プレリュード〜受け継がれるもの〜

世界平和のために送る『ラスノート』

 私には子供の頃からの夢があった。それは世界を平和にすること。そんな大それた夢と思うかもしれないが、私にとっては世界平和は切実な願いだった。ボランティアに参加して、人には優しく接するように心がけた。将来は国連で働きたいと思って英語を必死で勉強した。私は着実に世界平和のために一歩ずつ歩んでいた。


 高校二年の冬。第三次世界大戦が起こった。きっかけはH.Kウイルスと呼ばれる細菌だった。ヒューマンキラーウイルス。致死率は10パーセントを超える恐ろしいウイルスだった。感染力も強く、とても脅威的だった。そしてあろうことか、そのウイルスは人為的に作られた物だったことが分かったのだ。中国の研究施設で開発されたそのウイルスをある研究員が「人類は地球にとって害悪でしかない」という考えのもと勝手に持ち出し、当時関係の悪化していたアメリカで解き放ったのだった。それがきっかけで戦争が始まった。


 第三次世界大戦は冷戦の復活だった。ロシア&中国VSアメリカという構図。日本はアメリカ側についた。実際に兵器が導入されることはなかった。第三次世界大戦の別名はバーチャル戦争という。全ての戦いがネットで繰り広げられた。H.Kウイルスとこの戦争のせいで世界経済はメチャクチャになった。


 学校は当然閉鎖された。日本でもH.Kウイルス感染者が現れ始めて世間は混乱の渦中にある。私は自分に何かできないか必死に考えた。だが所詮はただの高校二年生。出来ることなど無に等しかった。


 だからなんだと言うのだ。無知故に出来ないというのならこれから知っていけば良い。私は愛読書であるカントの『永遠平和のために』を読み直して、さらにいくつもの本を読む。そして気づく。何故世界平和が実現しないか? それは宗教がいくつもあるからだと。言語がいくつもあるからだと。人種が一つではないからだと。国が幾つもあるからだと。


 違いがあれば、それはなんらかの形で区別される。そしてそれは時に差別となる。誰もが自分が正しいと信じたい。自分が優れていると言われたい。私だって日本が褒められるのは嬉しい。人とはそういう生き物なのだ。


「この世界の仕組みがいけないんだ」


 私は何かヒントを得た気がした。


「そうだよ。神だ。神がいさえすれば全て解決できる」


 神を否定する人はいる。確かにその理由も納得できる。そういう人がいたって良いと私は思う。でも、やっぱり不完全な人間には完璧な神という存在が必要なのだ。だから今まで人類は長い歴史の中、姿形は変われど様々な神達を信仰して来たのだ。


 ただ一つ問題がある。既存の宗教ではダメなんだ。何故なら戦争が起きているから。宗教は戦争の原因となる。


「なら私が、本当の神を証明して見せる」


 私の夢は変わらない。世界平和、永遠平和の実現だ。だけどそのために先ずは神の証明をしなくてはならないと思った。神の証明の仕方を考えて先ず思いついたのが宗教学者になることだった。文系の私なら進める道だ。だが、実際に宗教学者として働いている人の本を読んでこれじゃないと思った。


 じゃあ何になれば良いんだ? そう考えながら朝食を食べていると、あるニュースが流れた。『重力子の発見!』というニュースが取り上げられていた。文系の私にはよく分からないが、とにかく世紀の大発見だったらしい。研究に携わった理論物理学者のインタビューが流れる。


「重力子は実に巧妙に隠されていた。私は『次元の狭間』と呼んでいる。重力子は実はこの世界には存在しないんですよ。ですがね、確かにあるんです。そのことが分かった時、鳥肌が立ちましたよ。やはり神はいるんだと思いましたね」


 そのインタビューを聞いてドキッとした。そうか。物理学だ。それが神へと続く道なんだ!


