第37話、双つの梟となって、地下世界の奥底へ



そして。

それからすぐに、晃はユタとともに仕事へと戻った。


仕事とは、決められた場所を決められた順番に掘り進め、『地』の根城を大きくしていく……といったものだった。


そのための道具は、つるはしやシャベルといった馴染みのものの他に、現実世界で言うなら発破かダイナマイトのようなものなのだろう、赤く透き通ったルビーのような色をつけた、握り拳大の『火』の魔精霊の力が宿っている、と言われた珠があった。


まるで粘土か何かのように壁に張り付くそれは、魔力を注ぐことによって、数十秒後に爆発する仕組みになっているらしい。

ただ、その珠は意思のようなものがあるらしく、気まぐれに爆発しないこともあり、扱いの悪さのために滅多には使われてはいなかった。


晃がそんな掘削作業をしていて思ったのは、一体なんのためにこんな地下へもぐって掘削を続けているのだろう、ということだった。

地上は危険で、地の魔精霊として地中に棲むのは当然だという理屈は、百歩ゆずって分からなくもなかったが。

その掘削の仕方は、城を作っているというより、無目的に通路を広げているだけのように晃には見えたのだ。


それはまさしく、巨大な蟻の巣のごとく。

なのに、どこをどう掘るのかは、結構細かく決められていて。

一体何をしたいのか。

最終的に思うのはそのことばかりだったけれど。

この世界においても非常識な存在である晃には、その意味が分かるはずもなく。

バイトもろくにしたことのなかった晃が、人生でこんなにきつい仕事はもう二度と体験することはないだろうというくらい働かされて。

泥のように眠りに落ちていったその日の夜。



どこかで聞いたような耳鳴りが頭に響いて。


「こらっ、いい加減起きろーっ!」


周りで雑魚寝しているものたちが起きてしまうんじゃないかって大声で、ジャックがそう叫んだから、晃は慌てて飛び起きる。


きょろきょろと辺りを見回すと、そこには闇が広がっていて。

晃以外に起き出してくるものはいないようだった。

というより、まるで氷ついたようにみんな動かない。

いびきすら聞こえてこなかった。


「っ!?」


ふと顔をあげると、暗闇の中、大きなぎょろ目をらんらんと光らせて羽ばたくジャックの姿があって、びくりとなる晃。


「……何してんだよ。準備できたら迎えに来るって、そう言ったろう? なのにキミときたらすっかり寝こけてるし、しかもまったく起きる気配がないし。思わず力を使ってしまったじゃないか」


すると、そんな晃を見てたジャックは、不満そうな口調でぶつぶつとそうこぼし、嫌がらせでもするみたいに晃の頭の上に止まる。


「……ああ、時を止めてるのか。道理で周りの皆が起き出さないわけだ」

「今頃気づいたのかよ。まぁいい、ほら、さっさと行くぞ」


やれやれ、とばかりにため息をついて、ジャックは再び羽ばたき、狭い空気孔を抜けていこうとする。


「お、おい。行くってそこからか?」

「そりゃそうだろ。まさか正面から乗り込むわけにもいかないし……って、急げよな。分かってるだろ? ボクの時を止める力はそんなに長くは持たないんだからさ」


羽を散らして身体を縮こませ鉄格子をすり抜けた後、ジャックは羽先で急かすようにしてそう言ってくる。


「いや、その隙間は流石に俺では通れないと思うんだが」

「ヒヒ、まだ言うか。本当に自分が何であるのか自覚がないみたいだな。仕方ないから今一度確認させてやるよ。フェアブリッズ……この世でもっとも進化の早い生き物。頭の中で想像できるものなら、何にだって姿を変えられる。加えてその身体を構成する水は万能の薬ときてる。いくらキミがその事実を忘れ、名も知れぬ別人になろうともその根本は変わらない。ついでに、世界中の悪人だろうが善人だろうが関係なくその力を欲しようとしている輩が多くいることを自覚しておくんだな」

