第41話、地の国の真実を知って、改めて水に溶け進め
晃が目を覚ましたタイミングは。
いつか嗅いだことのある、異なる世界の花の香りに誘われて、だった。
その不思議と落ち着く香りに、気分よく晃が目を覚ますと、そこは草花で敷き詰められた天然のベッドの中で。
晃は目をこすりながら辺りを見回す。
実は密かに危惧していたこの本の世界からの剥離はせずにすんだらしい。
そこは天蓋の外、洞窟の中につくられた地上の楽園、といってもよかった。
見渡した晃が、思わずひいてしまうほどに、元々あったはずの景色が変貌している。
「水の力を使った影響、か」
おそらく、水の竜がその強大な力ゆえに暴走し、天蓋を飛び出したことによって起きた結果なのだろう。
それまで色とりどりの庭園だったその場所へとやってきた水たちがその勢力を広げ、大きな池をつくっていた。
元々そういう花だったのか、それとも湛える水にその力があるのか、それまでそこにあった草花は、水の流れに踊り舞う水中花となって変わらずに咲き誇っている。
それまで草の領地だった地面は水によって分断され、いくつもの島をつくり、作り物の太陽の光を浴び虹の橋をかけていて。
最初にここへ来たときの比ではない光景に、ただただ晃が圧倒されていると、虹の橋を三つほど渡った島に、取り残された天蓋の姿が見える。
「二人は無事か?」
晃は、呆けている場合ではないとひとりごち、天蓋に向かって駆け出す。
見事なまでに島と島を繋ぐ虹の橋。
「……」
一瞬躊躇った後、晃はその虹の橋に向かって足を踏み出す。
しかし、すり抜けて水の中に足を突っ込むというある意味お約束は起こらなかった。
見た目の通り、透明な硝子の上に乗っている感覚。
「何だか複雑だ」
なんでもありというか、これがこの世界でも当たり前だとすれば、構えた自分が至極滑稽に思えて。
晃は、言葉通り複雑な笑みを羽浮かべながら、二人が入るはずの天蓋へと向かう。
「二人とも無事か?」
「あ、はい。カーナ様も一応私も無事です。ちょっと待っていてくださいね」
晃がそう声をかけると、ちょっと焦ったようなスミレの声。
言われた通りそこで待っていると、しばらくしてスミレのどうぞ、と言う言葉が聞こえて。
「これは……酷いな」
天蓋の中へと入るや否や、晃は思わずそう呟いてしまった。
まるで台風でも通過したかのようにベッド周りが水浸しになっていて。
十中八九自分のせいだろうと頭を抱える晃。
外の庭園ですら地形が変わってしまうほどの有様なのだ。
水の竜が暴れた中心地とも言えるこの場所がそもそも無事ですむはずはなくて。
もっと使う場所を考えるべきだったと晃が反省しきりでいると。
「あやまらないでください、ラキラ様。おかげで私を縛り、くるしめていた闇はさりました。そのことを考えれば、このようなことは瑣末なことです。むしろ、『地』の眷族として最高の礼をもってかえさなければならないくらいです」
言葉通り、晴れやかな様子で深々と頭を下げるカーナ。
「うぅ。酷いですよぅ、カーナ様ってば。私は大打撃、なんですけど」
しかし、瑣末で片付けられたのが我慢ならなかったのだろう。
ベッドの上にいて尚且つスミレが庇っていたからなのか、ほとんど水の被害にあっていないカーナに対して、全身濡れネズミのスミレが、情けない声をあげる。
「ふふ。おかげで頭のお花がいきいきしてますよ。よかったじゃないですか」
「よくないですよぉ」
スミレの言葉に悪びれた様子もなく、ほころんでみせるカーナ。
対するスミレはおおいに不満のようだったけれど。
カーナが先程口にしたように、カーナが地の王で、スミレが彼女に仕えるものならば。
そのやり取りはラキラの本の内容と、ここに来るまでの地の国とそれを牛耳る王のイメージとは、大きくズレがある。
そんな気が晃はしていて。
「何にせよカーナさんに憑く闇を払うことができたのはよかった。しかし、カーナさんは地の王だと、そう言ったな? 一体どういうことなんだ? 王は男ではなかったのか?」
二人のそんなやり取りに水を指すことになるだろう事を心苦しく思いつつも、晃はそう口を挟む。
何故ならば、カーナが地の王だとするなら、水の王マーサとの婚姻の話すら成り立たなくなってしまって。
ここに来た意味すらなくなってしまうからだ。
すると、スミレとカーナは顔を見合わせて、
「そうでした。話のつづき、でしたね。まず、私たちの事情をきいてくださいますか?」
一つ頷き、カーナがそう言った。
事情、それはスミレの言いかけていた言葉の続きなのだろう。
晃はそれに異論があるはずもなく、ただ頷く。
「それでは事情の続き、いきますか?」
スミレは、カーナの言葉を受けて。
気を取り直すようにして、語り出した。
それは。
ラキラすらも知らなかったであろう、地の国と水の国、そして闇の国の真実だった。
「実はですね、この地の国は水の国と一方的な同盟を結ぶよりも早く、闇の国に乗っ取られてしまったんです」