 私は物理は得意だった。文系では珍しく物理基礎を選択していたのだ。数学も苦手ではない。文系にしたのはただ単に世界平和実現の為には歴史を学ぶ必要があると考えていたからだった。選択は歴歴。日本史と世界史を学んでいたが、地理や公民なども必要だと思い独学していた。


 私は思い立った。将来は理論物理学者になろうと。その日から私は理系の勉強を始めた。そして受験勉強の合間に宇宙や量子力学に関する本を読み漁った。英語が得意だったので最新の論文を読んでみたりもした。休校で有り余った時間を私は夢の実現に向けて勉強に費やした。


 第三次世界大戦は半年で終わり、H.Kウイルスもワクチンが開発されて終息していった。そして時は巡って受験の日が来た。私の第一志望は横須賀国際研究学園都市にある横須賀大学の理科一類だ。


 横須賀大学は2000年になってから出来た新しい大学だった。2034年の今、世界の大学ランキングでは7位にランクインしている。2000年の節目に日本は世界の科学を牽引する目的で神奈川県の横須賀市に国際研究学園都市を建設したのだ。そこには幾つもの研究機関が集まっている。この都市の特徴はその外縁を巨大な円形加速器が囲んでいることだった。


 流石に一年で志望校の横須賀大学には間に合わなかった。流石最高峰なだけはある。だけど併願で受けていた難関私立には受かった。でも理論物理学者になるには横須賀大学の大学院にある研究室じゃなきゃダメなんだ。私は浪人することに決めた。


 翌年の春、一年間の浪人の末私は首席で横須賀大学の理科一類に合格することができた。私は入学式のスピーチで私の夢を語った。私の夢の実現には志を同じくする仲間が必要不可欠だ。私の夢に賛同してくれる人が現れることを祈った。


 入学式が終わりそれぞれのクラスに入った。そうしたら声をかけられた。その青年の名は浅見と言った。曰く私のスピーチに感銘を受けたという。私達はすぐに打ち解けた。先ずは入試の得点の話題。なんと彼は数学と理科が満点だったのだ。だが、英語はそこそこで国語がからきしだった。国語の得点は80点中32点だったという。合計で二次試験は440点中357点だった。私は満遍なく得点するタイプだった。私は合計402点で首席を取れたけど、浅見君のような人が正しく天才というのだろうと感じた。


 それから大学で浅見君とよく話すようになった。というかむしろいつも一緒にいた。ある時サークルを作ろうという話になった。私が目指す『神の証明』のための第一段階としての布石だった。サークル名は『空色クラブ』に決まった。『般若心経』に出てくる『色即是空、空即是色』という言葉から文字った。その際仏教と物理学の類似性を必死に早口で語る浅見君はとても可愛らしかった。


 浅見君は眼鏡をかけている。だけどきっとコンタクトの方が似合うと思った。眼鏡を外した彼はイケメンだった。だけどそのことは言わない。だって他の女の子がこのことを知ったら浅見君を取られてしまいそうだから。


 夏休み。私達はデートに行くことにした。鎌倉を散策して小町通りで食べ歩きをした。そして夕日が美しく海に映る由比ヶ浜で私は浅見君に告白した。浅見君は「僕なんか釣り合わない」と言うが私が「そんなことない」と否定すると「よろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をされた。やはり彼を見ているとどこか守りたくなる。


 大学の四年間はあっという間だった。その間にちょっとずつ浅見君とも進展があった。初めは手を繋ぐだけで浅見君はおどおどしていたが、今ではハグやキスをする。エッチなことはまだしていない。四年生では卒論があるが、実は私と浅見君が進んだ物理学科には卒論がない。曰く、「お前らに論文はまだ早い」と言うことらしい。


 結局四年間で『空色クラブ』はそれなりに大きくなって盛大な卒業パーティーが開催された。中身は物理について語るだけの活動だったが、それなりに物理オタクが集っていた。その卒業パーティーで私と浅見君は酔った。そしてそのままホテルに泊まって夜を明かした。初夜だった。朝起きた時スースー寝息を立てて眠っている浅見君を見てずっと一緒にいたいと思った。


 私達は大学院へと進んだ。実験の日々は楽しかった。私と浅見君の目標は同じ。横須賀国際研究学園都市が誇る研究所『横須賀素粒子物理国際研究センター International Center for Elementary Particle Physics Yokosuka』、略称『アイスピー ICEPPY』に就職することだった。毎年二、三枠募集がある。私達はその枠に入れるように必死に努力した。そして見事勝ち取る。


 就職してから三年が経った夏、私は浅見君に由比ヶ浜でプロポーズをされた。もちろん返事はイエスだった。私達は結婚して、そして私のお腹に命が宿った。翌年私は一児の母となる。


 子どもは男の子だった。私達は凪波なぎはと名付けた。理由は単純。私が妊娠している間にアイスピーで宇宙の根底にある概念を理論から新たに導き出し、その名前が『凪波理論』と呼ばれたからだった。


 超ひも理論と対になる凪波理論。これは、宇宙の本質は凪と波だという理論だった。そして、今まで謎に包まれていたダークマターやダークエネルギーの説明に繋がる理論でもあった。


