第56話 ショウ・タイム

「お集りの皆様、大変お待たせいたしました。ただ今より、レクトン工科大学長シンバリン・パイスティ教授による、研究成果の発表を開催いたします」


 祭り衣装めいたひらひらのドレスに身を包んで、リン・シモンズが声を響かせる。

 にわか作りの舞台に立つ彼女の手には可搬式ポータブルの拡声器が握られ、それを通して述べられる口上は、広場の反対側の一角からでも鮮明に聴き取ることができた。

 

 舞台中央には自動車形態をとった『エキュー・ノックス』が鎮座している。昨晩のうちにここまで運び、重力中和装置で浮遊させて舞台の上に揚げたのだが、観衆はおそらく、誰一人そのからくりに気づいていなかった。

 

 ――どうやったんだ、あれ。クレーンもなしに……?

 

 そんな声が聞こえる。

 

 やがて頃合いを見計らって、パイスティ教授が咳ばらいをしながら壇上最前面へ歩み出た。

 

「……レクトンの才気あふれる学生諸君、並びに彼らの学びを多面にわたって支える市民の皆さん。そして、本日お越しいただいておる文教大臣閣下。お集まりいただいてありがとう、まことにありがとう! これよりご覧いただくのは、不肖このパイスティが年来の研究によりついに実現した、古の科学技術とその成果である重力中和装置ベクトラの――」


 一呼吸置いたその空白は、劇的な演出効果を狙ったものか、はたまた逡巡か。それは誰にも分からなかった。

 

「現代の技術における再現! そして、実験機に搭載しての実働試験であります!」


 観衆がどよめいた。

 舞台を囲んだ人々から少し離れた、高い位置にはロディ・エイミューが精緻な細工をほどこした銘木製のベンチに座して、首を傾げていた。

 

 ――バカな。ハッタリもいいところだ、古代人の技術をそう簡単に解析できるものか。

 

(うん。間違ってないな……しかし、すまんが俺の仕事はここであんたを騙し通すことなんだ)


 俺はさいぜんから身を潜めている隠れ場所で、密かにエイミューのために合掌した。舞台の上では体にぴったりのツナギを着込み目出し帽をかぶった男が――ハーランなのだが――ノックスに歩み寄って乗り込むところだ。

 

「始動!」


 掛け声とともに重力中和装置がバッテリー駆動で動き出し、辺りにあの甲高い持続音が響き始める。

 

 ――あれ? これってダ・ガンバ助手が乗り回してた車じゃ?

 

 会場からはいくつかそんな声も上がり、パイスティ教授はそれに対して鷹揚に手を振って応えた。

 

「観察眼のある方々にご照覧いただき、まことに結構……! さよう、この車両をこれまでにご覧になった方も多いでしょう。実はこれは私が組み上げた疑似重力中和装置ベクトラによって浮揚、走行しておったのです……!」


 パイスティ教授が大きな身振りで服の裾を翻し、エキュー・ノックスに人々の注目を集めんと腕を振り上げた――その刹那。


(過たず、ここが登場のタイミングだ!!)


 ドムッ!!


 広場を見下ろす時計塔の中ほどから爆炎が上がった。

 見かけほどの威力はなく建造物にさしたる損傷も与えていない。なぜならそれは、教授手製の「悪臭爆弾スティンク・ボム」から悪臭を放つ薬剤を抜き取った、低威力の発煙弾だからだ。だが、観衆の目と耳をあらぬ方向に向けさせ、俺の登場、というか乱入を唐突なものに見せるには充分な効果があった――

 


         * * *


 発表会の前日昼過ぎ、パイスティ教授の館にあるガレージで、俺たちは極力物音を立てないように苦心惨憺しながら、「公開試運転」の準備に勤しんでいた。

 

「あー、ロロロゲー君。君の発案と献身には心から深く感謝しておるんじゃが……その、エキュー・ノックスから取り外したその疑似重力中和装置ベクトラをどうしようというのかね?」


「ちょっと明日一杯までお借りします。それと、塗装用の刷毛とスプレーガンも」


 そう、塗装。ハーランは俺の要望に応えて、とびっきり下品なサーモンピンクと茶色寄りのオリーブドラブ色(に近い色)を用意してくれていた。正直愛機に塗りたくないくらいのヤバい組み合わせだが、俺はそれでサエモドを目のちらちらするような縞模様――前世の地球で使われたダズル迷彩に近いパターンに塗装した。

 

 リンはと言えば、厚紙と金属ホイル、それに服の裏地に使うサテンめいた薄布で、何というか一種のアイマスクのような物をこしらえているところだ。

 

「若様、こっちのヌワッカも、もうすぐ出来上がりますからね」


 ウナコルダの南東部、カッタナやシュルペンでちょうど秋の今ごろに収穫祭に付随して行われる滑稽な寸劇がある。その中で演者が顔につける面をヌワッカと、そう呼ぶのだが――今リンが作っているものは、そのいささか不細工な模造品だった。

 

「どれ、ちょっと合わせてみるか」


 ヌワッカを受け取り顔に当てて、後頭部で紐を結んで固定し鏡を覗き込む。

 

「うむ、やはり正体不明の悪役というのはこうでなくてはな……できればこの、目の穴を縁取るまつ毛と、その下の星形の泣きぼくろは省いた方が良かったのではないか、とも思うが」


「それはダメですよ若様。ヌワッカはこれがなくちゃあ単に怪しいマスクになっちゃいます」


「くっ……」

 

 そんなやり取りを交わしながらも作業は続く。サエモドはまことに下品に塗り上がり、ヌワッカ面は俺の顔にぴったりと吸い付くように調整された。そして――教授苦心の疑似重力中和装置ベクトラは、エキュー・ノックスではなくサエモドの背部に、雑具箱と入れ替えるレイアウトでしっかりと組み付けられていた――

 

         * * *

         

 機体を覆っていた廃材と布のカモフラージュをかなぐり捨て、俺のサエモドはほとんど天から降ったかのように舞台のすぐそばにその姿を現した。実際には、広場を区切る並木の間に、廃材の集積場か何かのように装って伏せておいたのだ。タイミングを待つ間は暑いのとホコリくさいので散々だったが、ここからは先ずもって独壇場ハイライト

 

 この後に続く展開を、観衆に思い切り印象付けねばならない。

 

「うわははははは!!! シンバリン・パイスティ教授とは聞きしに勝る天才だ。重力中和装置ベクトラを独力で再現してしまったとはな!」


 ピンクとオリーブドラブの縞模様で、機体の全体像すら把握しづらくなったサエモドの上から、怪しいマスクで顔の半分を覆った痩身長髪の男おれが哄笑を上げる――

 

「この素晴らしい成果、民間に置いておくのはもったいないというものだ。教授の身柄とこのマシン、もろともに我々、秘密結社『ウストレイ』がいただいていくとしよう!」


 サエモドの腕がエキュー・ノックスの車体後部にかけられ今まさに持ち上げられんとした、その時。

 

 運転席にいたハーランが、目出し帽を脱ぎ捨て、座席にあらかじめ置いてあった山高帽をかぶり直して俺のセリフに応じた。

 

「そんなことはさせない。科学技術は万民のためのもの……それを強引にかすめ取って我がものとする、如何なる策謀もこの僕が許しはしないぞ! 教授の研究が生み出した、このノックスの真の力を思い知らせてやる!!」


 そうして、ハーランは俺があらかじめ吹き込んでおいた、エキュー・ノックスの二足歩行形態に冠すべき新たな名を叫んだのだ。


「チェエンジ! !」

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