第58話 さらば、麗しの学園都市よ

 ロディ・エイミューに随行する近衛兵たちが、ヌワッカ仮面おれと俺のサエモドを捜索するのではないか――そんな可能性を考慮してかなり警戒してはいたのだが。

 結局、周囲に誰か接近してくる様子は無かった。辺りが完全に夜になると、俺は再びサエモドをバッテリー駆動で起動させ、ヴァスチフと運搬車を隠した例の農家へと向かった。

 スリット付きカバーを取りつけた、二次大戦中のドイツ戦車のそれに酷似した前照灯ヘッドライトはいささか視界が暗く不便だが、隠密行動には都合がいい。俺はどうにか明け方少し前に、再び件の農家にたどり着いた。

 

 

 あとの整備を兵士たちに任せ、ベッドへ倒れ込む。ボゥルに出してもらった例の外套のおかげで、「水落ち」をやらかした割に風邪も引かずに済みそうだ。

 

(……あれで、ヴァンダイン、いやエキュー・ノックスの性能と先進性は、ロディ・エイミューにも強烈に印象付けられただろう。市民や学生も観ていた……ペテンの種がばれない限りは、パイスティ教授がおかしな横やりを食らうことはあるまい……)


 ええい。眠いのに妙に頭がさえていろいろ考えてしまう。まあ、帝国全土に秘密結社ウストレイ探索の手が及んだりしたら、それはそれでいい具合に混乱してくれそうだ。

 

(サエモド、疑似重力中和装置ベクトラの効果だけでもいい具合に空を飛んでくれたな……)


 脳がいい具合に迷走して、そんなことまで思い出す。むき出しの操縦席で半ば逆落としに地面を見るのは恐ろしかったが――あれを量産して、ハモンド軍の軽歩甲シュテンクラフトに標準装備するというのはどうだろう?

 

(悪くないんじゃないか? 浮くことができれば、推進方法を考えてやれば大幅に機動力が上がるぞ……ああ、そうだ。移動中のマシンは基本的にセル一枚でいいからも下がるな……!?)


 益体もない想念に、一人で大ウケして噴き出す。困ったものだ――切れば血の出る正真生身の体、目に映る世界もリアルな実写そのもの。だが、俺はいまだにこの人生をアニメの絵面のように捉えてしまう。

 何が作画コストだ。マシンが浮いて移動できたとして、実際に減らせるのは足底の滑り止めゴムパッドの費用くらいのものだ。

 

 

 浅い眠りを数時間。外で鳴るクラクションの音と兵士たちのざわめき、そして寝室に飛び込んでくるリンの足音で俺は目を覚ました。

 

「若様! ただいま戻りましたぁ!」


 俺のベッドの足元に立って元気いっぱいに敬礼するリンは、まだあの公開試運転で着ていたドレスのままだった。

 

 はて。帰りの足として教授の館にダダッカは置いてきてあったが……さすがにこの服装で乗るのは無理なのでは――

 

「ローレンストロン君! 君には全く世話になったのう!」


 リンの後ろから入室してきた白髪の老紳士に、俺は目を剥いた。

 

「教授!? なぜこんなところまで……?」


 もしや、ヴァスチフの重力中和装置を返却するために、ご本人自ら足を運んでくれたのだろうか――そんなことを考えたが、どうやら事情はもっとややこしいらしかった。


「はっはっは! ロディの奴め、工科大とわしの研究室に、年間5千万レマルクの予算をつけるなどと言ってきおったよ。だがな……わしは皇帝の為ならいざ知らず、エイミューの一族の威信のために飼われるような立場はまっぴらなんじゃ」


「思いとどまるようにだいぶ説得したんだけどね……」


 部屋に入ってきた三人目は、ハーランだった。

 

