第9話 クリスマス独りぼっち問題解決! クリスマス特別編

 もうすぐ一年が終わります。やり残したことがないように、Q太郎は今日も元気に町をお散歩です。でも、今日のQ太郎はちょっと浮かない顔です。らんらん公園のベンチに座り、溜息をついています。

「はあ……クリスマスか。今年もお父さんは降りてこられないんだろうな……」

 Q太郎のお父さんはバベルビルの社長で、一番偉いので一番上の階で働いています。バベルビルの八万メートルあるため、昇るだけで四日、降りてくるだけでも二日かかります。そのため上層の社員の人は一度上がったら半年は降りてきません。一部の人は家族も一緒に上がって生活していますが、居住スペースは限られるためほとんどの社員は家族と離れて仕事をしています。

 それはQ太郎のお父さんも例外ではありません。それに、社長は特に忙しいので降りてくるのは一年に一度だけです。そのうえ、降りてくる日は厳しいスケジュールの合間を縫って時間を作るため、いつ帰ってこられるかは分からず決まっていません。Q太郎はお父さんと会いたい気持ちを我慢しながら、その悲しみを忘れるように問題解決にいそしんでいるのでした。

「サンタさんにお父さんを連れてきてってお願いしたけど……忙しいのに邪魔することになっちゃう。今年も独りぼっちのクリスマスか……」

 町中がクリスマスムードで盛り上がっています。商店街も華やかに飾り付けられ、小学校の友達のみんなもプレゼントやパーティーの話で盛り上がっています。でもQ太郎はパーティーに誘われていませんし、プレゼントをもらえる見込みもありません。Q太郎の家は防犯設備が充実しているため、例えサンタさんであろうと内部には侵入できないからです。一人で映画を見ながらケーキを食べるのが、Q太郎のいつものクリスマスでした。

「はぁ……サンタさん。一目でいいからお父さんに会いたいよ。いつも頑張ってるねって褒めてもらいたいんだ……」

 クリスマス独りぼっち問題。さすがのQ太郎にも、この問題だけは解決できそうにありませんでした。


 しばらく町内を歩いていましたが、すれ違う人はみんな楽しそうで嬉しそうでした。どこにも困っている人なんかいません。問題解決に取り組んでいるときは寂しさを忘れられるのですが、今日はそれも無理のようでした。

 Q太郎は問題を探すのは諦めて、晩御飯を買いに行きました。近所のスーパーでカルビ弁当とローストチキンを買い、ケーキ屋さんで予約していたケーキを買いに行きます。

 スーパーでもケーキ屋さんでも、お客さんは皆どこか幸せそうです。お父さんとお母さんと一緒に買い物している子供を見ると、Q太郎は胸がきゅうっとなるのを感じました。ふんだ。僕のお父さんはたくさんの人を助けるのに忙しいんだい。Q太郎は心の中でそう叫び、自らの心を慰めました。

 ケーキ屋さんからの帰り道、とぼとぼとQ太郎が歩いていると、小学生の男の子二人が道端で喧嘩してるのが見えました。どうも兄弟のようです。Q太郎より下の学年、三年生か二年生に見えます。

「クリスマスに喧嘩だなんて、一体どうしたんだろう」

 問題かな? Q太郎の心がぴくっと反応します。でもいつもほどではありません。悲しみが心を曇らせていました。

「だから俺が持つっていったんだ! どうするんだよ! こんなの……こんなのぐちゃぐちゃだ!」

 大きい方の男の子が地面で潰れている箱を指さしました。

「だってお兄ちゃんが急に手を引っ張るからだよ! 引っ張るから転んじゃったんだい!」

「せっかくお金貯めて買ったのに……こんなんじゃお母ちゃんに上げられないよ……! うわああ!」

「だってお兄ちゃんが……うわああ!」

 兄弟は二人そろって泣いてしまいました。

「一体どうしたんだい」

 Q太郎は後ろから二人に声をかけます。

「うう……ぐすっ……何だよ、お前……」

「僕はバベルのQ太郎。何か困っているのかい? その潰れた箱がどうかしたの?」

「ひっぐ……お金貯めてお母ちゃんにケーキ買ったんだ。大好きなショートケーキを三つ。うっぐ、なのに小太郎が転んで潰しちゃったんだ!」

「違うよ! お兄ちゃんが無理に引っ張るからだよ! うわああ」

「ふうん、そうか。それは大変だね」

 Q太郎の見たところ、この兄弟はあまりお金に恵まれていないように見えました。服は継ぎだらけ。靴も穴が開いているのをガムテープでふさいでいます。それに二人は何だか臭いました。お風呂にも満足に入れていないのかも知れません。

「ケーキが三つか。君達とお母さんの分? お父さんのは?」

「お父さんはまだ帰ってこないの」

「小太郎、まだそんなこと言ってんのか! あいつはもう帰ってこないんだよ! いい加減に分かれ!」

「そんなのやだよ! またお父さんとお母さんと一緒に仲良く暮らすんだい! うわああ!」

「うう、泣くな、小太郎! 泣くな……うわああ!」

 兄弟はまた二人して泣いてしまいました。どうやら複雑な家庭の事情があるようです。その問題を解決する方法をQ太郎は思いつきませんでしたが、目の前の問題は何とかできそうです。

