14日目ー旅立ち

愛梨に啖呵を切って1週間が経った。

そう、旅立ちの日だ。

そんな日を迎えた叶人はボーッと部屋でごろごろしていた。

「あー眠たい。でもあんな啖呵切っちまったし。どーしたもんかなー」

今更後悔に明け暮れているとドアが開いた。

「兄ィそろそろ行くよ……って何ゴロゴロしてんのよ!」

ベッドの方へ走って来た愛梨は俺の頭をバシッと叩いた。

ここまで威厳のない兄が未だかつて存在しただろうか?……いるな。多分。

「痛えなー。何すんだよ?」

「何すんだよはこっちのセリフよ!今日出発ってあんた分かってんの?!」

どうやら妹はすこるぶ怒っているらしい。

まぁこの旅メインの当人がこの有様なのだ。怒っても仕方はないだろう。

「急にやる気が無くなった。詳しく言えば6日前からだがな」

俺はドヤ顔で答えてやった。漫画で言えばキリッて文字が出てるだろう。

「何ドヤ顔で言ってんのよ!もう私は準備終わらしてるのよ!早くしてよ!」

「準備はしてるよ。7日前に。あれだ、気持ちが先走ったってやつだな」

そう俺は完全に気持ちが先走っていた。

多分その気持ちは7日前の夜に旅立っていったのだろう。今頃何やってるんだろう?

だなんて遠い気持ちに思いを馳せていると遂に英雄様の雷が俺の頭に落ちた。

「なら早く着替えて行くわよ!今から10分以内に支度しなさい。さもないと私のフルパワーのパンチがあんたの頭を吹っ飛ばすわよ」

急にトーンが下がった、てことはこれはガチなのか?そうなのか?

もしガチなら俺の頭が本当に飛ぶかもしれない。

流石に2回もこんな短期間で死ぬのは勘弁だ。

「わ、分かったから。落ち着け。10分だな。支度するから玄関で待ってろ」

「ふん。最初っからそうしてればよかったのよ」

そういうと愛梨はバタンとドアを閉めて出て行った。女って怖いと改めて実感させられた。

「さて、急ぐか」

叶人はベッドから飛び降り急いで身支度をした。

大急ぎで部屋を出て長い廊下を走り、階段を駆け下りて玄関へ向かった。

「ハァ…ハァ…っし着いた…」

叶人は激しい息切れを収めることに必死で流れる汗を止めることすら忘れていた。

「あら?早かったじゃない。あと3分も残ってるじゃない」

「ハァ…うるせぇ…お前のせいなのによ…」

急がしといてこの態度。本当に腹が立ってくる。

「じゃあ行くわよ。メルサ、留守中のことはあなたに任せるわ」

「了解しました。ぜひお気をつけて」

あの使いの人ってメルサって名前だったんだな。

こっち来てからよく見る顔トップ3に入ってるのに名前知らなかったな。(1位は言うまでもなく愛梨だが)

「兄ィ、言い忘れてたけど当分帰らないから街を出る前に挨拶する人がいるならしときなさいよ」

「挨拶する人なんて…」

いや、1人いるわ。

この街で俺のことを大層喜んでくれたあの子が。

「分かった。街から出る前に挨拶しとくよ」

「よし。これで本当に出発よ。忘れ物はない?と言ってもそもそも荷物自体多くないわね」

そう、旅の荷物は俺が思っていたよりも遥かに少なかった。

まぁテントは無いし、食料も完全に現地調達だし、少なくなるのも当たり前だ。

荷物と言ってあるのは武器と携帯食ぐらいなものだった。

「ま、行くか」

そう言って叶人は扉を開けた。

その瞬間叶人の目には輝かしい光が差し込んできた。

なぜだろう?

いつも見ている景色が違って見える。だなんて言葉を叶人は今までそんなことないと思って過ごしていた。しかしその時その言葉を叶人は実感せずにはいられなかった。

何回も通っているはずの扉から門までのたったちょっとの短い距離。

気のせいかとも思っていたがそんなことは無かった。叶人はこの旅のことを心の底ではいつの間にかとても楽しみにしていたのだった。

だから景色がいつもより明るく、そして眩しく見えたのだ。

「ん?どうしたの兄ィ?」

「いや、なんでもない」

叶人と愛梨は長く、そして短い旅へと足を踏み出した。その足取りは軽やかでありながらも一歩一歩しっかりとした足取りだった。



家を出てから街へ着くとそこはいつもと変わらず人が多く、賑わっていた。

「相変わらず人が多いなーここ」

「そりゃそうでしょ。この辺じゃ1番大きい都市なんだし」

そんなこと知らねーよ。

この街とバナソルタ村以外来たことねーよ。

「兄ィ挨拶行くんでしょ?私噴水のところで待ってるから行ってきていいわよ」

「ん、すぐ終わらせる」

そう言って叶人は愛梨とは反対の方向へ歩いて行った。

目的の場所は街の中でもトップレベルの大きさでとても目立っている。それほどにこの場所を訪れる人は多いのだ。

そして目的の人物はギルドの受付嬢であり俺の担当さん。

そうニーナだ。俺が初めての担当らしく、とても張り切っている美人。

叶人のタイプどストライクの女の子だ。

大きな看板が見えるとその下で目的の彼女は表で箒を持って掃除をしていた。

「ニーナさん」

叶人が声をかけると気づいたニーナは顔を上げてこちらを向いた。声の正体が叶人だと分かるとニーナは駆け寄ってきた。

「カナトさん!お久しぶりです!」

ニーナはいつもの元気いっぱいの声で叶人を出迎えた。

「ごめんね。最近顔出せなくてさ」

「大丈夫です!そんなことよりもカナトさん今ギルドで話題になっているんですよ!」

はて?俺なんかしたっけ?

