第42話、礼などいらぬと嘯くのは、ただただ恥ずかしいから



「……カーナさんの呪いも解けたようだし、俺は戻るとしよう」


早速ジャックと合流して。

婚約を破棄させるその作戦を、ひいてはカーナたち地の国を助ける方法を考えなければならないと。

晃は自分に言い聞かせるようにひとつ頷き、何ごともなかったように踵を返そうとして。



「お、お待ち下さいラキラ様っ!?」

「ちょっとちょっと!これだけ私たちを助けておいて何も返さないつもり? サイテーですよ。ラキラさんサイテーです。魔精霊の風上にもおけないですっ」


うやむやにして去ろうかと思った晃だったけれど流石にそうもいかなかったらしい。

しかも、スミレには結構酷い事を言われている気がして。

晃はしぶしぶ、立ち止まった。


「……」


そして何も言わぬまま自らの髪を毟り、心中にあるイメージを浮かばせた。

それは、あの黒い翼だ。

とは言っても見た目だけではあるのだが。

すぐに、晃の予想と期待通りに、二組の黒い翼が出現する。


それは、ちょっと前から考えていたことだった。

自身がイメージできるものに姿を変えられるのなら、自分の一部も変えられるのではないか、と。


「それは?」


少し怯えた様子のカーナ。

無理もないだろう。

見た目だけとはいえ今まで自分を苦しめていたものが突然目の前に出現したのだから。


「礼をしたいと言うなら俺が望むのはひとつだ。もしここに王がやってきたとしても、何事もなかったかのように振舞ってくれればそれでいい。そう、何事もなかったようにだ」


相変わらずうまく立ち回れない自分に苛立ちを覚え晃はそう口にして、それをスミレに手渡す。


「うわ、これ偽物ですか。よくできてますねぇ」


対するスミレは晃の言葉の意図に気がついたらしく、受け取ったそれをしげしげと眺めていて。


「助けたのは自分のためだ。君たちのためじゃない。だから礼はいらない」

「そんなの嘘です。カーナ様はともかく、ラキラ様に私を助ける理由なんてなかったはずですよ?」


あくまで助けたことは自分……ラキラの目的の為だということを主張し、そのまま去るつもりでいた晃だったが。

スミレは偽物の黒い翼を装着しながら、そんな事を言ってくる。

もっともなことに思わず言葉を失いかけた晃だったけれど。


「ジャックがどうしてもって言うから、仕方なく助けただけだ。他意もないし恩を着せるつもりはない」

「ラキラさん」


きっぱりとそう言う晃に、まだ何か言いたそうなスミレ。

そこには何だか悲しみが含まれているような気もして。


「礼はいらない。しかし、二人に願うことがこの俺にあるのなら、聞いてもいい。どちらにせよ、事が全て終わってからだけどな」


ついて出たのは、そんな論点のずれているような言葉だった。

事務的な言葉面とは裏腹に、お礼を断ったのは自分が晃であってラキラじゃないってことや、どうにも気恥ずかしくて仕方がなかったとか、そんな理由があったのだけど。


「ラキラさん、その言葉忘れないでくださいよ」

「願いですか。たくさん考えておかなければなりませんね」


しかし、二人はそれで納得してくれたらしい。

先程とは打って変わっての、嬉しそうなスミレとカーナの呟きが、晃にはこそばゆかった。



「ま、そう言うわけだ。じゃあな」


自分のセリフと二人に対して照れくさいのを隠せそうになくなった晃は、何がそう言うわけなんだと自問自答しつつ、二人の背を向けて天蓋をくぐり外に出る。



「あ、ちょっと待ってください!」


と、お礼に件は片付いたはずなのに、追いかけてくるスミレ。


「どうかしたのか?」


顔を拭うようにして、つとめて冷静なふりをして振り返る晃。


「ここから出るのにちょっと仕掛けがあるんですよ……って、ほわぁ。また随分と変わりましたねぇ」


スミレは晃の隣に並んでそう言いかけ、目の前に広がる晃のせいで作り変えられてしまった世界を見て、感嘆の声をあげる。



「すまない。どうも力の加減ができないらしい」

「何言ってるんですか。綺麗なものですよ? カーナ様にも是非お見せしなくちゃです。そもそもこの庭園って、せめてカーナ様の心が安らぐようにって、私が作ったものなんですよ? どうやらラキラさんのほうがガーデニングのセンスがおありのようですけど」


