救い

俺は街の中を走った。商店街に差し掛かり、人がたくさん行き交っている。しかしぶつかることはない。スキルがまだ発動しているからだ。だから何も考えずに一心不乱に走った。息が切れる。脳に酸素が回っていないのがわかる。もう周りを見る余裕なんてない。それでもただひたすらに走り続けた。俺の心に襲いかかる不安と恐怖を紛らわすように────



それから走り続けること数十分後、俺はやっと我に帰った。気づけば街はもう視界には見えない。だいぶ遠いところまで来てしまったようだ。しかし、これでよかった。あのまま街にいたら、また誰かを消してしまっていたかもしれないのだから………。現に、俺は逃げる時に無意識でスキルを使ってしまっていた。この時、『時空隠蔽カクレンボ』は俺の制御の及ばない存在なのだと、改めて実感した。


「ああ………お腹空いたな………。」


俺のお腹がギュルギュルとなっている。もう2日は何も食べていないのだ。このままでは餓死してしまうのは確実だと思った────その時である。俺は周りを数十頭の狼のような生物に取り囲まれていることに気がついた。狼といっても高さ1m以上もある大きな狼だ。獲物を見定める凛々しい目、そして白と蒼の入り混じった美しく綺麗な体毛。しかしその見た目とは裏腹に、その鋭い牙は狼たちの危険度を物語っている。


「「「「「わおぉぉーーーーん!!!」」」」」


狼たちは一斉に鳴きながら少しずつ距離を詰めてくる。普段の俺ならこんな奴らは敵じゃないだろう。現世にいたどんな生物より獰猛な奴らだが、俺には鉄をも貫く『ウォーターレーザー』があった。これを散弾させればこんな奴ら数十匹くらい簡単に倒せる────しかし、今は違った。腹が減って集中が続かない。そのせいで体内の魔力をうまく操作することができず、空気中の魔粒子に干渉できないのだ………。


俺はスキルに頼るしかないと思った。幸いここにはこの狼たち以外には誰もいないし何もない。ただの平原で使っても被害は出ないだろう。そう思って、スキルを使いたいと心の中で願った。しかし、スキルは一向に発動する気配がない。何度発動したいと心の中で思っても何も起こらない。何も変わらない。


「おいおい……何でだよ………。願ってもない時に発動するくらいなら、使いたい時くらい使わせてくれよ────」


そうぽつりと独り言を言うと、狼たちはその瞬間に一斉に飛びかかってきた。1m以上の巨体が数十頭も襲ってくるのだ。もう助からないと思った。


「せっかく異世界に転生したのに散々な人生だったな………はは………。」


俺は自分がここで死ぬことを悟り、抵抗することを諦める。狼たちはもう俺の頭上まで来ている。一秒後には俺は食われているだろう。無力感に苛まれながら生きる希望を失った。その時である。


「バシュッ!!!!!」


狼たちが一瞬で斬り殺される。そして目の前に立っている少女は────


「世話が焼けるなぁーもう!」


銀髪に青のメッシュが入ったロングボブの髪。まるで空のように透き通った水色の凛々しい目。その少女は背丈は150cmほどで低いのに妙に大人びていてクールな見た目をしている。そんな姿からは想像できない明るい口調。その少女はティアナだった。


「えっ………何で俺の居場所が……っていうかなんで助けに来たんだよ!」


「なんでって、そりゃ君が危なかったから。このままだと君、死んでたんだよ。助けてあげたんだからありがとうくらい言ってくれてもいいじゃん!」


「俺は助けてなんか頼んでないし、それに俺と一緒にいると危険だって言ったじゃんか!!」


「それなら大丈夫だっt………」


「だからダメなんだよ……一緒にいたらまた消してしまう………もう……殺したくないんだよ……」


俺はいつの間にか泣いていた。じいちゃんのことを思い出して。そして、この人もこのままだと消えてしまうかもしれないことに不安と恐怖でいっぱいで。


「………バサッ」


突然にティアナは後ろから羽織っている蒼い外套で包み込むようにハーディアを強く抱きしめる。


「大丈夫。言ったでしょ。私は強い……誰よりも……だから大丈夫。私が君を守ってあげる。私が君を育ててあげる。……………私が君を救ってあげる。」


俺はさらに泣き出した。不安や恐怖からではない。安心と満足。そして孤独を埋めてもらったような、そんな気持ちから大人気もなく泣いてしまった。


「ほらほら泣かないの!ほら、まずはこれ食べて!」



「大丈夫?お腹いっぱいになった?」


「うん……、ありがとう。おかげで死なずにすんだ……。本当にありがとう……。」


「いいっていいって!それじゃ…約束通り君を一人前になるまで育ててあげる。まずは私とここからずっと北の方にあるカルラ山に向かおう!そこで数年間修行をするの。君がそのスキルを完璧に使いこなせるようになるまで!」


「そんなこと、本当にできるの……?そもそもティアナさんだって危険に晒されるのに……。」


「ティアナでいいよ!危険ってことは絶対にない。私にはどんなスキルも効かないから。」


「なんでスキルが効かないの?」


「んー……それは君がスキルを使いこなせるようになった頃にでも教えてあげる!まずは君自身が頑張らないとね!」



そして、その後も会話を続けながら、俺たちはカルラ山に向かって歩いていった。

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