 Q太郎は持っていたケーキの箱を二人に差し出します。

「ショートケーキが三つ入っているよ。でも君ら可哀そうだから、あげるよ。僕そんなにケーキが好きじゃないんだ」

 三つのケーキ。それは自分と、お父さんと、サンタさんの分です。でもいつもお父さんもサンタさんも来ないから、結局一人で三つ食べることになるのです。そんなことを繰り返しているうちに、Q太郎はケーキがあまり好きではなくなってしまったのです。

「いいのかい……もらって? 俺達……お金ないんだ」

「いいよ、別に。それにお金があったって今からじゃどこのケーキ屋さんも売り切れだよ、きっと。こいつを上げるからお母さんと一緒に食べな」

「本当かい! ありがとう! やったぞ、小太郎!」

「やったね、兄ちゃん!」

「そうと決まったら早く帰らないと! ありがとな、Q太郎!」

「ありがとな!」

 二人はケーキの箱を抱えて走っていきました。また転ばないことを祈るばかりです。

「家族でケーキか……」

 うらやましいとは、Q太郎は言いません。だって言葉にすれば、悲しくなってしまうから。代わりに潰れたケーキの箱を持って、Q太郎は家に帰っていきました。


 映画を見ながら夕ご飯を食べ、一人でぼうっと過ごします。もうすぐ夜の十時。特別な日だけれど、時間はいつもと同じように流れていきます。

 Q太郎は窓の外を見ます。向かい側の家の窓、カーテンの隙間から少しだけ明かりが見えます。その向こうではきっと、家族で楽しい時間を過ごしているのでしょう。ごちそうを食べ、明日もらえるプレゼントを心待ちにしているのでしょう。そこでは優しい時間が流れ、愛があふれているはずです。

 Q太郎は急に悲しくなってきました。一人でいることには慣れています。しかし、独りぼっちで悲しみを抑えることにはいつまでたっても慣れません。Q太郎の頬を涙が伝います。

「うわああ! お父さーん! 会いたいよー!」

 Q太郎は窓を開け、夜空に向かって叫びました。近所の人に変な子だと思われるかもしれません。それでもかまいません。Q太郎は自分の心を叫びました。

『Q太郎、私もお前に会いたいよ』

「えっ?」

 お父さんの声が聞こえました。家の外や部屋の中を見ても誰もいませんが、確かに声が聞こえました。

『上だよ、Q太郎。今そっちに向かっている』

 またお父さんの声がしました。耳に聞こえるのではなく、脳内に直接語り掛ける様な声でした。夜空を見上げると、なにやら光り輝く物がありました。

「サンタさん? いや、お父さんなの?」

『十一次元結晶の折り畳みに成功したんだ。結晶は私の意識を取り込み、新たな次元の生物となったんだよ。見せてやろう、私の姿を』

 輝く光が段々と下に降りてきます。とても大きいです。百メートル以上はありそうです。両腕を横に伸ばし、足をそろえ、十字架のような格好でお父さんが町に近付いてきます。最早人間ではないようですが、姿が変わってもお父さんには違いありません。

「お父さん! 会いに来てくれたの!」

『実験の途中だが、抜け出してきたんだ。この姿ならすぐ移動できるからね。ただ私から出る放射線が強いから、余り近くには行けない。この距離で我慢してくれ』

 お父さんが五百メートルほど先の町のすぐ上で止まりました。光り輝く体が町を照らしています。すぐ足元の家はお父さんが起こす衝撃波でつぶれ、発せられる熱で燃えだしました。

『いつも一人にしてすまない。だが私はいつもお前のことを思っているよ。大好きなQ太郎の事を……』

「僕もだよ父さん! お父さんのことが大好きだよ! お父さーん!」

『お前に一目会いたかった。しかし時間だ……また来るよ、Q太郎。今度は人間の体で』

「うん! 僕待ってる! いつまでも待ってるから!」

 お父さんの体が赤い光を放ち、少しずつ上がっていきます。周辺の家は熱と暴風で燃え上がり吹き飛んでいきました。お父さんを中心に火事がどんどん広まっていきます。更には放射能による汚染も広がっています。

『さらばだ、Q太郎』

 お父さんが一際強く発光し、一気に上昇しました。音速を超えた動きにより衝撃波が生まれ、周囲を吹き飛ばします。燃えている家の破片が高く舞い上がりました。

「わあ……クリスマスツリーみたい」

 夜空を炎が赤く染め、舞い上がった炎が煌めきます。その美しさにQ太郎は目を奪われました。

 やがてお父さんの光は上空に消え、見えなくなりました。けれど少しも寂しくありません。お父さんは、この心の中にいるのですから。

 サンタさんへのお願いがきいたのかもしれないですね。そして今日の夜はきっと、誰にとっても特別な日に違いありません。

 Q太郎は炎で赤く染まった夜空を見上げてほくそ笑みます。

「ウッシッシ! 僕って幸せだな! 大成功だ!」

 こうしてクリスマス独りぼっち問題は解決しました。めでたしめでたし。

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