第5話 いくら?

寒い、腹減った。

腹が減り過ぎ、動きたくない。


為す術もなく、駅ビルの入口にボンヤリ膝を抱え座って通りを眺めていた。


日は既に沈み、辺りは飾り尽くされた灯りにキラキラと眩しく輝いている。


通り過ぎる人の流れも、なんとなく浮かれて見える。


周りには屋台が並んでいるのが見える。なんとも言えないいい匂いが漂う。




財布をのぞいて確認したが所持金はわずかしかない。屋台の食べ物はどれも高価で買うことはできそうもない。


「ああ、マジクソ!腹がたつ」


何か口にしないとどうにかなりそうだった。温かい飲み物でも欲しい。そう思っていたとき、自分を見下ろす影1つ。


大学生風の割とイケメンがボクに向かって極上の笑顔を見せる。


そして一言。


「暇?」



ボクはどう答えようかと考えてはみたが何も浮かんではこなかった。だから

下を向き無視することに決めた。


だが相手は続けてこう言った。


「ご飯でもどうですか。お誘いです。その後、いいこと付き合ってくれたらはずむから。損じゃないって思うけどな」


さっ、行こうと何度も促してくる。


ああ、もう!しつこい!。


「いいことってなんだよ」


「男と女でいいことって分かるだろ?」


今度はボクがニヤリと笑う。


「もしも、ボクが女じゃないとしたら?」


相手は大笑いしたあと、マジメな顔に戻り


「お互いに初めての経験になるかもな」


と。いいじゃん、行こうぜと再度促す。


先に飯をくれるなら、と言えば相手はOKと快く返事を返した。


いざとなれば逃げればいいかとついて行くことにした。


屋台を次々と周り、珍しいものを少しずつ買っては分けて食べ、呑んだ。酒は……。なしで。


久しぶりの楽しい時間があっと言う間に過ぎていく。


「ボクが女だって思ったの?」


聞いてみた。相手は少し考えて


「それもあるけどちょい違うな」


タバコの尻をポンポンとして口にくわえて火をつけようとして、ボクの顔を見る。ボクはどうぞ、とジェスチャーで返す。


深く吸い込んでからゆっくりと煙を吐き出してから、


「小さい頃ね、同じ団地にいた子で、いつも親に殴られたりしてたのがいたんだ。気にはなるけど何もできなくて悔しくてさ」


ボクと同じようなヤツがいたんだとボンヤリ聞いていた。


「親に言っても、構うなだもん。腹立つだろ。でも、俺も今まで忘れてた。君の顔をみるまではね。見た瞬間にアッて思った。似てるって。そんなハズないのにさ」


アハハと照れ笑い。気付けば人気のない場所にきていた。


「何もないとこだけど泊まっていけよ。もうすぐ俺んちだから。あっ、何もしないよ。さっきのは話のきっかけだからさ」


なんでボクにここまで構うんだろう?


ソイツに似てるからっておかしいんじゃないか……。何かある?何もないのにここまでしないだろ?


考えているうちに相手の家にどんどん近づいていく。どうしようか……。幸いにしてこの辺りは人気が全然ない。


気付かれないようにポケットを探っていると硬いものに触れた。


スタンガン。

先生手製のヤツ。何かあったら使いなさいと。


「ねえ」


ボクは声をかける。案の定、振り向き少し腰をかがめる。ボクに目線を合わせるために。


『馬鹿なやつ』


ボクはゆっくりと近づき首に手を回すようにしてスタンガンをあてスイッチを入れる。刹那、グウというような声と同時に白眼を向き倒れる。


『ホントに倒れた?』


先生から熊でも死ぬよと渡されたものだった。胸に手を当てると微かに上下しているのが分かった。


目を覚まして騒がれても嫌だ。


胸ポケットから財布を出し約束の3枚を抜いた。ついでに上着もいただく。


『バイバイ』


上着をはがしてみれば下は半袖だった。


こんなに寒ければすぐに目を覚ますだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る