 私と浅見君は凪波理論の研究チームに抜擢された。浅見君はなんと副リーダーを務めた。子育てに研究にと大変だったが、パパである彼が家事を手伝ってくれるから大丈夫だった。


 私達は凪波理論を完成させるために実験をして理論が正しいことを証明しなくてはならない。その為には既存の装置では足りない。なので、凪波理論から導き出された時空振動という現象を観測する装置の開発に着手した。


 私達の努力は約十年の時を経て『ルナ・フリーズ』と呼ばれる月面実験装置として実った。時空振動を観測する為にはあらゆる振動をカットする必要があるので、月面が一番適していたのだ。


 時空振動の観測開始から2年が経ち、ついにその日が来る。時空振動が観測され、凪波理論が一部証明されたのだ。そして、この世紀の大発見から宇宙のことがさらに分かった。


 宇宙の最後を誰しもが一度は想像したことがあるだろう。ビッグ・フリーズやビッグ・バウンスなど、様々な理論があったが、今回の観測により宇宙の終わりが見えてきたのだった。


 宇宙の終わりの名。それは『ルル・フリーズ』または『シフト・オア・アゲイン』と命名された。曰く、終末の日、世界の時がフリーズしたかのように凪のように静かに止まるという。シフトとは次なる宇宙への移行。アゲインとは同じ宇宙を繰り返すこと。


 この発見が功を奏し、浅見君は研究チームのリーダーと共にノーベル物理学賞を受賞した。私もまるで自分のことのように嬉しかった。浅見君は記者会見で語る。私と彼の夢を。


「この研究により、人類はまた一歩宇宙の真理に近づいた。だが、それはまだ、始まりの一歩なのかもしれない。私は神を信じている。だが、その神とは如何なる宗教の神ではない。本当の神だ。God is real.私がそのことを証明する」


 それから数年が経ち、凪波は高校受験を控えていた。凪波はとても優秀で、県内トップの公立高校を志望していたが、東京の名門私立開闢高校も余裕で受かる成績だった。彼はその両方に受かったが、県内トップの高校に通った。私の母校だったから選んだそうだ。


 研究は行き詰っていた。『神の証明』のための手がかりは皆無で、季節だけが無為に過ぎて行った。その頃私は鬱病を患った。神なんかいないんじゃ無いかと疑う日々だった。明日が、未来が見えなかった。


 凪波は脳科学に興味を持っていた。人工知能や機械学習にも関心があり、大学は海外の名門大学に進んだ。なんでも脳科学の世界的権威がいるからだとか。


 それは私が52歳になった年のことだった。22歳だった凪波が書いた卒業論文が科学誌ネイチャーに掲載されたのだ。贔屓目に見ても昔から凪波は天才だった。凪波は脳と心の研究を独自の方法で研究していたのだが、『ゼーレ理論』という画期的な理論を構築したのだ。そのゼーレ理論が評価されて、凪波は瞬く間に時の人となった。


 私の息子が成したことは要するに『魂の証明』だった。魂は重力子と同じく『次元の狭間』にあるとされ、この世界では観測できない。だが、彼は類稀なる数学と物理の才能を活かして計算し、導き出したのだった。凪波はインタビューにこう答える。


「この研究が出来たのも、全ては両親のおかげです。この場を借りて感謝をさせていただきます。お父さん。お母さん。本当にありがとう。僕はこれから二人とは違うアプローチで『神の証明』に挑みたいと思っています。どっちが先に真理に辿り着くか競争しましょう」


 私は奮い立った。このままではいけないと。私と浅見君は凪波に共同研究しようと提案した。凪波は快くその提案を受け入れてくれた。東京ゼーレ研究所という新しい研究所が出来た。凪波のゼーレ理論の登場により生み出された新たな学問『脳理学』の最先端の研究施設だった。


 私達は魂の正体に迫った。東京ゼーレ研究所には世界中からあらゆる分野でその道のプロとされる専門家達が集った。私は魂が何か分かることが、神へと続く道の足がかりになる気がしていた。そしてその予想は見事的中した。


 私達はついに発見したのだ。私達がどこから来てどこへと還っていくのか。その場所の名は『ラカン・フリーズ』と命名された。ラカン。漢字で書くと螺環だ。螺旋であり円環である。それこそビッグバンの前の宇宙だった。


