第28話、立ち位置は同じなのに、ほとんど真逆のタイプだから



そして、次の日。

学校が休みの日。

いつものように東雲駅に降り立った晃は、しかしいつもと違った新鮮な気分を味わいながら改札口を出る。


そして、明らかに駅構内なのに何故か市道になっている渡り廊下を抜けると、いつもより陽の高い澄んだ青空が見えた。


確かに、いつもとは違うだろう。

何せ、晃が思い出す限りでは、こうして私服でこの東雲に降り立ったのは、東雲高校に入学する前、学校見学をしにきて以来、だったからだ。

それだけはいつもと変わらないストップウォッチつきのごつい腕時計を確認すると、時刻は約束の30分前だった。



「……流石に早すぎたか」


ちょうどいい電車がなかったから仕方がないと言えば仕方ないが、晃はとみに自身のみに対して時間にうるさいところがあった。

どうしても時間に遅れてしまう人がいるように、それが自分の性分なんだろうなと晃は考えている。

逆に、相手がルーズだとしてもあまり気にしない。

むしろ、待つのは好きなほうでもあった。

だから、晃はそれをあまり気にした風もなく、待ち合わせ場所のバス停のベンチに腰掛ける。


ベンチには、誰もいなかった。

とりあえず、時間が来るまで読みかけの小説でも読んでしまおうか、なんて考えて。晃自身使い手がよくないので普段はあまり使わない手提げタイプのカバンから、本を取り出そうとして……



「光っている?」


取り出したのは目当ての小説ではなく、あの異世界へと運んだ、宙浮かぶ光る本。

昨日の夜、カバンにしまう時は確かに何の変哲もない古ぼけた薄い本だったのに。宙に浮かびこそしなかったけれど、それは淡い光を放っていた。

まるで脈打っているかのように。



「……」


一体どんな仕組みで光っているのだろう?

あるいは、何故今になって光りだしたのか。

ページを開いてみたが、中身の文章に変わった様子はない。

その原因を知りたくなって、晃は太陽の光に透かしてみたり、ふってみたりといろいろ試してはみるものの、そんな事で原因が分かるはずもなく。

それも柾美に聞いてみればいいんじゃないのか、と言う結論に達して。

晃がひと心地つこうとしたその時。


「その本だかなにかは他人には見えないから、扱うときは気をつけたほうがいいわよ。十夜河クン?」


いきなり、全く前触れもなく声をかけられ、晃は内心ぎょっとして顔をあげる。


「……ああ、確か、テニス部のタローの先輩、でしたか」


3年3組、小船山英理(こぶねやま・えり)。

葵とひと悶着あったあの屋上での出来事の時に、柾美の隣にいた少女。

反射的に言葉を返して、そこまで思い至った晃は、あることに気付いてまじまじと英理を見つめる。

英理は屋上で会った時と同じ、何だか晃を観察するかのような目で見ていて。


「つまり、先輩もこの本のことを知っている、関係者ということですか?」

「残念ながら、あたしには見えないわ。あの子から本の話と、あなたの話は聞いていたから、カマをかけてみただけよ」


あの子、と言うのは柾美のことだろう。

柾美が本のことを話している時点で、彼女が関係者であることは間違いはなさそうだったけれど。

一石を投じるつもりで発した晃の言葉をあっさり否定し、そう言って笑う英理。

晃はそんな英理に、どこかで見たような……そんな既視感を覚えていたけれど。


「それにしても早く来すぎじゃない? 早く来すぎるのだって、時間を守れないヤツって言われるの、知ってる? しかも戦闘態勢ばっちりなカッコしちゃって気合入ってるし。ま、あたしとしてはその方が都合がいいけど」


