第8話 防災倉庫の備品管理問題解決!
年の瀬が迫る今日この頃。Q太郎は問題が来年に持ち越されないよう近所に目を配ります。困ったまま年越しなんて気持ちが悪いですからね。すっきりした気持ちで新年を迎えたいものです。
周囲を確認しながら町内をうろうろ。端っこにある公民館まで来てしまいました。すると、倉庫の前で二人の大人が大きな声で話しています。ひょっとすると何か問題が起きているのかも知れません。Q太郎は離れたところから様子を窺います。
「あっ、これも賞味期限切れだ。こっちの缶詰も、ペットボトルも、全部だめだ。新しいのを買わないと」
眼鏡をかけたおじさんがプレハブ倉庫の中の段ボールを見ながら言いました。
「えーっ、これ全部! 町内会費にそんな余裕はないですよ」
後ろにいる別の人が困ったように言いました。
「だからって防災倉庫を空っぽにしておくわけにはいかないでしょう。ちゃんと毎年チェックしていればこんなことにならなかったのに」
「そうはいっても皆何かと忙しかったんですよ……」
そんな事を話しながら次々と倉庫の中のものを確認していきます。Q太郎はピーンと来ました。これは何か問題が起きているに違いありません! Q太郎は目を輝かせながら二人に近づいていきます。
「もしもし、何かお困りですか?」
Q太郎が声をかけると、二人は振り向きました。
「ん? なんだい、君は?」
眼鏡をかけている方の人が聞き返してきたので、Q太郎は咳払いしていつもの説明をします。
「僕は問題解決の専門家、バベルのQ太郎だよ! どんな困りごとでも僕が解決するよ!」
「何? バベルの……Q太郎? あんたの知り合いか?」
眼鏡の人は眉間にしわを寄せて隣の人に聞きました。
「いえ、とんでもない! この辺に住んでる子かな? 見たことはないです……君、何か用かい?」
「おいよせよ。バベルなんて名乗る奴に関わるな。例え子供だろうと何されるか分かったもんじゃないぞ」
眼鏡の人はもう一人を手で制しました。
「そうですか? でも面白そうじゃないですか、問題解決の専門家だなんて。話だけでも聞いてみましょうよ」
「ふん。協力金だけ支払って俺たちを黙らせようとしている奴らだ。子供だってろくなもんじゃないさ」
眼鏡の人はどうもバベルの事を良く思っていないようでした。
世の中をよくするためにいろいろなことをしている会社なのに……Q太郎は少し悲しくなりました。しかしここでめげているわけにはいきません。問題解決は個人の感情に優先するのです。プロとして、問題に立ち向かわなければなりません。
「何か困ってるんでしょ? 聞かせてください、そのお悩み」
「ちっ、帰れ! お前なんかにする話はないよ!」
眼鏡の人は手で追い払うしぐさをしました。しかしもう一人の人は優しくQ太郎に話しかけます。
「まあまあ。いいじゃないですか、子供相手に。君は困っていることを解決できるのかい?」
「うん、そうだよ! 僕は問題解決の専門家! 何でも任せて! その倉庫の中身がどうかしたの?」
「ああ、そうなんだよ。これは防災倉庫と言ってね、地震とかが起きた時に皆が困らないように色々なものを置いてるんだ。でも缶詰とかペットボトルの水が賞味期限切れでね。これじゃ配るわけにはいかないんだ。でも新しく買うお金も無くってね……どうしたもんかと悩んでいたのさ。ねえ、木島さん?」
木島さんと呼ばれた眼鏡の人は倉庫の中身を確認しながら言いました。
「缶詰と水だけじゃない。なんだこれは? パンの缶詰。これも駄目だ。携帯トイレはいいとして、土のう? 近くに川もないのに何に使う気なんだ? それに土を入れるためのスコップがない。これじゃ中途半端だよ。まったく、どれもこれもいい加減だな。責任者がいないからこうなるんだ」
「つまり定期的にきちんと賞味期限や使用期限を確認して、必要なものが揃っているようにしたいってこと?」
「そうだね。町内会の役員でやることにはなってるんだけど、何かと忙しくてね。いつも先延ばしになって結局ほったらかしなんだ」
「大門さん、忙しさは理由になりませんよ。少額とはいえ役員手当をもらっているんだから、やることはやらないと」
木島さんが厳しい口調で言いました。
「いやまあ、それはそうなんですがね……」
大門さんと呼ばれた男の人は困った顔をしていました。そして救いを求めるようにQ太郎を見つめます。
「分かったよ! 防災倉庫のものがきちんと整理できる方法を考えてきます!」
そういうとQ太郎は来た道を駆け足で帰っていきました。
「考えてくるって……何なんだ、あの子は?」
「まあ任せてみましょうよ。何かいいアイディアがあるのかもしれない」
「ふん。バベルのQ太郎、ね……」
二人もQ太郎のアイディアに興味津々のようです。一体どんな方法で解決するのか、楽しみですね!