 ここで終末論『ルル・フリーズ』と繋がった。宇宙が『ルル・フリーズ』を迎える時、世界には二つの選択肢が与えられる。一つはシフト。次の宇宙への移行。一つはアゲイン。同じ宇宙の繰り返し。そしてこの世界ではアゲインだけが選ばれる。それ故に螺旋を描き、円環の宇宙となるのだ。


 宇宙が繰り返される時、全ては『ラカン・フリーズ』へと還る。ラカン・フリーズこそ魂の起源であり、万物の故郷なのだ。


 この発見に世界は大いに震撼した。地獄や天国といったものの正体が分かったからだった。死ぬ間際に天使を見たと言う人がいる。三途の川の向こうに亡くなった両親がいて「まだ早い」と言われて生き返る人がいる。今まで脳の錯覚だと結論づけられていた『あの世』。それこそラカン・フリーズだったのだ。


 ラカン・フリーズ。そこは万物が集う場所だった。人は死ぬと魂がラカン・フリーズに還る。理論上時間という概念はない。だから過去の魂にも未来の魂にも会える。人類の抱く死生観が大きく揺らぎ始めた。


 私は思った。ラカン・フリーズこそが神なのではないかと。だけど凪波の意見は違った。彼は脳こそが神かもしれないと言った。凪波の提唱したゼーレ理論及び脳理学の貢献で脳の謎はかなり解明された。だが、実際新しい発見がまた新しい謎を生む、その連鎖だった。まだ人類は脳の10パーセントも理解していないと言う科学者もいた。


 凪波は脳に神を見出そうとしていた。人工知能を使って凪波は脳を再現する研究に没頭していた。私と浅見君も負けじと新しく建てられた月面実験装置『スーパー・ルナ・フリーズ』から送られてくるデータを必死に解析して理論を練っていった。


 凪波が結婚した。相手は大学で知り合ったというドイツ人の女性だった。彼女の名はルイスと言った。とても優しく美しい女性だった。凪波は浅見君に似てイケメンで眼鏡をかけていなかったので昔からかなりモテていたが、まさか国際結婚するとは思わなかった。二年後私はお婆ちゃんになった。


 子どもはまさかの三つ子だった。三者三様でとても愛らしかった。女の子の名前はあい。男の子二人はそれぞれまことゆうだった。


 彼らはすくすく育っていった。春休みと夏休みと冬休みの年に三回、凪波は家族を連れて私と浅見君の住む家に遊びに来てくれた。彼らの成長を見守ることがかけがえのない幸せになっていった。


 私が66歳になり、三つ子が小学生になる時だった。優が『神格症候群』という魂の病気に罹った。その病気は今の科学では治せない難病だった。薬で対処するほかなかった。


 凪波はかなり辛そうだった。優はその名に似てとても優しい少年だった。だが、次第に優から優が消えていった。優と真はサッカーが好きでよく二人で遊んでいた。だけど今の優は施設のベッドに拘束されて寝たきりだった。神格症候群とは魂の病だった。その名の由来は患者の人格が変貌して自分を神だと信じて疑わなくなることからだ。全能感、万能感に脳が苛まれ、死を超越した感覚になるらしい。そして最後には自死を選ぶ。今の科学では死なせないようにすることしかできない。


 日に日に消えていく優とやつれていく凪波を見て私は何かできないかと考えた。魂の病なら私達の研究でどうにか出来ないか? 私は自分を叱咤激励して研究に明け暮れた。


 三つ子が12歳になった年、凪波は優を施設から引き取った。施設の人には強く反対されたらしいが凪波は譲らなかった。凪波は私に相談した時に語っていた。「優には人間らしく生きてほしい」と。


「お婆ちゃん! 僕、もうすぐで神になれるよ! すごいでしょ?」


 心配で優に会いにいくとやはり病気は治っていなかったが元気そうだった。凪波の家は普通ではなかった。死ぬことが出来ないように万全の注意がなされていた。例えばベランダに繋がる扉やキッチンに入るドアに頑丈な鍵がかかっていた。


