第27話、演じる世界に入ると、意外と曖昧にはならない




そして。

晃たちはいったん旧体育館に戻って。

隆子からの台本のコピーを土産に、晃は柾美と帰路についていた。


時間があえば豊やタローとは東雲の駅まで一緒に帰るのがいつものことだったが。豊が変な気をきかせたらしい。

気付けば柾美と二人きりになっていて。



「……で、本の世界のことなんだけどな」

「うんうんっ」


すっかり暗くなった帰り道。

右手にある新幹線のための背の高い防音壁を眺めながら、晃が本題を切り出した。

思ったよりも近くで、弾んだ声。

それはまたしても沈んだものにしてしまうかもしれないことに、晃は罪悪感のようなものを覚えずにはいられなかったけれど。

気づかれないくらいにお互いの間を空け、晃は言葉を続ける。


「柾美さんが俺に聞きたいことがあるように、俺自身にも柾美さんに聞きたいことが山ほどあるわけで。どうにもこのまま立ち話とはいきそうにない。……つまりその、なんだ。同じことを繰り返すようでなんだが、また後日、ということにしないか?」


もうすでにいつもの部活の終わる時刻を大幅に過ぎてしまっている。

東雲の駅から15分ほど電車に揺られた隣町にある晃家は、今時珍しく、できうる限り食事は家族全員で、と言うことが決まりになっていて。

あまり遅くに帰るわけにはいかないというのが半分。

そして残りの半分は、柾美の家族が余り夜遅いと心配するだろうと思ったからなのだが。



「え? 晃くん何か用事でもあるの? 立ち話が嫌なら駅前のマックで話す?」


今更ながらに気付かされる、その心配する両親がいない、と言っていた香澄の言葉。

そしておそらくは、柾美の感情が欠落してしまっているという、その原因。


早く帰りたい理由を口にしたわけではないが。

何だか晃は言ってはいけないことを言ってしまったような気がして、コンクリートの壁に向けていた視線を柾美に向ける。

彼女の背が、晃の頭ひとつぶん以上低いせいか、その表情は窺えなかった。

きっと、完璧なあの笑顔を浮かべているのだろうけど。



「ここから駅まで歩いて10分、そして俺の乗る予定の一番遅い電車が来るまで12分。流石に10分で話が終わるほど簡単じゃないだろう? それにもう遅いしな」

「それはそうだけど。12分後の電車に乗らないとダメなの? 次の待ってればいいんじゃないの?」

「あぁ、駄目だな。何だか負けた気がするからな」


柾美が言うように、都会ほどではないとしても、30分もすれば次の電車はやってくる。

柾美の言う通りだからこそ、晃は何だかわけの分からない言葉を返すことしかできなくて。



「ふぅん、そっか。葵ちゃんの言う通りだね」

「葵ちゃん?」


だが、そこで思いも寄らぬ名前が出てきて、晃は思わずそのまま反芻してしまう。

すると柾美は、おかしそうに笑みをこぼして。


「うん、葵ちゃんがね言ってたんだよ、晃くんのこと。『あいつは、何だか知らないが必ず決まった電車に乗って帰るんだ、走って間に合うのなら走って帰る』って」


流石演劇部のエースと言われるだけはあるのか、葵のセリフのところだけ完璧に葵になって見せる柾美。

本当に葵にそう言われたみたいで、しばらく固まっていた晃だったけれど。



「言われてみれば、そうかもしれないな……」


葵と柾美の話題に自分の名前が出てくることすら、晃にとっては驚きではあったけれど。

確かに晃の帰る時間はだいたい決まっていて。

帰る時間が近付くと常に電車の時間を気にしていた。

どんなに遅くても、今から10数分後に来る電車で帰っていた。

時間などは考えず、来た電車に乗ればいいだけじゃないのか、という発想は晃の中にはなかった。


それは実のところ、理由がないわけでもないのだが。

晃がその理由を口にしないので、部では帰り間際になると理由もないのに早く帰りたがる変なヤツ、で通っているのだろう。

晃はそんなことを考えながら、頷いてみせる。



「ふぅん、誰かと待ち合わせしてるんだ? わたしとの時間より、その子との時間のほうが大切なの?」

「……え?」


そんな話は一度たりとてしたことはなかったはずだ。

それなのに何故柾美はそんなことを言うのか?

そう思い、晃は柾美をまじまじと見つめたが。



「なんてね。ちょっと前に見た本にそんな台詞があったからつい」


しかし、柾美は可笑しそうにくすりと笑って、そんな言葉を返してきた。

そこでようやく気付かされる、彼女がカマをかけていただけだと言うこと。

というより、そもそも冷静に考えてみれば柾美が晃に対してそんな事を言うはずがない、という点で気付くべきだったのだろう。



(……懲りないな、俺も)


晃は内心そうひとりごち、苦笑する。

こういった類の騙し、『演技ごっこ』は妹の常套手段で。

騙しやすいとよく言われる晃は、律儀にも毎回それに引っかかっていたのだ。



「もしかして、本当に誰かと待ち合わせしてたりする?」


そんな晃を、窺うように見上げてくる柾美。

真面目に自分との時間より、他の人との時間を優先しようとしていることを憂いているような、そんな口調。

暗がりで見えるのは、そんな柾美の外灯を映し出す瞳の色ばかりで。



晃はその時。

単純に、柾美の演技ごっこはまだ続いているのだと、そう判断して。

だからがらにもなく、それに乗ることにした。


「待ち合わせなんかしていない。ただ単純にいつものリズムを崩したくないだけなんだ。それに話が長引いて柾美さんの帰りが遅くなったりしたら、俺が心配だから」


それは、その場の勢いに任せての、ちょっと都合のいい事実。

帰る時間が決まっている理由は、実は塾通いをしている妹と帰りの時間を合わせる意味合いが強かったのだが。

わざわざ待ち合わせなんかしちゃいないし、当たり前のいつもから外れたい割に、いつもを意識しているのも事実で。

あまり遅くなると柾美のことが心配になるのは当たり前のことで。



「…………」

「…………」


それは、一瞬の静寂。

そんな遠くない所で、電車の警笛の音が聞こえて。


「そっか。晃くんが心配で眠れなかったら大変だもんね。ここは大人しくひいてあげましょう。あ、それじゃあさ、明日休みでしょ。会って話さない? そうだな~、午前10時、駅前とかで」

「そっちから誘ってくれると助かる。実はそれを切り出していいものか迷ってたんだ」


お互い、未だにちょっと芝居がかったままに、そんな約束を交わして。




「じゃ、また明日ね。今日はありがとーっ」

「……あぁ、また明日」



二人は、そう言って駅前で別れたのだった。

柾美が発したありがとうの本当の意味を、その時の晃は気付くことはなく……。



            (第28話につづく)







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