第6話

 


「さっきグレンさんが使ったの魔法ですよね?」


 菜園を抜け森の中を行く。次に向かうのはポンタスの兄オスカーが開いた工房だ。屋敷からは少し離れているため森の中をしばらく歩く必要がある。


「うん、グレンはあれを豆鉄砲と呼んでて、唯一使える魔法だよ」


「魔導士じゃないですよね?」


「魔法が使えるのはショーンだよ。グレンはショーンから習ったんだ。グレンは若い時は魔法学校に行ってたから宙に浮かんだりもできるんだよ」


 学校に通うことは比較的に容易にできる。簡易な魔法であれは一つぐらいなら扱うことも可能だ。しかし、魔導士としてものになるのはごく一部で、魔法院や正教会などに所属するだけでも十分に精鋭と言える。ローズやホワイトの域となれば、何重もの奇跡の掛け合わせがなければ存在しえない領域となる。


「意外なところがあるんですね」


 話はそこまでで終わり、二人は木々の間を縫うようにつけられた道をオスカーの工房へ向かい歩いた。路面は小石が転がり所々えぐれてはいるが馬車が通れる幅はある。農園からの馬車道として使用されているらしい。ただしかなり揺れるだろう。やがて、三叉路に行きついた。まっすぐにしばらく行くとマキの実家がある集落に行きつくらしい。ポンタスはそこを左折しややあって、少し古びた丸太小屋に到着しその前で足を止めた。


 二棟の小屋が並んで建てられている。一つは以前は倉庫として使われていたのか間口一杯に巨大な両開きの扉が付けられている。開け放たれた扉の中は工房となっていて作業台や足踏み式の工作機械が並べられ、作業着姿の男女が働いているのが見える。隣はありふれた住居として使われている仕様の小屋だ。


 工房の一人が作業の手を止めて二人の元へやって来た。作業着と帽子で一瞬誰かわからなかったがすぐにオスカーであることがわかった。


「ありがとうございます、フレアさん。お客さんなのに弟の面倒を見てもらって」


 オスカーはフレアに微笑みかけた。


「僕の方が面倒を見てるんだよ」ポンタスは兄に抗議の声を挙げた。「フレアに屋敷の周りを案内して回ってるんだ」


「えぇ」フレアは微笑み軽く頷いた。


「それは感心だな」オスカーが本気にしている様子はない。「まだ歩くでしょ。ここで一休みしていきますか」


 フレア達は隣の小屋へとオスカーに案内された。小屋の作りはありふれていたが、中は帝都と負けない洒落た展示室となっている。隣の工房で作られた木製の家具や食器が並べられている。


「これは売り物なんですよね」


 フレアが目を止めたのは滑らかな肌に仕上げられた皿や鉢の食器類、傍にスプーンも添えてある。


「いいですね。これは軽いし丈夫そう。近くの店にちょうどいいかも」


 皿を一枚取り上げ軽く指ではじいた。


「丸太を製材して出た端材で作っています。薪にするにはもったいない品質なので何か他に仕えないかと模索しています」


「同じものをたくさん作れるんですよね」


「えぇ、機械にはめて型を使って削り出すので同じものを作ることができます」


「うちの近くの店にはこういう食器があってるかも」


「どういうこと?」とポンタス。


「近くのお店に来る人は賑やかな人が多くて、悪い人じゃないんだけど、お酒が入ると騒ぎ出して壊れてしまう食器があるんですよね」


「フレア、それ旧市街でも変わらないよ」 


「それもそうね」とフレア。「知らないうちに喧嘩に巻き込まれていたって話も聞いたことあるし」 どこかの青年貴族のようでもある。


 フレアは皿の縁をなぞった。


「これは大量に用意してもらえるんですか」


「残念ながら、それには工房を拡張する必要があります。そのためには資金が必要です」


 オスカーはため息をついた。



 オスカーの工房を出た二人は森の道を行きブーヒュースの中心地に訪れた。商店街とよばれている通りには小さな教会と警備隊詰所が並んでいる。生活に必要な物はここで大体は揃うようだ。帝都で目にしない店としては肉屋だ。もちろん帝都にもあるが営業形態が違っている。森の中で獲れた獣や鳥の肉を売っている他に自分で獲った獣や鳥も捌いてくれる。隣には皮や爪、骨などの加工を請け負う店もある。肉を持ち込んでよい宿屋、料理店も並んでいる。