始まり。
それは、先ほどまでカーナの背にあった黒い翼だという。
影のように付き従い、離れないそれは、ある日突然地の国の人々の背に出現した。
闇の王の呪い。
それは憑かれた者たちを意のままに操る、そんな呪いだった。
その呪いは、最強と言われていた地の魔精霊をいとも容易く蹂躙し、その精神を乗っ取ったのだという。
「あれは、おそろしい力でした……」
自身を抱くようにして、呟くカーナ。
その呪いの恐ろしさ。
それは、乗っ取ろうとする力に抵抗しようとすればするほど呪いかけられたものの身体を闇が蝕んでいくこと、だった。
有能で意志の強い地の騎士たちが見せしめのようにその命を奪われ、死に恐怖したものたちが、次々と闇の翼を受け入れていったという。
「この私も、スミレとラキラ様のお力がなければ、とうの昔に命を落としていたでしょう」
自嘲めいた呟きでカーナはスミレを見、晃を見て淡く微笑む。
「スミレは無事だったのか?」
「ええ、たまたまお暇を頂いて故郷へ帰っていたものですから」
元々地の同盟国である木の国出身であったスミレは、カーナの宮仕えの一人だったらしい。
地の国を離れていたことで運良く闇の呪いから逃れたスミレは、地の国の変わりように驚きを隠せなかったという。
「久しぶりに帰ったと思ったら、もう地の国は、私の知るそれとは全く別のものになっていたんです」
水の国を含めた、近隣諸国への侵略。
元々あったこの黒岩でできた地の国の地下城を、まるで包み隠すように作られ始めた、新しい白き地下城の建設。
そして……。
「カーナ様の玉座であるその場所に、カーナ様はいらっしゃいませんでした。ダァケシ・オノマ。闇の一族の王であるその男が、玉座についていたんです」
闇の翼の力を使い、地の国を乗っ取った首謀者。
ダァケシはカーナの地位を奪い、近隣諸国侵略の際に水の女王の姿を目に留め、一方的な同盟と引き換えに水の王への婚姻を迫ったらしい。
苦々しい口調のスミレは、きっとその時のことを思い出しているのだろう。
身分など関係なく、友人としてカーナの身を案じたスミレは、そんなダァケシよりまずはカーナを探すことを優先したのだという。
「そして見つけたのが、この場所でした。ダァケシは、カーナ様に闇に翼をつけることで、ここに縛りつけたんです。まるで自分の所有物であるかのように」
偽物の太陽。
それは、闇の力を強めるものなのだという。
カーナは、この天蓋の外に出ることができなくなってしまった。
文字通り、ダァケシの籠の鳥のなってしまったのだ。
怒ったスミレは闇の力を解くようにと果敢にも一人で立ち向かった。
しかしそれは無謀以外のなにものでもなかったのだろう。
「ダァケシには、二人の騎士がついていました。その二人は凄く強くて、流石の私も歯が立たなかったんです。戦いに負けて気を失っている隙に、私も翼の呪いにかけられて……次に気付いたのは、ラキラさん。あなたに助けられた、その時でした」
そう言われて、晃が思い出したのは。
言われてみれば水の国で会ったスミレが、確かにその背に翼をつけていたことで。
操られたスミレがどうして水の国にいたのか、それは分からないそうだが……。
しかし、スミレはラキラの水の力を肌で感じることで、地の国を、カーナを救うための希望の光を見い出したのだという。
「後はラキラさんの知る通りです。騙すような真似をしてごめんなさい。でも、こうするしかカーナ様を救う方法がなかったから」
そう言って深々と頭を下げるスミレに。
「そこまで話を聞いて許さんとは言えんだろう。頭を上げてくれ、スミレさん」
晃は苦笑でそんな言葉を返すしかない。
そして、素直に顔をあげるスミレを見て、晃は言葉を続けた。
「それに、これで俺たちの目的も達成しやすくなっただろうしな」
目的の達成。
それは、すなわち地の王……ではなく、闇の王ダァケシ・オノマの説得だ。
そこまで気持ちのいい悪ならば婚約を破棄させるために何憂いなく説得ができるだろうし、今ごろジャックが王の視察に行っているだろうから、王のお付きの騎士のどちらかに化けて、と言う作戦にも展望が持てるだろう。
「説得、ですか。私もダァケシにつくふたりの騎士をみましたが、ただものではありませんでした。ラキラ様といえど容易ではないかと」
なんて少しばかり晃が楽観的な心持ちでいると、カーナが真剣な面持ちでそんな事を言ってくる。
それが、本当に真に迫っているので、身の締まる思いで晃が頷くと、カーナはそれに、と言葉を続けた。
「ダァケシが水の王を欲する理由は、その万能な水の力をわがものにするためだと思われます。ラキラ様の御身に秘めしその力、けっして気取られぬよう、お気をつけください」
「あ、ああ。肝に銘じておくよ」
願うようなカーナの言葉。
晃は応えるべく、そう返すのだった……。
(第42話につづく)
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