第57話 アイリス・アウト

 観客席にいた者には、手品のように思えただろう――エキュー・ノックスを掴んでいたはずのサエモドは次の瞬間、突如出現した鋼の手指に、逆に手首を捻じりあげられていた。 

 掴んでいた部分が折り畳み式ナイフのようにガクンと車体から外れてフリーになり、裏返すように回転して太く力強い腕に変化したのだ。


 続いて車体全体が空中に浮き、ダミーのと周囲のスポンソンが同様にほどけて、浮揚した車体から垂れ下がった。その各部が接続部を起点に向きを変え、がっしりとしたつま先を具えた脚に変わる。

 ヴァスチフから移植された重力中和装置ベクトラによってすべての動作の慣性を吸収したノックスは、今まさに人型に変形、全高5メートルサイズの小型版カンプクラフトとでもいうべき姿を現したのだった。


 変形バンクシーンのBGMこそ流れないが、その姿こそ蒸気直立戦車スチーム・ヴァンクヴァンダイン――「重戦甲ガルムザイン」の前番組である、冨田比呂幸監督の出世作「機動探偵ヴァンダイン」の主役ロボたる雄姿だった。


「変形を……した!?」


 信じられないものを見た、といった具合の声色でたじろぐ、秘密結社ウストレイのエージェント・ヌワッカ仮面(俺)。

 掴まれたままのサエモドの腕が、体を入れ替えて正面から相対したヴァンダインによって、へし折れんばかりに負荷を受ける。たまらず拘束を振りほどき、一歩下がるサエモドだが、そこへヴァンダインがさらに踏み込んできた。


 ――受けてみろ!


 密着間合いから放たれた、文字通りの鉄拳による左ショートアッパー。サエモドの機体が宙に浮きあがり、視界に火花が散った。衝撃で双方の装甲材が削れ、運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて可視波長に達したのだ。


「サエモドを浮かすだと!? な、何というパワーだッ」


     ※当該シーンのイラストを近況ノートで公開。

     URL⇒https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16817330653052849432



 驚愕の叫びをあげるヌワッカ仮面(俺)。観衆の間から、ワアッと昂奮したどよめきが上がった。

 盛り上がったその勢いを借りる勢いでヴァンダインが上体をひねり、右のストレートを打ち上げ気味に放つ!


 ――ジャッジメント・ブルーハンマーッ!


(ここ、だっ!)


 ハーランと事前に打ち合わせたタイミング。インパクトの瞬間、俺はサエモドの背面、雑具箱と入れ替えに取りつけた疑似重力中和装置ベクトラをフルパワーで稼働させた。


 振り抜かれた拳がやや虚ろな打撃音を響かせ、サエモドが空中高く吹き飛ばされる。あり得ないほど高く遠くへ吹っ飛びながら、俺は精いっぱい、迫真の悲鳴を発した。


「うわーーーーーーッ!!」


    ※ 当該シーンのイラストを近況ノートで公開。

    URL⇒https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16817330653052968028


 ――思い知ったかウストレイ! 科学の理想と研究の自由は、この僕とヴァンダインが守って見せる……


 崇高な理想を掲げるハーランの勝ち名乗りに、さらなる感激と昂奮に包まれる広場ステージ――その喝采を遠くに聞きながら、俺はこの後の行動計画を頭の中でおさらいしていた。


 が、どう考えてもこの後に待つのは貧乏くじの一苦労である。俺は内心で思いっきり愚痴った――昔のアニメなら、豆粒のようになって遠ざかるサエモドを中心に、画面が丸く残して暗転アイリス・アウトするところだ。


 サエモドが飛んでいくその先に、レクトンの間近を流れるワイガッキ河の穏やかな水面が、陽光を反射して輝いている。俺は正規品に比べてはるかに扱いづらい疑似重力中和装置を操って、何とか機体の落下コースを河へと向けた。


「もう少し、もう少しだ……俺はそこに落ちたいのだ……!」


 努力の甲斐あって、どうにかサエモドは河の真ん中に着水した。機体が半分ほど水没し、内燃機関のエンジンが咳き込むような音と共に停止する。

 バッテリー駆動に切り替えて機体を戦闘室の開口部すれすれまで水に沈めながら、俺はそのままサエモドを流れの途中にある、雑木の生い茂った中州へと向かわせた。


 座席の下から、バレル・シューターの砲身クリーニングに使う竿を引っ張り出し、先端にブラシを括り付けて濡れた機体をこすりたてる。

 やがて水性塗料が剥がれて、茶色とサーモンピンクの下品なストライプの下から、懐かしい南ウナコルダの風土を思わせるサンドイエローの塗装が現れた。


 午後の日差しは西へ回り、水しぶきに濡れた服が冷えてひどく寒くなって来る。俺はあらかじめ用意して防水バッグに入れておいた服を引っ張り出して着替えた。煙を発見されないように注意しながら、小さな焚火を起こして暖を取る。


「リンたちが後は巧くやってくれるといいが……ええい、もう悪役ロールはこりごりだぞ……!」


 やがて陽が落ち、ぼやく俺の周りにはいつしか宵闇が迫って来た。焚火で照らされたささやかな明かりを、丸く残して。

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