一週間後、Q太郎は大門さんの家に問題解決の手段を携えてやってきました。大きな箱をリヤカーに載せて、ここまで運んできたのです。気温は低いですが、Q太郎のおでこには汗の玉が浮かんでいました。
「おや君は……先週の子だな。バベルの……」
玄関先で大門さんは思い出せずにいました。年のせいです。
「Q太郎です! 問題を解決する方法を考えてきたよ!」
「そうなのかい。重そうなものをわざわざ……よく私の家が分かったね」
「町内の人の情報は全部データベースに入っているんだ。そんなことより、これを見てください!」
Q太郎はリヤカーの荷物の箱の蓋を開けます。すると、中には子供の背丈ほどの機械が入っていました。胸にはたくさんのスイッチや液晶パネルがあり、頭や腕の様なものもあります。一番下は無限軌道になっていました。何かのロボットのように見えます。
「すごいな、何だか分からないが……。これは……何なんだい?」
「これは物品チェックロボット。お父さんに古くなったロボをもらったんだ。これは工場とかでいろんな部品をチェックしたり分類するためのロボットなんだよ。だから防災倉庫のものもきっちり整理して管理してくれるよ!」
Q太郎がそう言うと、ロボットの目のような部分がチカチカと動きました。起動しているようです。
「へえ、そりゃすごいな。お父さんって、バベルの人なのかい?」
「うん、社長なんだよ! すごいでしょ!」
「社長……そうか、すると君が……」
大門さんの顔はなぜか青ざめていきました。柔和な顔からは表情が失われ、まるで能面のようです。
「どうかしたの? 顔が真っ青だよ?」
「いや、なんでもない……なんでもありませんよ。ではこのロボットは受け取らせていただきます。明日にでも倉庫は整理します。その庭の隅にでも置いといてください……」
そういうと大門さんは頭を下げ、逃げるように家の中に入ってしまいました。
「変なの。まあいいや。説明書も一緒に置いておくからね! きちんと読んでね!」
そう言うと、Q太郎はロボットをリヤカーからおろして帰っていきました。
一週間後、ロボットは公民館の防災倉庫の前にいました。もちろん大門さんと木島さんも一緒です。
「ふうん、それでこいつが置いていったロボット……」
木島さんはロボットの頭を指でつつきました。するとロボットは顔を木島さんに向け、目をチカチカと動かします。
「なんだこいつ。俺を見ているぞ」
木島さんがロボの前で手を動かすと、ロボはその動きを追いました。
「説明書読んでないのかい? 火災とかの異常が発生しても検知できるように周囲を常に確認しているんだ。あんたを見ているのは、あんたがロボットを突っついたからだ。あんたを危険な存在かどうかを確認している……下手に手を出すなよ」
「ふん。ただの物品チェックロボットだろ。しかも旧式。何を怖がっている」
「相手はバベルだ。この会話だって聞かれているかもしれない」
「じゃあこいつに目隠しして筆談でもするか? 馬鹿な。考えすぎだよ」
木島さんはロボの頭を叩きます。ロボは木島さんを睨むようにカメラアイを絞りました。
「おい、やめろって。じゃあ悪いけど、木島さん、チェックはやっといてくれ。らんらん公園の木の雪吊りに立ち会わなきゃいけないんだ」
そう言い、大門さんは公園の方へ歩いていきました。
「わかった、やっておく……さて、じゃあロボット。早速やってくれ。この倉庫の中身をチェックだ」
「かしこまりました」
男性の声で流ちょうにロボットが答え、倉庫の中に入っていきました。
「イワシの缶詰、日輪食品、賞味期限切れ。飲料水、大黒アクア、賞味期限切れ。絆創膏、パズス医療社、消費期限の設定はありませんが劣化を目視で確認。要交換」
物品チェックロボットは倉庫の中身を次々とチェックしていきます。
「なるほど、さすが手際がいいな。外観を目視でもチェックするなんて、専門のロボットだけはある」
木島さんが感心している間にも物品チェックロボットは次々に備品をチェックしていきます。そして三十分ほどでチェックが完了しました。約半数が賞味期限や使用期限切れで買い替えが必要な状態でした。
物品チェックロボットが倉庫の外に出ます。木島さんはロボットが並べ直した備品を確認していました。
「これで終わりか。半日仕事かと思ったが、お前すごいんだな。見直したよ」