続いたその言葉は、案の定あまりよく思われてはいないんだろうなという雰囲気のよく分かるような、からかいの成分が混じっていた。


「どこか変、ですか?」


時間にうるさいのは晃自身の性分であるから、言いたいことは分かるし、英理がそう言うのならそうなのだろうと納得してもいいが。

服装に関しての台詞はちょっと黙っていられなくて。

思わず晃は威圧のこもったそんな言葉を返してしまった。


「ふふ。お茶目な挨拶じゃない。そんな顔して意外と沸点低いのね。大丈夫、心配しないで。第一印象じゃセンス悪そうに見えたけれど、なかなか決まってるわよ」


すると英理は、僅かばかり目を見開いて、それから大人の余裕を持って穏やかに微笑む。

実の所、センスが悪いというかそういうことに晃が無頓着であるのは確かで。

今日着ている服は、そんな無頓着な晃に腹を立てた妹が見立ててくれたものだった。

いざという時のもの、と言われて。


晃は何がいざなのかよく分かっていなかったけれど。

英理の言う通り、らしくない怒りの感情は、妹のことを貶されたとそう思ったからなのかもしれない。


しかし、そうではないことが分かって。

再び落ち着きを取り戻した晃は、何故英理は柾美との約束を知っていて、さらに声をかけてきたのだろうか? という疑問が浮かんできた。



「それはどうも。それで、小船山先輩。何か俺に用ですか?」


柾美と同じように本と本の世界のことを知っているのなら、英理にもその事を詳しく聞いてみたいところだが。

本は見えないと言ってはいるし、晃が早く約束の場所に来ていたことを助かったと、そう言っていたことを考えると、何か事情があるのかもしれない。

それを窺う意味も込めて、そう問いかけたわけなのだが。


「ええ、あの子のことで、十夜河クンに話しておかなきゃいけないことがあってね」

「話しておきたいこと?」


英理は、晃が半ば予想していた通りのことを口にした。

しかしだとすると、英理が柾美との約束を知っていたことはもちろん、晃が早く来ることまで見越していたことにもなるわけで。

それはきっと偶然では片付けられない理由があるのだろう。

晃はそんな英理の真意を問うように英理を見据える。


「そう、あの子が『旅』に出る理由……ううん。あたしから言わせてもらえば、『旅』っていう幻影にとりつかれてしまった理由。その幻影に付き合おうとしているあなたに、知ってもらいたかったの」


すると帰ってきた言葉は、確かに本人の前で言うべきではないと思える、辛辣とも取れそうな言葉だった。

つまり、何らかの原因があってないはずの幻にとりつかれてしまっていると、そう言いたいのだろう。

もしかしたら、晃のことをありもしない幻影に分かったフリをして付き合っている、なんて思われているのかもしれない。



「幻影なんかじゃない。幻想の世界ではあるが、気のせいでも迷いでもなく、それは確かに存在していて……」


だから、それは違うと晃は必死になって弁解しようとした。

しかし、本の見えない、あの世界を知らない人物にどうやってそれは幻影ではないと説明、あるいは証明すればいいのか、晃には分からなかった。


どうしても、しどろもどろになってしまう晃に、だが英理はさっきと同じように、可笑しそうに笑みをこぼして。

晃のすぐ隣のベンチに腰掛けた。

何か近い、とも言えず晃は自主的に詰める。

それを見ていた英理は、何故だか大笑い寸前で。

訝しげに見やる晃の肩を、ばしばし叩きながら再び口を開いた。


「ふふっ、何よ、聞いてたのと違うじゃない。あなた、普段からいろいろ誤解されて損するクチでしょう?」

「……」


初めは独り言のように、続いて晃自身に問いかけるように。

対する晃は、何を誤解され、何を損しているかすらはっきり分かっていないせいもあり、何も言えなかった。

それがいけなかったのか、ふと英理は笑みを止めて。



「一体何が嘘で何が本当なんだか」


今度は間違いなく、そう独り言を洩らした。

それは、どこか自嘲的にも聞こえて。

ますます何と言えばいいのか分からなくなる。

それが申し訳ない気がして、晃が渋面を浮かべていると、英理は切り替えるようにして誤魔化し笑いを浮かべた。



「ま、そんなのどうでもいいことよね。あたしはあの子が悲しい思いをしなければ別にいいの。十夜河クン、あなたはその責任が持てる?」


そして呟くのは、何だか先程の辛辣さが嘘のような。

何故だか母親を思わせる、そんな言葉だった。

少なくともその言葉においては、真実であると。

晃にはそれが理解できたから。

晃はそれに答えるようにひとつ頷いて。



「責任が持てます、なんて大それたことは言えません。ただ彼女の悲しい顔を見たくない気持ちは俺にもあります。表情としてそれを見たことはありませんが」


その、一見変わらない表情の先に見えるもの。

それがもし自分の責であるのならなおさら見たくないと、晃はそう思った。


「そこは嘘でも頷いとかないと話が続かないでしょうに」

「そう言う嘘は嫌いです」

「またまたぁ」


再度からかうような英理の笑み。

そこからは、発した言葉の本当の意味に気付いてくれたのかどうかははっきりとしなかったけれど。



「ま、いいか。少なくとも十夜河クンはあの子の内面にあるものがちゃんと見えてるみたいだしね。わっ、後15分しかない。それじゃさっそく本題といきましょうか」


ようやく入ったらしい本題。

どうやら晃には、それを聞く権利が与えられたらしいことは、なんとなく分かった。

権利もなにも話しかけてきたのは英理のほうだったけれど、それを言うのは野暮なこと、なのだろう。


どうせ柾美か来るまで何かあるわけでもなし。

晃は黙って頷いて、先を促すのだった……。



            (第29話につづく)






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