「教授は、工科大の学長職を急遽返上された。そんなわけで、二人は僕がここまで送ってきた」


「何と……! それはまた、思い切ったというか思い切りが良すぎるというか」


 俺は確信した。おのれの学識への絶対の自信と本人の実力が合わさった変人学者ほど厄介で最強なものはない、と。


「で、教授は今後、騎士ロランドの所属する地方軍閥に身を寄せて、現場で重力中和装置の実物を思う存分弄り倒したい、ということなんだよ。一つ頼まれてくれないかな」


 追い討ちをかけるようなハーランの頼みに、俺はしばし、発すべき言葉を探しあぐねるばかりだった。とどめのダメ押しに――

 

 

エキュー・ノックス形態に戻ったヴァンダインがここまでけん引してきた小型トレーラーの荷台には、カバーを掛けられてあの、重戦甲ゾレンヴォルフの頭部が鎮座していたのだった。



         * * *

         

         

 その日の昼過ぎに、俺たちはラガスコへの帰還準備を整えた。

 農家から少し離れた人気のない街道上。整備の済んだサエモドと重力中和装置を抜かれたままのヴァスチフを乗せた、ハモンド軍の運搬車トレッガーが電力供給用のエンジンを暖気させている。

 少し離れた位置に、トレーラーを取り外したエキュー・ノックス。俺は操縦席から身を乗り出したハーランの手を取り、固い握手を交わした。

  

「では……先日も言った通り、僕はレスリーを探しに旅に出るとするよ。料金の件は忘れてくれ、教授のことをお願いするんだからな」


「ああ、むしろ何だか済まないな。まあこれほどの大碩学をわが陣営にお預かりするとなれば、相応の礼を尽くさせてもらうとも。これでレスリーさえ見つかれば、ハモンド軍はますます安泰だ」


「ふふっ。君はドローバ・ハモンドに心酔しているんだな。レスリーが聞いたらどんな顔をするだろう。まあ喜ぶんじゃないかと思うが――」


 彼は俺の手を放し、ハンドルを握ってまっすぐ前を向いた。

 

「エキュー・ノックス、発進!」


 ヴァスチフの運動モーメントをコントロール可能な、大出力を有する重力中和装置が甲高い響きを上げてそのパワーを増大させていく。動き出した赤い車体は、あっという間に平原の彼方へ消えて見えなくなった。


 

         * * * 

         

 

「……予定より短くなってしまいましたが、これが、ご子息の消息に関する調査行の全てです。今後は、レスリーをよく知る協力者、ハーラン・ダ・ガンバが調査を継続してくれるでしょう。ヴァスチフ用の重力中和装置が新たに必要になりますが、それは私の責任であります。閣下のご裁量にて善きようにお計らいください」

 

「ふむ……」


 あれからまた一週間ばかりの旅を経て、帰り着いたラガスコ基地。

 その一角の執務室に座して、ドローバ・ハモンドはナッツ・バーの包み紙を剥く手をしばし止め、顎をさすった。

 

「ハーラン・ダ・ガンバと名乗ったのだな、その青年は」


「はい」


「……お前の報告に時々名が上がる、コルグ・ダ・マッハと同様、その男も旧貴族の末裔ということで間違いないだろう。ところで、わしはお前に伝えていなかったことが一つあった……まさか、それがこんなに重要なカギになるとは思わなんだから、完全にわしの落ち度なんだがな……」

 

「は?」


 なにか雲行きが怪しい。ハモンド閣下は何を言わんとしているのか。

 緊張に耐えかねてこっそり足を踏みかえた俺の前へ、ドローバ・ハモンドは机越しに一葉の少し擦り切れた古い写真を滑らせてよこした。

 

「これは……?」


「うん。陸軍局時代に撮った、わしの若い時の写真だが」


「待ってください! これは……ハーランにそっくりだ!?」


 顔の肉が今よりもだいぶ薄い。これに刈り込んだ髭を足せば、ほとんどそのまま――


「ダ・ガンバというのは、わしがかつて愛した女の後見人だった、その叔父の姓だ……つまり、お前はずっとレスリーと行動を共にして居ったわけさ」


 呆然と立ち尽くす俺に、ハモンドは言った。

 

「息子が想像もせんような快男子になっていたというのは、父としては嬉しいことだが……我が軍の今後については、もう一度考え直さねばなるまいな……うむ、調査ご苦労だった」

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