「それは……」


凄いというレベルじゃすまされないのではないかと、晃は思わずにいられなかった。

自分……ラキラがフェアブリッズという種族だということは、本やジャックの言葉、そして魔物に襲われていた馬車を助けた時に分かっていたつもりだったけれど。

そう改めて明確な言葉で言い表されると、ラキラはとんでもないヤツだったんだなと、感心しきりの晃である。

とはいえ、今は晃がそのラキラなわけで。



「つまり、変化するものを頭の中でイメージすればいい、と言うことか?」


思えばそのフェアブリッズの力というものを使うのは二回目だった。

酷い火傷を負っていた馬車の人たち。

傷つき倒れていたスミレ。

その時はただジャックに言われるまま、みんなの怪我が治ることを願っていた。


それが、何故あんな水の竜の姿をとったのか。

少なくともあの時、水の竜をイメージしていたわけではなかったはずで。

その竜が一体どんな姿をしていたのか。

晃はそれを自分の目で見たわけじゃないから、そもそもイメージのしようがないわけだけど。


(一度、どう言ったメカニズムで変化するのか、調べてみたいものだな)


晃はそんなことを考えつつ、晃の返事を待たずにさっさと先に行ってしまったジャックを追いかけるべく、頭の中に一つのイメージを浮かばせてみた。


すぐに浮かんできたのは、ジャックの姿だった。

目の前であの狭い鉄格子をすり抜けていく様を見ていたから、おそらくイメージしやすかったのだろう。


しばらくの間そうしていて。

再び目を開けると、既に視界が変わっているのがよく分かった。

先程まで座り込んでジャックを見上げていた位置より明らかに目線が低い。

その視線を自らの身体に向けると、見慣れてきた薄茶色の羽か見える。


「……うまくいった、のか?」


晃は首を捻り、とりあえず羽ばたいてみる。

すると体が飛ぶことを覚えていたかのように簡単に宙舞うことができた。

それと同時に感じるのは信じられないくらいの身体の軽さ。

だから鳥は空を飛べるのかと妙に納得して、晃はそのままジャックの真似をするようにして頭から鉄格子に突っ込む。

つっかえて出られなくなるんじゃないかと晃が思ったのは一瞬で。

柔らかな身体が鉄格子の枠の形に変形し、さほど苦労することもなく鉄格子を抜ける。


「よし、行くか」


発するその声もジャックのもので。

その思いのままのような感覚に楽しい気分になりつつ。

晃はどこまで続くかも分からない狭い暗闇の中を進んでいって……。




「何だ、ボクに化けたのか。悪趣味なやつだな」

「自分で言うなって。他にイメージが浮かばなかったんだ」


それから、開口一番そんなことを言ってくるジャックと合流し、細く幾重にも枝分かれした空気孔の道を進んでいく。

鳥目だからなのか、晃がそう都合のいいように変化したからなのか、光のない闇の中のはずなのに、狭い石壁のでこぼこが分かるくらいに視界はきいていて。

それでも、ジャックがいなければ帰ることも難しいんじゃないのか、なんて思いつつ、しばらく進んでいくと。



「そろそろだぞ。こっからは気を引き締めてけ。王ダァケシにはダイサとクロイってやべえヤツらがついてる。そいつらに下手に見つかるようなことがあればさしもの時使いのボクでもどうしようもないからな」

「そうか。しかし名前だけでは気をつけるも何も……」

「ヒヒ、分かるさ。雰囲気ってやつでな」

「成る程」


そう言うジャックの言葉内には、隠しきれない緊張が潜んでいるのが分かって。

晃は頷くことしかできなかった。

二人して神妙な空気のままやがて辿り着いたのは、倉庫か何かに使われているらしい白壁の小さな部屋だった。

何のために使うのか晃にはよく分からないものから、掃除道具やら掘削の道具やら雑多にものが積まれている。


しかし、古い埃をかぶっている印象はなかった。

おそらくここも、作られてからそれほど日が経っていないのだろう。

ジャックは、心なしか音をたてぬように羽ばたきながら、空気孔の対面にある硝子窓のついた木の扉へと近づく。


そしてその大きな頭で体当たり……いや、ノックをすると。

すぐに扉が開き、そこにひとりの少女が入ってきた。

香澄によく似た、木の一族の少女、スミレ。



「……」


何となくそのことに確信を持てなかったのは。

改めて面と向かったのが晃にとっては初めてだったということもあるだろうけれど。

どこか、水の国で見た時の彼女と比べて、何か違和感があったからだ。


もしかしたら、その栗色の髪に咲き誇る紫色の花が、前に見たときよりも瑞々しく見えるせいなのかもしれないが……。



             (第38話につづく)






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