第53話 エイミューの来臨
俺たちが見守るうちに、頭上を圧した要塞艦は街の上空からゲート外に拡がる平原のほうへと移動していた。
滞空した艦の舷側にあるシャッターが開き、三輌ほどの美々しく塗装された
「あの
「詳しいんだな。まあ帝国にも四隻しかない代物だ、耳には入るだろう――あれがその三番艦『ホリィ・ゴーダー』さ」
ハーランの解説を聞きながら、前世の記憶を思い出す。最終回近くでコルグたちが対決する事になる敵が、そんな名前の要塞艦に乗っていた。ただし、ラスボスの名に「エイミュー」などという氏姓は無かったような気がする。
事態をもう少し確認しようと、俺たちはゲートの方へ走った。
降下してきた運搬車は隊列を組んで平原を横断し、街へ入ってくる様子だった。本来なら重戦甲を積載すべき荷台部分は、クレーンや固定具といった装備品が取り外され、礼装に身を包んだ近衛兵らしき一団がそこに整列しているのが見える。
「若様、急いで宿を取りに行きましょ! でないと、あの連中にいい宿を全部占領されちゃいます」
リンが焦った顔で俺の袖を引っ張った。
「いや。もう無いだろう、レクトンに長逗留する理由など」
「そんなあ! 楽しみにしてたのに」
莫迦なことを、と首を振る。レスリーがこの町にいないなら、早急に探索を打ち切って、近くの村に待機させた部下と共にラガスコへ帰還するのが最善だ。最善なのだが――
表通りに面した路地の入口に引っ込んで見守る俺たちの前を、運搬車の車列が通り過ぎていく。真ん中の車両に立つ、抜きんでて威風を漂わせる恰幅の良い男が目に入った。後ろ向きになでつけた髪が後頭部で逆立ち、猛禽の尾羽を連想させる、いかつい鷲鼻と鋭い眼光の初老の紳士。あれがロディ・エイミューだろう。
前世の日本で「漫画の神様」と呼ばれた漫画家が作品にしばしば登場させていた、尊大な白人男性のキャラクターにどこか似ていた。
「視察、か。地位を考えればごく自然な話だが、どうも嫌な予感がするな……」
レクトン内で対立のある、工科大と法学院。そこに大学の自治に関わる問題があり、一方に与するエイミューは文教大臣の要職にある、となると。
あの近衛兵たち、あながち警護だけが仕事とは限るまい――
俺は隣に立つハーランの方へ顔を向けた。
「どう思う? 教授の研究は、私には非常に意義ある物と思えるが……今の段階であいつらに見せるのはどうかという気がする」
ハーランは山高帽を先ほどまでよりも深くかぶり直して、通りに対して顔をそむけるように立っていた。その目元は、今はこちらからは見えない。
「……同感だね。ロディ・エイミューは権力の使い方と法のすり抜け方は知っているが、工学や技術の分野には何の造詣もない男だ。今の段階で見せても、あの研究の値打ちなど理解はできないだろう。物笑いの種になるか、予算削減や追放の口実にされてもおかしくない」
「困ったものだな……」
「ああ、困ったな……僕はあの大臣には顔を知られていてね。彼が来ているとなるとこれから先、しばらくはあまり表立って動けなくなりそうなんだ」
「ふむ?」
話の論点が微妙にかみ合っていないのに気が付いた。彼はどちらかと言えば工科大と法学院の学生たちの間に立って、仲裁や利害の調整に関わっていると思っていたが――既にエイミューと事を構えてでもいるのだろうか。
「何かする気なのか?」
「いや。何かしたいのはやまやまだが、巧い手も思いつかなくてね。だから困ってる」
「確かに、それは困るな」
事を荒立てるわけにはいかないだろうが、あのどうにも浮世離れした、しかしながら紛うこと無き天才を、政治権力から守りたいというのであれば俺も気持ちは同じなのだ。
「……騎士ロランドがさっき言ってたことは、案外いいアイデアかもしれないんだ。ロディ・エイミューはアレで実のところ、雰囲気に流されやすくて感激屋なところがあるからな。だが、現物を手に入れるツテがどうにもない」
「ん、何の話だね」
「ほら、
「ああ。そのことか――」
「だけどダメだ。帝都とその周辺では、重力中和装置は例外なく国が管理してるからね。教授の手に入る現物なんて。どこにもないんだ」
うつむいて唇をかむハーランをしり目に、俺は思わずリンと顔を見合わせた。
眉根を寄せて首をかしげたリンだったが、次の瞬間にんまりと笑って頷いた。
「若様のそういうところ、あたしホントに大好きですよ――やっちゃいましょ」
「うむ。我ながら難儀な性分だと思うが……心が叫んでいるのだ、『やれ』とな」
俺は腕組みしてうつむくハーランの、左手首あたりを掴んでこちらへ向き直らせた。
「まだあきらめるには早い。
――えっ?
ハーランがきょとんとした顔でこちらを仰ぎ見た。
「エキュー・ノックスの疑似
「騎士ロランド……まさか、重戦甲を持ちこんでいるのか、この近隣に!?」
「その通り。学園祭までには今日を除けばあと二日だったか? ならこれからの宵闇に紛れて事を運ぼう」
俺たちはまっすぐパイスティ教授の家へ駆け戻った。サエモドをバッテリーの電力で起動し、騒音を立てないように気を付けながら、リンと共に通りへ踏み出す。
「ちょっとした思い付きがある。水性の塗料を何か用意しておいてくれ。派手で目立つ、下品な色がいい。さもなくば黒か」
「よくわからんが、任された。気を付けて行って来てくれ!」
ゲートの辺りまで来ると、数人の学生たちが飾りつけ作業を終えて解散しようとしているところに出くわした。
――げっ、
こちらを見とがめて角灯をかざした学生たちに、俺は笑顔で挙手の礼を返した。見たところ、工科大の学生たちのようだ。
「部外者ではないよ。今日から臨時聴講生となった、ロンド・ロランドだ」
「聴講生!?」
ざわつく学生たちに、俺は受け取ったばかりの身分証を掲げて見せた。
「このサエモドも、大学祭の賑わいに役立てたい。飾りつけの花が残っていたら、一束分けてもらえないかね?」
一団の中にいた、そばかすの目立つ愛嬌のある顔をした女子学生が、造花の籠を肩の上に持ち上げて見せた。
――た、束というほどはありませんけど、これで良かったら。
「ありがとう、お嬢さん」
機銃マウントレールのステーにその花をひもで括り付けると、俺とリンは彼らと別れてレクトンのゲートを抜けた
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