「帝都から狩りに来る人のためだよ。銃砲店もあるから手ぶらで来ても大丈夫だし、壊れた時も修理してもらえる」


 実際には手ぶらでやって来る者は皆無だが、北にある池に渡り鳥がやって来る季節には宿が満室になる事もあるらしい。だが、通りが賑やかになってもハンス家には関係はない。グレンの機嫌が悪くなるぐらいらしい。すべてはうまくはいかない。




 屋敷へ戻ってきたポンタスはおやつを求めて真っすぐに厨房へ向かった。いつものことなのか、厨房ではあまいジャムをたっぷり塗ったパンが用意されていた。そこでまたお茶を飲み解散となった。


 ポンタスとの散策は屋敷ばかりか人の集まる商店街まで足を延ばすことになった。雑感としては悪くない村だ。最初の感じた印象通り問題さえなければ長居しただろう。帝都から気軽に人がやって来る距離もよい。ヨーハンやグレンのような男だったなら長く暮らしたに違いない。だが、この容姿だ。いつもこの子供を抜けきれない姿が邪魔をする。


 窓の外を眺めつつ物思いにふけるうちに夕暮れとなった。前庭の森から執事のショーンが現れた。背には籐籠を担いでいる。ふと朝の話を思い出す。今日の罠の仕掛け担当はショーンというわけだ。フレアも罠は扱ったことはある。しかし、自分では使いこなすことができず断念することになった。他の獣と同じく狩りをする方が合っていた。今夜は何が掛かるのか。ポンタスは北の池に鳥が来ると言っていたが、森にはやってこないだろう。


  食事の鐘が鳴った。今夜出てきたのは肋骨周りの肉。昨日よりは気楽に食べることができた。おやつを取ったポンタスも食欲は変わらないようだ。出された料理を速やかに平らげていく。フレアも出された肉は骨も残さず平らげた。飲み物の後のしばしの歓談の後、解散となった。


 部屋に戻ったフレアは再び自主的な庭の警備を始めた。だが、何が起こるわけでもない。昨夜の最大の事件は庭に侵入してきたイタチがここに住み着いているネズミを捕らえて去っていったことか。


 どこかで物音がした。まるで獲物が倒れたようで、フレアの深部を刺激する音だ。次の音を待ったがそれっきりだった。外だとわかりやすいが、建物の中では所在が掴みにくい。意識を集中している最中に闇が訪れた。驚きはしたものの何のことはない。壁のランプが消えていただけだ。


 集中に水を差され気分が悪いが放っておくわけにはいかない。窓側から椅子を移動しランプの元へ向かう。こんな時にローズがいれば魔法で体を持ち上げ補助をしてもらえるのだが、今は一人でやるしかない。風防ガラスと燈心を慎重に外し中を覗く。指もそっと差し込んでみた。燃料の油が切れているようだ。匂いからして植物油のようだ。厨房に行けばおいてあるだろうが、また片付けの手を煩わせるのも気の毒だ。フレアは朝になってから知らせることにした。


 椅子を窓辺に戻し、庭の観察を始める。イタチが現れ後ろ足で立ち上がり辺りを見回し走り去っていた。今夜はネズミは見つからなかったようだ。退屈だ。熊でも現れて後ろ足で立ち上がり踊りでも披露してくれればいい土産話になるだろう。しかし、この森には熊はいないようだ。いるのは猪と鹿、イタチにネズミそれに群れ飛ぶ小鳥たち、どれも作物を荒らすばかりで芸を持っていそうにない。


 どれぐらい時間が経ったか、月の動きから見て半刻ほどか、」気が緩み欠伸が出る。白い歯がむき出しになるほどに口が開く。そこに外から大きな破裂音が聞こえた。フレアは慌てて欠伸を噛み殺し窓の下に身を伏せる。床を這いカーテンの裏側へ、そこから窓の外を窺う。フレアはランプの油切れの間の良さに感謝した。 カーテンに影が浮き出すこともない。


 前庭、丘の上に森の中、森への通路それらに人影はない。遠くからの銃声か。それはないあれは近くからの音に違いない。さっさと発砲者が逃げてしまっていればいいが、万一に備えてフレアはしばらく警戒を続けた。もはや、走るイタチや踊る熊などは消し飛んでいた。

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