閻魔の森編

スキル獲得

俺はついに異世界への一歩を………


踏み出せなかった。


確かに歩こうという意思を持っていた。しかし体が全く動かない。移動ができない。心なしか視界もぼやけていて助けを呼ぼうとしても言葉にならない。はいずる力すらないのである。俺はどんな状況に陥ってしまったのだろうか。ふと自分の手を見る。そして腕、胴、足を撫でるようにみた。ここで俺はやっと理解した。


俺は、赤子になっている────


この状況は絶望的だった。なんせどこかもわからない森の中で自分が赤子の状態で捨てられているのだ。捨て子として転生するなんて前代未聞すぎる。家族の間に生まれることはなく、転生する前に女神様に会って何か特別なスキルが与えられるわけでもなく森に一人捨てられているのだ。当然しゃべることも歩くこともなかなかできない。このままだとなにもできないまま死んでしまう。そう思いつつもなにもできない自分に無力感を感じつつも己の運命を呪った。


………その時である


森の奥の方から人影のようなものがこちらに向かって来ているのを見つけた。間違いなくこちらに近づいている。この人に助けを呼ぶべきだろうか。そう思うのはこの状況ではごく自然なことだった。……が、その気は一瞬にしてなくなり、恐怖に変わった。


俺の目の前には猿がいた。猿と言ってもみんなが知っているような姿形ではない。全長3mにもなる漆黒の体毛をした猿である。まるで血を欲しているかのような赤黒い目、筋肉質なのに濃縮されたように細い腕、そして長さ5mにも及びそうな猿の身長より大きな尻尾。まさに化け物と呼ぶにふさわしい生物がそこには立っている。


これはここが異世界であると結論づけるには十分な根拠だったが、俺はすでに異世界に来た喜びなど完全に失ってしまっていた。恐怖で漏らしそうだ。いや、実際にはもう漏らしているのかもしれない。なんせ今の自分は非力な赤子なのだから────


刹那、その猿はとてつもないスピードで俺の方に向かって走ってきた。時速100キロは超えているように見える。とても生物の出せる速度ではない。焦る暇すらないほどに猿が全速力で迫ってくる。死ぬ。このままだと死んでしまう。直感でそう思った。俺はその瞬間に強く念じた。


(来るなああぁぁぁぁぁぁ……!!!!!!!!!!!!!)



《異世界人「ユウヤ・ナルセ」の要求を受諾。チキュウでの最期の娯楽を検索。完了しました。スキル『時空隠蔽カクレンボ』を獲得。使用します。以後、自由に行使可能です。》


いきなり自分の脳内にこの声が流れてきた瞬間、俺は消えた。正確には相手の視界から見えなくなったと言った方が正しいだろう。自分には腕も足もしっかり見える。ただ、その猿はさっきまでの様子が嘘のように俺を素通りして去っていった………。俺は安堵しつつもまだ動悸はしばらく収まりそうもなかった。


そのあと数分して動揺が収まってからさっきの声について考えることにした。


(さっきの声は天の声か?スキル…だとかなんとか言ってたけど、あの猿が俺を素通りしていったのはこのスキルのおかげなんだろうか。だとしたらこのスキル……『かくれんぼ』は透明になる能力か相手から認識されなくなる能力、とでも言ったところか。…にしてもかくれんぼなんてダサい。ダサすぎる。このスキルを作ったやつは相当ネーミングセンスがないな…。それと文字として頭の中に流れてきた『時空隠蔽』。これはなんなんだ?時空?かくれんぼなんて名前に合う漢字には思えないがこれはますますネーミングセンスを疑うな………)


そんなことを考えているとまた森の奥から何かがこちらにやってくる。また怪物かと思って焦ったがどうやら違うようだ。それは老人だった。木でできていてくねくねと曲がった歪な形の杖を持っていて、ボロボロの服を来ている。顔中にシワがあってかなりの歳に見えるが、その頭には綺麗な白髪がなびいている。


俺はいつの間にかこの老人に警戒心を緩めていた。老人というよりはおじいちゃんと言ったほうがいいかもしれない。その老人はどことなく俺が小学校6年生の時に死んだじいちゃんを想像させた。その瞬間スキル『時空隠蔽かくれんぼ』が切れたのはなぜか感覚でわかったのだが再発動する気も起きなかった。俺は疲れていた。一日中遊んだあとに異世界に転生して、あんな化け物に遭遇したのだ。疲れないわけがない。警戒心が緩んだのはこの疲れも原因かもしれない。


老人は、ゆっくりとその重たそうな腰を下ろしてしゃがみ込むと、ゆっくりと俺を抱き抱えてこういった。


「ついに異世界人が来てしもうたか……。約束の日から50年、やっと果たせそうじゃ…。この子はわしが徹底的に育てよう。あの日のようなことが起きても、自分で自分の身を守れるように……。」


何か気になることを言っていたような気がするが、もう俺にはそんなことを考える体力は残っていなかった。


(今日はもう無理だ……。体も心も、もうへとへと…だ………)


こうして俺は老人の腕に抱き抱えられながら深い眠りにつくのだった────

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