二人が話してくれた闇の魔精霊に支配されているという状況と、この色とりどりできらびらやかな世界にギャップを感じていた晃だったが。

そう言われて妙に納得する晃である。


「カーナさんのことがそれだけ大事、ということか」

「そりゃそうですよ。大切な友達です」

「身分など関係ない、といった感じだな」


何せ相手は王なわけだから、そう言う壁みたいなものがあるのかと思っていたのだが、きっぱりとそう言ってのけるスミレに、感心しきりの晃である。


だけど、そんな晃の考えとは裏腹に、スミレは頬を含まらせて怒る仕草をしてみせた。


「あ、さてはラキラさん、勘違いしてますね? 見れば分かるじゃないですか。感じてくださいこのにじみ出る高貴さを。私は【木(ピアドリーム)】の国の姫、なんですよ?」


そして、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ。


「一国の姫と一国の王の願いですよ、覚悟していてくださいね、ラキラさん」


跳ねるように虹の橋を飛び越え、晃がここへやってきた……今は立ち並ぶ木々しかないところへとかけてゆく。


「……」


からかうような、その口ぶり。

仕返しめいた冗談のようにも思えるし、真実なのだろう、という気もする。

もしかして大事になりそうな、取り返しのつかない事を口にしてしまったのかと晃は思ったが。

一度口にしたからにはその責任は取らねばならないのだろう。

問題はその責任を晃ではなくラキラが取らなくてはいけない、ということで。


晃は渋い顔を浮かべながら、スミレの後に続く。




「さっきも言いましたが、本当はここ、随分殺風景な場所なんですよ。真ん中にあるお花たちは本物なんですけど……ほら、この辺りは幻なんです」


スミレの言葉通り、傍目から見れば木々が並んでいるその場所にスミレが手を差し入れると、空気の波紋のようなものが広がり、その手が突き抜け見えなくなる。

どうやら、その先に晃のやってきた階段があるのだろう。


「妙に凝っているというか、こだわっているな」


感心半分、皮肉半分な晃の呟き。

それは、スミレのその力が、カーナの心を安らかにする、ただその一点のみで使われているせいもあるだろう。

ここに来たとき、罠か何かでこの世界に閉じ込められた、なんて勘違いをしていた自分が情けなくなってくる晃である。


「そう言っていただけると、こだわった甲斐がありますよ」


ふふん、と得意げに胸を張って見せるスミレ。

皮肉が通用しなかったのか、分かってて得意げだったのか、晃には掴めなかったけれど。



「……それじゃあ行くよ。またな」

「ええ、またです」


またを主張されて、思わず苦笑する晃。

向けられるは、何を願うのか不安になってくる、そんなスミレの笑み。

晃はさらに苦味の度合いを深めつつ、その場を後にして……。





それから。

ジャックと別れた倉庫の場所まで戻ってきた晃だったが。


「ジャックの姿がないな」


袋小路になっている倉庫前。

そこにいるだろうと思っていたジャックの姿がなかった。


「倉庫の中か?」


晃は心内に染み出してくる不安を押し殺すように呟き、倉庫の木扉を開ける。

ギイ、と微かに軋む音。

中を見回してみるがその姿はなく。


よくよく考えてみれば、何時に集まるとかどこに集まるとか、今更ながらに約束の一つもしていなかったことを思い出す晃。

十夜河家が特にそういう約束事、時間の絡むようなことについてはきっちりしていたので、晃自身普通ならばそういうことはきちんと決めておく性格ではあるのだが。

ジャック、いやタローに関しては付き合いの長さにかまけて慣れ、甘えていた部分があったのかもしれないな、なんて思う晃である。

タローは、口は悪いし人にイヤガラセをするのが趣味にような男だが、できたヤツだった。


本人はそう思ってないが、ある意味時間や約束事に煩いとも言える晃に対し、それに当然のように接してくれていたのだ。