これで悪評付いてたら俺泣いちゃうぜ。心当たり無いけど。

「話題ってどういうこと?」

「この前叶人さんが村を救った話ですよ!」

「スネイダー倒した話?」

俺が村を守ったということの心当たりはスナイダーを倒したことぐらいだ。まぁ話題になったってことはもう一つの方だろうが。

「違いますよ!過激派を率いて村への襲撃を仕掛けたアメノの話ですよ!」

やっぱりね。

こんなキラキラした目で言われても困る。

何せ俺は覚えていない。第2の能力とか言うやつで記憶が無いから。仕方ないし説明しとくか。

「えーと、それは…」

ちょっと待てよ。今中央議会で問題になっているような問題のことを話してしまって良いのだろうか。多分ダメだな。

「まぁたまたまだよ」

今はまだこう言って繕っておくしか無かった。

「そんなことないですよ!私の担当している冒険者さんが大手柄なんて私は鼻高々です!」

胸を張って腰に手を当てドヤ顔したニーナ。

可愛い。ずっと見てたい。

しかしそんなことより早く用事を済ませないと。

「ニーナさん、今日は言わなきゃいけないことがあるんだ」

それを聞いた瞬間ニーナの顔はボッと赤く染まった。あれ?なんか勘違いしてる?

「実は…」

「ま、待って下さい!心の準備が…」

あ、やっぱり勘違いしてんな。

「急で悪いけど、俺今日から旅に出ることになっちゃって。それで今日はその挨拶に」

その時ニーナの顔から赤みがすっと消え元の色白い肌よりもさらに白くなっていった?

気のせいかな?

「そんないきなり言われても…。私の仕事がなくなるじゃないですか!」

そういや俺が初めての担当だって言ってたな。

「本当に悪いとは思ってるけど俺も大事な用事があってだな」

ニーナはムーッと頬を膨らませている。

その後何かを思いついたように言い出した。

「そうだ。私もついて行きます!」

「ん?今なんて?」

「だから、私もついて行きます!」

おーっと。これは予想外だな。

何て断ろうかな。けどこんな美人がいたら楽しいだろうなぁ。

そんなことを想像していると不意に愛梨の顔が脳裏をよぎった。

そうだ愛梨がいるんだった…。

「悪いけど今回の旅妹いるし…」

「心配いりません!実は私は剣術学校で成績がトップ5に入ってましたから!」

いや、心配してるのそこじゃないんだけど。

愛梨がいることが問題なんだけど。

「少し待っていて下さい。今休暇届を出して用意してきます!」

「おーいちょっと待って!おーい」

そんな声も届かずニーナはギルドの中へ入って行ってしまった。

大変なことになったぞ。

ニーナが来てくれるのは嬉しい。

むしろ大歓迎だ。ただ、愛梨がいるし第2の能力についてもいつまで隠し通せるか…。

「お待たせしましたー!」

悩んでいる内にニーナが戻って来た。

「本当に来るの?」

「はい!ギルドからは休暇ではなく担当として持っているのが1人なので研修みたいなもんだから行ってこいって快くオッケーして貰えました!」

おいギルドよ。お前ら軽すぎないか?

「では行きましょう!」

はぁどうなるんだろこの旅。


約30分が経ってようやく噴水へ戻った叶人は愛梨を探した。こんな街中なのでさすがに変装をしているはずだ。

「えーと顔にでかいマスク着けてるやつは…あ、いた。あいつだな」

ニーナを後ろに連れて戻ると愛梨はもちろん怒っていた。何しろすぐ終わると言いながら30分ほど待たされているのだから当たり前と言えば当たり前だが。

「すまん遅くなった」

「遅いわよ!何やってるのよ…ってあんたギルドの受付嬢じゃない?!どうしてここに…」

んーやっぱりこうなるよね。仕方ないしちゃんと話そう。

「えーと、ギルドの俺の担当さんのニーナさんだ。この旅について来ることになりました」

「ニーナと申します!いきなりになってごめんなさい!けど妹さんとも仲良くしたいのでよろしくね」

ニーナが愛梨に微笑みかけたが今はマスクで表情が見えない。多分怒ってるけど。

分かるのはニーナの微笑みが天使なことくらいだ。この笑顔だけは守り抜く。

だなんて心の底で決意しちゃったよ。

「うっし。とりあえず出発するか」

「おー!」

ニーナは元気に返事したが愛梨からは何も聞こえてこない。

これは怒っていらっしゃるわー。

旅立ちからギスギスした空気で出発することになったが本当に大丈夫だろうか。

そんな不安を抱えながら叶人達一行は出国ゲートをくぐり抜けた。

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