第54話 二人、夜を越えて

 村に着いたのは、ちょうど翌朝。部下たちが食事を終え、立哨の順番を確認していた頃合いだった。駆動音を響かせながらサエモドが現れると、彼らは目を丸くしながらも俺たちを迎えて挙手の礼を取った。

 

 ――お帰りなさいませ、ロランド殿!

 

「諸君、済まんが急な作業になる。ヴァスチフから重力中和装置ベクトラを取り外し、それと分からぬように梱包するのだ。すぐにとりかかってくれ」


 号令を下すと、さすがに兵士たちが顔色を変えた。


「ヴぁ、ヴァスチフの重力中和装置を!? どうするんです、戦闘できなくなりますよ……?」


「任務継続のために必要と判断した。重力中和装置を供与して支援すべき人物が、レクトンにいるのでな」


「よく分かりませんが、まあ、ロランド殿のご命令とあらば」


「……あまり心配するな。ヴァスチフを動かさずに任務が終るのが一番いいし、そうでなくてはいかんのだ」


 兵士たちは俺に心酔してくれている。彼らはたちまち頭を切り替えると、速やかに運搬車のクレーンを起動して作業を開始した。俺もヴァスチフを起動させ、機体の腰部から上を垂直に起こして固定した。

 

 連れてきた兵士の大半は、専門家ではないにしろ各種機体の整備経験がある。それに重力中和装置は古代文明時代に規格品として量産されていたらしく、幾種類かのサイズに分れている他は、どれも性能や仕様に大差はない――機体から取り外すのはさほど難しい作業ではなかった。

 

 どちらかと言えば、重力中和装置を外したヴァスチフを元のように荷台に仰臥させるのが大変だったくらいだ。

 

「さて。あとは梱包だが……レクトンに持ちこむ際に見とがめられないようにせねばな」


 この農家は村はずれの大きな敷地に立っていて、もともとは何かの共同作業場になっていたようだ――それで運搬車を置いておくだけのスペースもあったわけだが――連絡員を務めるボゥルとかいう名前の男が、納屋の戸口からこちらへ声をかけた。

 

「筆頭騎士殿、こちらにいいものがあります。洗濯用か染色用か分かりませんが、とにかく古い大桶が」


「なるほど、それはいい」


 取り外した重力中和装置を木製の桶に入れ、古いマットレスを緩衝材代わりに詰めこんだ。

 

「あとは何か、シーツかカーテンをかぶせて蓋をして、棒切れや板材でも括りつけておけば……大学祭の資材搬入のように見えるな」


「大学祭、ですか? ロランド殿は一体何をなさっておいでなので……任務は人探しと聞いておりましたが」

 作業を手伝う兵士が、いぶかしげな顔を隠さずにそう訊ねてきた。こちらは冗談めかしてそれに応えた。


「任務の一環だ……だが、たぶん知らん方が気が楽だぞ」


「そうですか」


「ああ、それとな。この任務は予定より早めに切り上げることになる。明日中には撤収準備を済ませておくといい」


「そうですか!」


 二回目の「そうですか」にはひどく熱がこもり、兵士の目も輝いていた。期限も警戒対象もはっきりしない待機任務に、早くも倦んでいたらしい。


 村についてからざっと三時間。荷造りを済ませた重力中和装置をロープでからげてサエモドの背中に括りつけ、出発の準備は整ったが――


「うむ、眠いな」


 さすがに限界だった。リンがサエモドの操縦に慣れてきていたからぶっ通しにはならずに済んだが、それでもほぼ十時間近い行程。その後三時間かけてこの作業だ。気づけば何やら体温が上がらずに寒気がするし、下腹のあたりに穴が開いたような、嫌な疲労感が全身を浸しているのを感じる。


 俺は連絡員ボゥルに頼んで、ベッドを用意してもらうことにした。


「仮眠をとる。五時間経ったら起こしてくれ――」


 そう言い置いてベッドのある部屋に向かおうとした時、ちょうど傍らのスツールに腰掛け、壁にもたれて休んでいるリンが目に入った。目の下が少し黒ずんでいるところを見ると、彼女もだいぶ消耗しているようだ。


「リンも寝ておけよ。レクトンへの帰り道はまた操縦を交代してもらわねばならん」


「そうですね、分かりました」


 うなずくリンだったが、少し様子が奇妙だった。疲労の極致なのか目が笑っていない。ジト目でこちらを見つめ、不意に手を伸ばしてきて俺の服の裾を掴んだ。

「寒いんですよね、中原このへんって。内陸でろくに山もないせいだと思いますけど」


「まあ、そうだな。毛布を二枚に増やして、出来れば掛布団キルトを用意してもらうとい――」


「ヤです。足りません。レクトンで若様と同じ部屋に泊まるつもりで楽しみにしてたのに、一晩サエモドの操縦席で震えてたんですよ?」


 何やら剣呑な気配がする。俺は努めて無難に収めようとリンを諭した。


「仕方あるまい。気持ちは分かるが軍務とはそういうものだ。手に入るもので間に合わせ、少々の不便は飲み込んでくれねばな」


「はい、だから手に入るものを要求しますね――若様のベッドの半分をお願いします」


「……なっ、お前……なあ!」


 広いと言っても所詮は農家の中。たまたま彼女がいた場所は、用意された寝室のすぐ前でもあった。リンは制服の裾から俺の肩にしがみつくポイントを移動させ、そのまま寄り切るように俺をベッド際へ追いつめていた。


「若様が悪いんですよ。いつもからかい半分か、期待させるだけ期待させて肩透かしなんだから……」


 どこまで本気かわからない恨み言を吐きながら、彼女はベッドの上に崩れ落ちた。


「寒い……」

 

 うわごとのようにつぶやいて、身をぶるっと震わせる

 俺も寒かった。そしてひどく眠い。どうしたらいいかわからなくなってふと視線を上げると、ボゥルが隣の部屋からテーブル越しにこちらを見ていた。


「筆頭騎士殿。誰も笑いやしません、その副官のお嬢さんをしっかり温めてやるといいですよ。この季節に吹きっさらしのサエモドでレクトンから夜通しじゃ、相当に堪えたはずだ。いずれにしても、どちらもこの後は眠る以外のことはできないでしょうし」


「……それはまあ、そうだな」


 傍らで寝息を立て始めたリンを、俺はため息とともに見下ろした。

 思えば不憫な娘だ。裕福な商人の家に生まれて何不自由なく育っていながら、俺などについてきて世話を焼き、命の危険にさらされることも再三どころではない。


「うむ。五時間経ったら起こしてくれ。コッピーを入れておいてくれると助かる」


「了解しました」


 リンを左側に横たえて、俺は毛布と掛布団キルトを肩まで引き上げた。

 お互い上着も取らずに着の身着のまま。だが細い肩を抱き寄せ、しばらく窓から差し込む光の眩しさに耐えていると、やがて夜具の中にほんのりと心地よいぬくもりが満ちてくるのが分かった。


(これが、リン・シモンズの温かさなのだ――)


 そんなよくわからない感慨を抱きながら、俺はそのまま地の底に沈むような睡魔に身をゆだねた。

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