何か約束があって、10分前に晃が待ち合わせの場所にやってきたとしても、必ずその前後にタローはやってくる。

待たすことも待たされることも、タローに関してはなかった。


晃は、そのタローの人となりが、ジャックにも反映しているというか、同じであるということを半ば確信していた。

どこをどうと、明確に言い表すことはできないのだが、カーナやスミレたちと比べても、ジャックは晃のイメージするタローにより似ていた気がしたからだ。

と言うより、ジャックに関しては、タロー本人じゃないのかってくらいの気持ちでいた。


そんなジャックがこの場にいない。

おそらく、ここへ来られない事態が起きたのだろう。

地の王……改め闇の王ダァケシを見に行くと言っていたジャック。

もしかしたら、王に見つかってしまったのかもしれなかった。


「探しに行くか」


晃は自分に言い聞かせるように呟き、空気孔を見上げる。

ジャックがそこを通って王の元へと向かったのは分かっているが。

そこからどんなルートを通ったのかは皆目見当もつかなかった。


それでも、行くだけ行くしかないだろう。

晃はそう決めて、ジャックの姿をとるためにその姿をイメージしようとした、その時。


背後にある扉の向こう。

ずっと続く通路のほうから、微かに羽ばたきの音が聞こえてきた。


ジャックかもしれない。

晃はそう思い、それでも慎重に硝子窓を覗き込む。

だが、それがジャックではないことはすぐに分かった。

その羽ばたきの音は複数で、尚且つ歩みを進める足音まで聞こえてきたからだ。



晃はやって来たものたちをそっと確認する。

一人は、先程見たトビィと呼ばれていたスミレの同僚だった。

もう一人は、深紅の甲冑を着た小柄な騎士。

隣を歩くトビィと同じく、背中にはあの闇の翼をはためかせている。



「あれは……」


しかし、晃はその騎士の面差しを確認し、思わず声をあげてしまった。

晃の知っている彼より肌が白く、耳がツンと尖っていることを除けば、その小柄な騎士は部活仲間の西尾張部大介そのもの、だったからだ。


ふと思い浮かぶのは、王につく強い力を持った二人の騎士のこと。

ダイサとクロイ。

きっと、あの大介に似た騎士こそがダイサ、なのだろう。

それは、今まで会った人物の名前を考えれば容易に想像できることで。


(くっ。やりづらいな……)


全くそのことを予想していなかったわけでもないのだが。

この物語を終わらせるには、彼らとの対峙は避けられないのだろう。


しかも、晃にはそんなやりにくいって気持ちが常に付きまとうのに、向こうにはそんな感情はない可能性が高いのだ。

思わず唸る晃だったが。



「……っ!?」


はっと我に返り、晃は屈んだ。

今、間違いなく。そのダイサと目があってしまったからだ。

気さくさと無邪気さは変わらないのに、背筋に冷たいものが落ちてくる、そんな笑顔と。


ジャックが見れば分かると言っていた意味を、二重で思い知らされた気のする晃である。

幸か不幸か、水の力によるイメージの具現化はすでに完成していて。



ジャックの姿になっていた晃は。

彼らが間違いなくここへ来るだろうことを察し。

急いで空気孔の中へと入り込んで……。





「もう一人の曲者には逃げられちゃったみたいだね」

ダイサ・ニシェザは倉庫の空気孔、その闇の先を見据え、明るい調子でそう呟く。


「すみませんダイサ様。わたくしが見つけたときに捕らえておけばよかったのですが」

「それは……けんめいだね」


呟いたセリフは、誰に言ったものかははっきりとしなかったけれど。

隣にいたトビィを震え上がらせるのには充分で。


「まぁ、いっか。どうせ彼は逃げはしないだろうし。オレたちの手に大事な預かり物があるうちはね」


倉庫に響く笑い声。

それは、陰鬱なその場にそぐわないほどに、明るく響いたのだった……。



            (第43話につづく)






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