「ねね。ヘレーネが言うんだ。早くこっちに来なよって」

「ヘレーネ?」

「うん!僕の運命の人だよ! あっちの世界にいるの!」

「そうなんだ」

「うん! この世界が終わる前にこっちに来てって」

「この世界が終わるの?」

「うん、そうだよ! でもね。僕はこの世界の人が好きだから、救いたいんだ」


 優は病気のせいか変わってしまったが、本質は変わらない気がした。優はまだ優のまま、優しく健気だった。


「そのためには僕が神に成る必要があったんだ! でね、もうすぐで神になれそうなんだよ!」

「そうなんだ。偉いね」


 私はこれなら大丈夫だと思った。だけど考えが甘かった。神格症候群に罹った人の平均寿命は一般の人のそれよりも三十年短いと言われている程に重い病だった。


 私が77歳の時、優は18歳で、優は自殺した。遺書が遺されていた。優の涙でくしゃくしゃになった遺書を私は凪波と一緒にぼろぼろに泣きながら読んだ。


『僕は役目を果たしたからこの世を去ることにしました。お父さんお母さん。真に愛。それとおじいちゃんお婆ちゃん。今までありがとうございました。病気のことでたくさん迷惑をかけてごめんなさい。昨日の1月7日。僕は神になったよ。やっと神になれたんだよ。ようやくこの世界の人を救うことができて泣きたいような嬉しいような気分です。今日の1月8日はよく晴れた冬の日でした。澄んだ空気がとても心地よく、望まぬ牢を去るのにこんなにふさわしい日はありませんでした。僕はこの世界を救うため、世界を平和にするために今まで頑張ってきました。本当に頑張ってきたんだよ? でもね。僕はもう疲れてしまいました。夢に見た園へと旅立って、僕の柔らかな翼は今は休まる時。ラカン・フリーズが僕を優しく包んでくれるから。最後に一つだけ。どうかこの言葉を忘れないで。『全は主』。全ては神、つまり僕なんだ。だから僕はいつの時代にもどこにでもいる。だから安心してほしい。これが別れじゃない。またいつか会えるって。だから僕からの最後のお願い。最後のピースを嵌めてね。 2093年1月8日午前10時19分』


 翌日浅見優の葬式が終わった。その次の日告別式と火葬が執り行われた。そして優は骨と灰になった。私は淡々とそれを見ていた。だけど優の成れの果てを載せた鉄の板の上にその場に似つかない黒い塊があるのを真が発見した。


 それは耐火性の容器だった。中には一つのUSBメモリーが入っていた。私と浅見君と凪波でその中身を見ることにした。ファイル名は『ラスノート』と書かれていた。試しに『No.1』と書かれたファイルを開くと、そこに記されていたものはまるで私が学生の頃読むのに挑戦して断念した『フィネガンズ・ウェイク』のような、意味不明な文字や数字、記号の羅列だった。No.1からNo.777まであった。


 私はこれが彼の最後のメッセージであり、人生そのものなのだと思った。東京ゼーレ研究所にて言語学者も交えてそのラスノートを解析していく。ラスノートに書かれていた文字を言語学者は『大いなる言語』と名付けた。言語学者の権威達が集い、優が残した新たな言語を解明していく。


 大いなる言語が紐解かれていき、ラスノートに書かれていたことが判明した。それはこの世の全てだった。万物の理論。裏側の宇宙。そしてエデンの園への行き方。ラスノート『No.9』にはこう記されていた。


『確率の丘を越えてラカン・フリーズの門を開ける時、全てはEになる。【Pattern of the Eden】E配置に辿り着くことこそ、次なる円環にシフトするための、永遠平和のためのたった一つの冴えたやり方だ』







 私は美しい楽園のような場所にいた。そこには浅見君も凪波もルイスちゃんも、真も愛もいた。だけど一人足りなかった。


「優? 優、どこにいるの?」


 私が探しているとあたりは光に包まれて、二人の影が現れる。そこには優と綺麗な女性が立っていた。私は久しぶりに見る優の姿を見て涙を流した。


「優! 元気にしてた?」

「うん。やっとお婆ちゃんも来れたんだね」

「ええ。ここはとても心地の良い場所ね。その方は?」

「ああ。ヘレーネだよ。僕の恋人」


 優は隣に立つ女性を紹介した。優と同い年くらいの少女だった。


「初めまして。ヘレーネと言います」

「どうも。初めまして」

「じゃあ自己紹介も済んだし、お婆ちゃん。一緒に行こうか」


 優がそう言うのを聞いて私は思わず尋ねる。


「どこへ?」


 そう訊かれた優は優しく微笑んで答える。


「愛と歓喜で満ちた楽園のような世界だよ! さぁ行こう!」


 私が優の手を握った瞬間『ピーーーーー』とどこかで電子音が聞こえた気がした。

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フリーズ71『残響のLeo』〜永遠平和のためのたった一つの冴えたやり方〜 空色凪 @Arkasha

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