第4話 時は戻らず

ボクは老婆に名前をもらった。


『タケル』尊いと書くんだそうだ。ヤマトタケルから取ったと聞いた。

ヤマトタケルが誰かは知らない。

でも、凄い人だとは思う。


この瞬間にボクはモノから人間へと変わったんじゃないかな?

ひたすらにオヤジに殴られ蹴られ痛めつけられ続けるモノから人間へと。


老婆はたくさんのことを教えてくれた。


ご飯を箸を持って、食べる。


服を着る、服を脱ぐ、服をたたむ。


髪を梳かす、顔を洗う、歯を磨く。


などなど……。本当にたくさんのことを教えてくれた。


「みんな普通にやってるにタケはなんも知らんのか」


ばあちゃんは寂しそうにボクを抱きしめ、そう言う。


お日様が出てからいなくなるまでばあちゃんと3回もご飯を食べる。

3回目のご飯のあとはお風呂。

そのあとは歯を磨いておやすみなさい。


親父にビクビクしない静かな毎日。


いつまでも続いて欲しい…。


そうそう、数の数え方や文字も教えてくれた。ボクはホントの歳も名前も知らない。でも、ボクは学校というものに行ってる歳のハズだって老婆は言っていた。


あの雪の日にボクを温めてくれた犬の親子もちゃっかり老婆の家にお世話になっていた。老婆とボクと4匹の犬。


幸せな毎日はやっぱり永くは続かなかった。


「おい、起きろ!寝たフリなんかするな」


突然に、揺すり起こされ現実へと一気に引き戻される。周りを見回すと電車の中だった。


「あ?」


「あ?じゃねえ。席を譲れ。立てよ」


荒々しくまくしたてその場を追い出される。車内の運行表示ではもうすぐ降りなきゃいけない。車内は人でいっぱいだった。


座れる席もなし。


(チッ!クソヤロー)


ボクを無理やり立たせたヤツはふんぞり返って座ってる。


周りも知らんぷり。


ボクは少し離れた場所まで流されてしまった。ドアの少し前だけどアイツはよく見えている。


座って、カバンの中をガサガサ。


左を見たり右を見たり。


運行表示を見てビックリした顔をしてる。


……変なヤツ。


どうやらボクを追い出してまでして座ったのに降りなきゃいけないらしいな。


渋々の感じで立ち上がり、ドアへと移動していた。残念なことにコッチのドアではない。ボクはヤツの方へ人の波をかき分けソロリソロリと移動する。


人が多過ぎて移動しづらいが逆に好都合だった。上手い具合にヤツの真後ろにピタリとつけた。ボクの後ろにも誰かがピタリとはりついてる。


駅につき、ドアがあく。


この瞬間にボクはつまづいたフリを装いヤツの足を引っ掛け、思いっきり背中を突き飛ばす。


激しく地面に叩きつけられる音が聞こえた。が電車から押し出される人の波は倒れた人に気付かず通り過ぎる。何人かに踏まれたかも知れない。


ボクが駅から出る頃、救急車が向かってくるのが見えた。

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