第3話 歩きスマホ問題解決!

 今日もQ太郎はご機嫌にお散歩です。天気が良くて気持ちのいい日は気分だって明るくなるものです。

 だというのに、おやおや? 駅員の津永さんが困った顔でポスターを貼っています。

 気になったQ太郎は早速様子を見に行きました。


「ねえねえ、津永さん。難しい顔してどうしたの? 何か悩み事?」

 Q太郎が声をかけると、津永さんは作業する手を止めてQ太郎を見ました。

「何だい、Q太郎君か。ちょっと待っていておくれよ」

 そう言うと、津永さんはポスターの四隅をピンでとめていきます。それが終わると、掲示用の箱のふたを閉め、鍵をかけました。


「これでよし、と。で、何か用かい、Q太郎君?」

「さっきは何だか難しい顔をしていたけど、何か困りごと? ねえ、そうなんでしょ?」

「難しい顔って……ああ、このポスターの事かな」

「そのポスターが何なの?」

 Q太郎は貼ったばかりのポスターを見ます。若い女性の写真と、文字が書いてあります。歩きスマホに危険信号。


「歩きスマホ?」

 耳慣れない言葉にQ太郎は首をかしげます。

「歩きスマホっていうのは、歩きながらスマホを操作することだよ。ちゃんと前を見て歩かないから、人にぶつかったり、交通事故に巻き込まれるんだ。喧嘩になったり、転んでけがをしたり、とても危ない事なんだよ」


「ふうん。それでポスターを貼ったの?」

「そう。啓発用のポスターを貼るようにお達しが来たんだ。でもこれじゃあな……」

「駄目なの?」

「だって歩きスマホをしている人は周りを見ないからね。ポスターを貼ったって、肝心のその人の目には届かないわけさ。来週は一週間、歩きスマホをやめるように警察の人と一緒にこの辺に立って注意喚起をするんだ。そのくらいやれば効果はありそうだけどね」


「そうか。歩きスマホって、問題なんだね」

「そうだね。ちょっとくらいっていう気持ちが危ないんだけどね」

「分かったよ! 僕、何かできないか考えてみる!」

「お、そうかい。気をつけてな!」

 Q太郎はそう言い走り去っていきました。もちろん、名案を思いついたからです。



 三日後の昼下がり。駅からバベルビルへの直行道路、通称バベル通りである男の人が歩いていました。背中を丸め、視線は手の中にくぎ付け。歩きスマホの真っ最中です。

「おっ……くそ! 何だよ石全部突っ込んだのにくそじゃねーか! また課金するか……しかし先週五万使ったしな……ええい、くそ! こうなりゃ天井まで課金してやる!」


 なにやらぶつぶつと呟きながら、その男の人は歩いています。

 あっ、ケーキ屋さんの立て看板にぶつかりそうです。

「おっ……と! あっぶねー、何だよ、こんなところに看板なんか置きやがって」


 すんでの所で男の人は気付き、看板を避けます。そして腹立ちまぎれに蹴っ飛ばしました。看板が汚れ、少しへっこんでしまいました。


「ったく、道にこんなもん置くなよな」

 ケーキ屋さんの看板は道路占用届を出していないため不法占用物件です。その為、この男の人が言うように置いてある方が悪いのです。しかし慣例的に黙認されている事由であり、常識的には蹴っ飛ばしていいものではありません。


 男の人はポチポチとスマホを操作しながら歩いていきます。

 すると、前の方から白い杖をついた女の人が歩いてきます。足元の点字ブロックを叩き、前方を確認しながら進んでいきます。視覚障碍者の人でした。


 男の人はスマホに夢中で気付きません。あっ、ぶつかる。

「きゃ!」

 女の人は杖を蹴飛ばされ、その拍子に転んでしまいます。


「っと! 危ねえだろてめー! どこ見てやがる!」

 男の人は大きな声で怒鳴りました。

「す、すいません……目が見えないので」

「あぁ?! ちゃんと邪魔にならないように歩けよ!」

「す、すいません……」

 女の人は杖がどこに行ったか分からず探しています。男の人は何もなかったように歩いて行きました。



 そんな様子を、Q太郎はクラッキングした町内の監視カメラで見ていました。音声までは分かりませんが、男の人が何やらすごい剣幕で起こっている様子は分かりました。


「なるほど、これが歩きスマホか。看板にぶつかったり、目の見えない人を困らせたり、確かに大問題だね!」


 Q太郎は早速この男の人が誰なのかデータベースから割り出します。三十秒ほどで結果が出ました。浦林さん。インテリア販売会社の営業マンです。会社は隣町にあって、今日はドミノ町まで営業に来ていたようです。そして、これから電車で会社に帰るようでした。


