吐き出す場所

シヨゥ

第1話

「なんかここ、すんごい有名人ばかり来ますよね」

 バイト君が店の片づけをしつつそんなことを言う。

「司祭様に騎士様、すごいところだと王様に王女様。まれに遠方の部族長なんかもいたりして」

「立地だろうな」

「でも路地裏ですよ。日も届かない路地裏の酒場なんて場末も場末ですよ」

「雇用主に対してよくそういうこと言えるな」

「思ったことはちゃんと言う。母親からそう躾けられていますんで」

「まあいい。そういうお前を気に入ってきている客もいるんだからな」

「本当ですか? それは嬉しいな」

「話を戻すとここは教会からも城からも近い。だから身分の高いお方がお忍びでやってきたり、来賓に地場の味を振舞ったりするにはもってこいなんだろうよ」

 そう説明してやるが腑に落ちないようだ。

「あとはここの店、というかここ一帯のルールが気に入られているのかもな」

「あーなるほど」

 この説明には納得がいったようだ。

「身分関係なしなあれですね」

「そう。お堅い職業に就いていると庶民には分からん諸々を抱えているんだろうよ」

「そうでしょうね」

 そう言ってバイト君は店の隅を見る。そこには酔いつぶれた騎士団長様が転がっていた。

「吞まずにはやってられないが表通りの店では吞めないだろうからな」

「たしかにあのオッサン、すごく愚痴ってきました」

「ここぐらいしか吐き出す場所がないのは可哀そうだと思うがな」

「でも聞いちゃいけないようなことまで話してもらえるんで個人的には有りでした」

「聞かなかったことにしてやってくれ」

「もちろん。酒の席での話はその場限り。そう教育されましたから」

 この酒場の中で行われた会話は酒場の外に持ち出さない。酒場の中ですべてを完結させる。そんなルールが気に入られているところもあるのだろう。それはバイト君も感覚で分かっているかもしれない。

「それにしてもお前はそんな身分の高い奴らと緊張せずによく話せるよな?」

「だって、みんなガキじゃないですか」

 バイト君は自信満々にそう言い切る。

「たしかに長寿のエルフのお前から見たら人間はみんなガキだが」

「ガキに緊張してどうするんです? 緊張していたってしょうがないでしょう」

 これまで並べた理由が霞むぐらいに大きな理由が目の前にあった。有名人が足繫く通う理由は目の前にいた。バイト君のその壁を作らない態度が心地いいのだ。

「どうかしました?」

「いや、そのままのお前で居てくれと思って」

「変わりませんよ。ぼくは」

 バイト君に出会えたのが俺の人生の最大の幸せだろう。出来ればこのまま長くこの場所で働いてもらいたい。そう思わざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吐き出す場所 シヨゥ @Shiyoxu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る