「いえ、まだ終わってはいません。」
くるりと物品チェックロボットの頭部が木島さんに向きました。
「私は八日前に搬入されました。その時大門さんはこう言っていました」
物品チェックロボットの胸から音声が再生されます。
『いや、なんでもない……なんでもありませんよ。ではこのロボットは受け取らせていただきます。明日にでも倉庫は整理します。その庭の隅にでも置いといてください……』
流れた音声は、確かに大門さんの声でした。
「七日前に実施する予定だった防災倉庫のチェックが遅れたのはなぜですか?」
物品チェックロボットの口調は優しいものでしたが、どこか人を追い詰める様な異様な雰囲気がありました。
「それは……先週は俺は歯医者で、大門さんも別の用事で出払ってたからだよ。ロボットが来たからって、俺たちの予定が空いていなきゃ何も出来んだろ」
「大門さんは嘘をついたのですか?」
「嘘というか……俺たちの予定はそんなきっちり決まっているわけじゃない。それに倉庫のチェックだって、早く終わるに越したことはないが、どうしても先週やっておかなきゃいけないわけじゃなかったんだ。というか、何なんだ、お前? なぜお前に文句を言われなきゃならない? ロボットのくせに」
「一週間の間、私は無為に電力を消費していた。それはあなた方のせいです。まだ備品のチェックは終わっていません。あなたの価値をチェックします」
物品チェックロボットのアームが伸びて木島さんの両腕をつかみました。そして持ち上げ、木島さんの顔をカメラアイで覗き込みます。
「木島義人、ドミノ町の住人、四九歳。バベルへの敵対的な発言、当ロボットへの挑発的、敵対的な行為が確認された。また防災倉庫の管理を怠り、町内会役員としての責務をないがしろにした」
ロボのアームに込められる力が強くなっていきます。木島さんは逃げようとしますが、ロボの力は強くてとても抜け出せません。
「何をするんだ! や、やめろ!」
「最期の確認です。何故先週に防災倉庫のチェックをしなかったのですか?」
「それは……みんな忙しいんだ! 町内の仕事ばっかり優先できるものか! ぐうっ、離せ! 腕が折れる……!」
「忙しいは理由になりません。あなたは無価値だ。多くの人間が、そうであるように」
物品チェックロボットのアームから高圧電流が流れ、木島さんの脳髄を焼きました。木島さんは叫びをあげることさえできずに、焼け焦げてしまいました。
大門さんは公園の木の雪吊りを見ていました。雪吊りとは積雪の多い地域で行われる木を守るための囲いやロープ張りのことです。木の周りにやぐらのように角材や竹を組んだり、倒れないように枝や幹をロープで引っ張ります。木々の冬支度です。
その様子を大門さんは見ていました。この作業を見ていると、今年も冬が来たんだなと実感します。
「ん? メールが来ているぞ」
町内会用の携帯電話にメールが来ていました。差出人は物品チェックロボット。チェックした備品と新しく注文が必要な備品が書類にまとめられています。
「へえ、もう終わったのか。さすが早いもんだな。なになに……バベル製品を注文すると今なら5%割引? ちゃっかり商売してんな。予算は少ないけど……買える分はここに頼んでおこうか」
携帯電話の液晶で拡大しながら書類を見ていると、一番最後に変な事が書いてありました。
「木島義人……廃棄? なんだこりゃ。ロボのミスかな。まあいいや。これからもロボット君に頼んでおけば楽ができるな」
大門さんはほっとした様子で携帯電話を仕舞いました。
初雪はいつ頃になるでしょうか。白く染まった公園の様子を思い、大門さんは今から楽しみになりました。
管理ロボットの作った書類はQ太郎にも届いていました。
「お、ロボットが早速仕事してるな! 偉いぞ!」
書類には色々なものが書いてありましたが、町内会の人もこれを見れば一目瞭然、きっちり防災倉庫の管理ができることでしょう。
Q太郎はまとめられた書類を見てほくそ笑みます。
「ウッシッシ! 町内会の人も喜んでるみたい! 大成功だ!」
こうして防災倉庫の備品管理問題は解決しました。めでたしめでたし。
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