森の支配者

「ディアよ、準備はできたかい?」

「もうとっくにできてるよ!早く行こうよ!!」


俺は8歳になった。と言っても、捨て子だったので正確な誕生日はわからないから、じいちゃんに拾われたあの日が俺の誕生日ということになったのである。今日は待ちに待った狩りの日がやってきた。今までは、危険だからと言われてじいちゃんだけで狩りに出かけていたのだが、8歳になって半分大人になったことと上級水系統魔法『ウォーターレーザー』が使えるようになったことで狩りに同行する許可が降りたのだ。


何故8歳で半分大人なのかというと、この世界での成人とは16歳のことを指すからである。しかし当然、8歳といえば身も心もまだまだ成長途上だし、声だってまるでソプラノボーカルのような甲高い声なのでとても大人になど見えない。なので8歳になったからというのは多少建前の部分もあるのだろう。まあ、俺に関して言えば心は前世も含めると三十路の年齢なのだが………。


ちなみに『ウォーターレーザー』とは、魔力によって空気中の酸素と水素を化合させて水を生成し、大気圧の3000倍の圧力で圧縮したものを小さな穴に通すようなイメージで噴出する魔法である。前世では嫌いだった化学を異世界でも勉強するとは思わなかった………。この魔法は見かけによらず強力で、水道から出る水の1000倍の水圧で発射される。だからそこらへんにある木くらいなら容易く貫通するし、下手したら金属にも穴を開けれるかもしれないほど恐ろしい魔法だ。使う瞬間は見極めようと思う………。


こうして、俺は狩りに行くための身支度を済ませると、足取り軽く家を出た。


「これこれ。そんなに急ぐとわしが追いつけんじゃろう。もうちょっと速度を落としておくれ。」

こうはいっているがじいちゃんのその顔はとても楽しそうだった。


そして俺たちは森の奥へと木々を避けて蔓草をくぐりながら進んでいくと、目の前に小柄なうさぎが見えた。しかしただのウサギではなく、頭には鋭いユニコーンのようなツノが生えていて、手の爪は鋭く尖っている。一見すると可愛らしい見た目だが、じっくり観察するとその凶暴性を垣間見ることができる。


「見てみろ。あれは一角兎ホーンラビットじゃ。あのような普通とはちがった見た目をしている生物は魔物という。魔物というのは一般的に希少レアスキルを持った生物のことをいうんじゃ。希少レアスキルは5%の生物が持っておるから大体20匹に1匹は魔物になる計算じゃな。ただし、人間だけは例外で魔物化はしないのだよ。一説では人間は強い理性を持っているからだと言われておる────それじゃあ説明はこの辺にして、早速狩りをするかの!まずはわしが手本を見せるからしっかり見ておれ。」


じいちゃんはそういうと、風系統中級魔法『ウィンドカッター』を使って一角兎ホーンラビットの首を真っ二つにした。それは芸術と言えるほどに鮮やかな魔法だった。魔法をだいぶ勉強した俺だからこそわかるすごさだ。威力、命中精度、魔力効率。それはどこをとっても完璧な魔法といえた。


「ほれ、今度はお前の番じゃ。もう少し奥までいって獲物を探してみるとするかの」


今度は俺がじいちゃんのように狩りをする番だ。どんな魔物がくるだろうか。俺だって魔法を5年以上毎日サボらずに練習してきた。完璧に仕留めてじいちゃんに褒めてもらうんだ────


そんなことを思いながら俺はじいちゃんと森の奥へ歩いていった。するとそこに一つの影があった。ついに魔物が来たか────そう思ってその影の先に目を移した時、俺はそこに絶望を見た。全長3mにも及ぶ大きな体に5mはある大きな尻尾。赤黒い血の色のような目。身の毛もよだつ漆黒の体毛。そこにいたのは……やつだった。俺が異世界にきて初めて出会った化け物。俺にトラウマを植え付けた猿がそこに立っていた。


「なんだあやつは……!!あんな生物は今まで見たことがないぞ!!……いや、もしかすると……あやつは猿魔か────」


猿魔。それはこの森が《閻魔の森》と呼ばれるようになった元凶。それはこの森の絶対的な支配者であり災害である。


「そんなバカな────都市伝説ではなく、猿魔は実在しておったというのか!!30年間ここに住んできて、一度も見たことなどなかったのに…なぜ今現れたんじゃ────」


俺も動揺していたが、それはじいちゃんもまた例外ではないようだ。やはりこんな生物が日常的にいるはずがないのだ………。


「じいちゃん!!逃げよう!早く!!」


「ディア……。お前もこやつがわしらを見逃すようなやつではないことはわかっておろう……。ここはわしに任せろ。わしはこれでも昔、賢者と呼ばれておったんじゃよ。だから、心配せんでいい。お前は先に逃げてうちに戻っておれ。あそこには結界が張れられておるから安全じゃ。さあ。いけ!早く!!」


「だめだじいちゃん!俺も戦う!!」


「ディア!!いうことを聞くんじゃ!!!」


「大切な家族を置いていくなんて俺にはできないよ!!」


「………。お前はわしを家族と認めてくれるのか────仕方ない。一緒にここにいることを許そう。ただし、お前は後で見ておれ。魔法に巻き込まれるかもしれんからな。なあに心配ない。必ず勝つ。」


こうして賢者【ジェラハム・エルタ】と閻魔の森支配者【猿魔】との戦いの火蓋が今、切られた────

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