三つの約束

「じいちゃん!できたよ!!これが中級魔法?」

「そうじゃ。それは水系中級魔法『ウォーターカッター』という。」

「ほんとに??やったー!やっと中級魔法が使えるようになったんだ!!」

「ディアは覚えるのが早いのう!わしも教えがいがあるわい。」



あの日、じいちゃんは森の奥にある小さな古びた一軒家に俺を運んでくれた。ツルやコケが外壁を覆っていて今にも壊れそうな家。そこはじいちゃんの住んでいる家だった。じいちゃんはずっと、俺を大切に育ててくれているのである。森に捨てられていた赤子をこのおじいちゃんは家族のように扱ってくれているのだ。じいちゃんは独り身だったから、もしかしたら孫のような存在ができて嬉しいのかもしれない。なんにしろ、いい人に拾われて本当によかった。この人のおかげで俺は異世界で暮らす術を学ぶことができた。


じいちゃんは俺に名前をつけてくれた。俺としては転生前の名前の方が慣れていてよかったのだが、赤子が名付けを拒否するなんて前代未聞だろう。俺は大人しく名前をつけてもらうことにした。じいちゃんがつけてくれた名前は「ハーディア・エルタ」。ハーディアが名前でエルタはじいちゃんの家名から来ている。じいちゃんの名前は「ジェラハム・エルタ」というそうだ。ハーディアだと長いので、じいちゃんからはディアと呼ばれている。素敵な名前をもらったものだ。最初こそ慣れない名前に戸惑ったが、今となっては、この名前は転生前の名前より大切なものになっている。



こうして俺は6年間じいちゃんと一緒に暮らしている。俺はある程度自分で自分のことができるようになった。そしてある日、じいちゃんはこんなことを話した。


「そろそろじゃろう。ディア、お前にはこれから三つの約束について話す。今から言う約束は全て、必ず守ってほしい。いいな?」


そしてじいちゃんは三つの約束を言った。

一つ目は「勝手に家から出ないこと」。二つ目は「真剣に魔法を学ぶこと」。三つ目は「どんなことがあっても決してスキルを使わないこと」。俺はこの時はただ、なんとなく聞いていたのだが、後からしっかりと理由を聞いてみた。


一つ目の理由は簡単だ。森の中には危険な生き物が多いのだという。転生してすぐに会った猿の化け物のようなものがいるのだろうと考えると納得ができる。もっとも、あの化け物は今でもトラウマなので勝手に外に出ようなんて思ったことは一度もない。ただし、じいちゃんと一緒なら外に出歩くこともできる。なんでも、じいちゃんは魔除けの魔法が使えるのだという。だから、家の近辺を二人で散歩することはよくある。


二つ目の理由は強くなるためだという。じいちゃんがいなくても自分で危険な生き物から身を守れるようになる必要があるということだ。ただ、俺にはスキル『時空隠蔽カクレンボ』があるからいざとなればあの猿の時のように消えることができる。だから魔法をそこまで厳しく勉強しなくても死ぬような危険はないんじゃないかと思っていた。しかし、そんな考えは許されなかった。それは三つ目の約束に反するのである。


三つ目の約束、「どんなことがあっても決してスキルを使わないこと」。これについては理由がわからない。最後にこの約束の理由を聞いたのだが、話をうやむやにされてしまった。その時、じいちゃんは最後に小さな声でこう言っていた。


「頼むから、スキルだけは使わないでおくれ……頼むから………」


俺はこの時のじいちゃんのなんとも言えない寂しさに満ちた顔を見て、それ以上追求する気を無くしてしまった。俺はそれ以降、三つ目の約束の理由を聞くことは無くなった。俺はあの猿の時以降、一度もスキルを使ったことがない。ただ、スキルの使用方法だけは何故か感覚でわかるので発動しようと思えばいつでも行使可能ではあった────


じいちゃんはいつも笑顔で優しくて穏やかなのだが、三つの約束の話をするときだけは真剣な顔をする。だから俺は約束に多少の疑問を残しつつもわざわざ自分から破ろうしたことは一度もない。しかし6年間も異世界にいると、自分のスキルがどんなものなのかということくらいははっきり調べたい……という気持ちはどんどん増していった。


そして俺はついに、こっそりスキルを試してみることにした。


じいちゃんは寝てしまい、夜もすっかり静まり返った深夜二時ごろ。俺はこっそり外にでてスキルを使用してみた。この行動は、じいちゃんとの2つの約束を同時に破っていることになるのだが、もはやその程度の罪悪感では俺を止めることはできなかった。


「スキル発動……『次元隠蔽カクレンボ』!」


その瞬間に俺は自分が消えているのが感覚的にわかった。この「消えている」というのは、透明になるという意味ではない。まるで、この世界そのものから消えているような感じなのだ。自分からは物体に一切干渉することはできないのである。目の前にある木を触ってもすり抜けてしまうし、そこら辺にある小石を持つこともできない。地面にも足がついておらず、まるで少しだけ空を飛んでいるようだ。しかし、何故か服だけ普通に着ることができている。この感覚を一言で表すとすれば、「幽霊になったみたい」だ。視界に入るものに対して一切干渉のできない、寂しい世界がそこには広がっていた。


そして俺はスキルを解除した。なんとも不思議な体験をしたものだ。しかしこのスキルはとても便利なのではないだろうか?こちら側からは何もできないのは難点だが、このスキルを使えばどんなものに襲われても逃げることができるだろう。俺はその時約束を破ったという背徳感と自分のスキルへの高揚感で興奮していた。


だから俺は気づかなかった。


家の中からじいちゃんがこちらに向かって歩いてきていたのだ。この家のトイレは外にあるから、じいちゃんはきっとトイレをしにきたのだろう。そして俺はスキルを解除したその瞬間を見られてしまった────

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