の跳躍をして襲ってきている。俺はそれを軽やかなステップを踏んで避けていく。この回避術はティアナから教えてもらった、剣術の型の一つである。狼たちは俺が次々と避けることに苛立ちを感じ始めたのか、一斉に遠吠えをすると今度は10匹以上の集団で取り囲む。俺の周りを半径2mほどの円状になって駆け回っている。まるで鳥籠のように逃げ場を塞いでいるのだ。そして10匹ほどが四方八方から襲いかかってくる。さらに上からは5匹の狼が飛びかかってきた。狼たちは一糸乱れぬ連携で確実に俺を仕留めようというのだ。まさに群衆狼クラスターウルフの名に相応しい圧巻の戦い方である。これでは魔法を詠唱する暇もないし剣で戦おうにも数が多すぎる。普通の冒険者なら簡単にやられてしまうだろう。


……そう。普通の冒険者なら────俺は小さな声で唱えた。


「ー詠唱棄却ー『アイシクルレクイエム』………」


刹那、俺の周りには氷の壁ができた。飛びかかってきた狼たちは警戒して俺から距離を置く。さらに空中には無数の氷塊が浮かび上がる。氷塊は立て続けに砕け散り、鋭利な先端を持つ氷のつぶてへと形状が変化していく。そして、全ての氷が礫となった時、群衆狼クラスターウルフの運命は定まった。瞬間、氷の礫が音速を越えようかという速度で狼たちに発射される。礫は空気抵抗に耐えきれずさらに砕けてガラスの破片ほどの大きさになる。そして、狼たちに次々と襲いかかる。礫の数は数十万。この技に隙はない。狼たちに逃げ場など決して与えないのだ。



全ての礫が発射された後、残ったのは何十頭という群衆狼クラスターウルフの死骸と赤く血塗られた地面だけだった。まさに無慈悲なる攻撃。これこそが、仙級水系統魔法『アイシクルレクイエム』。しかも詠唱破棄のおまけ付き。この技は、対人戦では防御結界を張られてしまうので通用しないが、結界を使えない魔物に対してはこれ以上ないほどの威力を誇る魔法なのである。


戦闘が終わると、3人の試験官が空から降りてきた。


「おいおい、今のはなんなんだ!?群衆狼クラスターウルフは聖級魔法で十分倒せる魔物だぞ?あれはオーバーキルってもんだ!そもそも12歳であんな魔法を使える時点で人間技じゃねえよ!」


「師匠はもっとすごい魔法使ってたぞ?」


「ばか!お前の言う師匠ってのはティアナさんのことだろ?英雄クラスを比較対象にしてんじゃねえよ。だがなあ……お前はまだ12歳だ。俺の見立てではこのままいけばお前はティアナさんすら超えるかもしれんぞ?」


褒めたいんだか怒りたいんだかはっきりしてほしい。それに確かに俺は強くなったが、ティアナに勝てるビジョンなんてまるで浮かばない。この試験官はティアナさんを舐めすぎだ。


「まあまあ、試験をクリアしたことには変わりないわけですし、これで晴れてS級冒険者です。ハーディア・エルタ、おめでとう。」


3人の中でも一番優しそうな試験官が労ってくれた。


「ま、お前がすごいことは認めてやるよ!さて、こいつらの素材を回収したら帰るか!」


場が和やかな雰囲気で包まれる中、それは突然音もなく近づいてきていた。俺は安心しきって探知を切ってしまっていたのだ。俺がもう少しちゃんと警戒していれば………。


場は、一瞬にして戦慄に包まれる────

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