「こんな人を放っておいたんじゃ危険だ。歩きスマホをやめさせなくっちゃね」


 Q太郎は部屋の窓を開け、壁のスイッチを押しました。すると壁からレールが出てきて動き出します。そして、窓の外に向かってレールが伸びていきます。


「行け! 歩きスマホ根絶ロボ! 歩きスマホを根絶しろ!」

 天井に備えられたクレーンが動き、屋根裏から四角い金属の箱を下ろします。それは床のレールに下され、箱が変形し中のロボが出てきます。


「ようし、発進五秒前! 五、四、三、二、一! 発進!」

 四角いロボを載せた台座が水蒸気の圧力で一気に加速し、そして窓から飛び出しました。ロボは空中に投げ出されましたが、背中からプロペラを出してヘリコプターのように飛んでいきます。向かう先はもちろん、浦林さんの所です。



「よし……課金した……へへ、今度こそ……!」

 浦林さんは相も変わらず歩きスマホです。一向にやめる気配がありません。


 そんな浦林さんの両肩を、根絶ロボのアームが掴みました。猛禽類の足のようにがっちりとホールドし、プロベラの回転数を上げて浦林さんを持ち上げます。


「わ、わーっ! 何だーっ!」

 浦林さんは逃げようと暴れますが、根絶ロボのアームは外れません。浦林さんはあっという間に上空に運ばれていきます。


「ドチラマデ?」

「な、何っ! おい、おろせ!」

「私ハ歩キスマホ根絶ロボ。アナタヲ目的地マデ運ビマス」

「あ、歩きスマホ?! ふざけんな! 早く下ろせ!」

 もう上空五十メートル。目の覚める様な高さです。浦林さんは恐怖を感じましたが、次第に暴れてもどうにもならないと気付きました。


「目的地マデ安全ニ運ビマス。ドチラマデ」

 根絶ロボは同じことを繰り返します。浦林さんは段々と落ち着いて、目的地を言いました。

「ど、ドミノ駅までだよ。これから会社に帰るんだ」

「カシコマリマシタ。ドミノ駅マデオ連レシマス」


 根絶ロボはさらに高度を上げました。その辺にあるビルより高い高度です。遠くに見えるバベルビルもよく見えますが、バベルビルの高さは八万メートル。それに比べればずいぶん低いものです。


 この高さだとすれ違うものがありません。なるほど、地上では色々なものにぶつかる危険がありますが、空中ならその恐れがありません。


「そうか……俺は今まで……色んなものにぶつかりながら歩いてたんだな……」

 さっき蹴っ飛ばした看板や、ぶつかった女の人のことを思い出します。それだけではありません。これまでにも何度も色んな人にぶつかったり、車道に飛び出して危険な目にあった事もあったのです。


 浦林さんはスマホを握りしめました。

「歩きスマホ……やめないとな」

 そう言ってアプリを閉じ、画面を消しました。


 そうこうしているうちにドミノ駅が見えてきました。大きい駅舎もここからだと少し小さく見えます。

「マモナクドミノ駅。オ忘レ物ノ無イヨウニ」

「ああ、ありがとう……」


 浦林さんは根絶ロボに向かって言います。

「もう歩きスマホはやめるよ。あんたのおかげで、自分のやっていたことがどれだけ危険なことか分かった。ありがとう」

 浦林さんは改心したようです。その声は根絶ロボのマイクを通してQ太郎にも届いていました。


「ドミノ駅ニ着キマシタ。オ気ヲツケテ」

「ああ、ありが――」

 高度百メートルほどで、根絶ロボはアームを離しました。浦林さんは真っ逆さまに落ちていきます。

 空中で叫びましたがもう何もできません。そして、駅の南口の広場に落下しました。



 一週間ほどすると、ドミノ駅で頻発する墜落死事件のことで、新聞やテレビは大騒ぎでした。何でも、ロボットのようなものが歩きスマホしている人を捕まえて上昇し、駅付近で放り投げて墜落死させているというのです。そのせいか、町からは歩きスマホしている人がいなくなったそうです。


 Q太郎はそのニュースを見て、自分と似たことをする人がいるんだなあと思いました。

「その点僕のロボは賢いからね。ちゃんと駅に送り届けるんだ。な、根絶ロボ?」

「モチロンデス。私ハ賢イ。安全安心ガモットー」


 自分の作った機械だからといって、その全てを理解しているわけではない。Q太郎がそのことに気づくにはまだもう少し時間がかかるようです。


「ウッシッシ! 町のみんなも喜んでるみたい! 大成功だ!」

 こうして町から歩きスマホは消えました。めでたしめでたし。

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