第51話 レスリーの消息

 試験が始まった。

 

「エキュー・ノックス、変形シーケンス開始!」 

 

 教授の号令と共にハーランが運転席のパネルに手を伸ばし、レバーを力いっぱい引くと――疑似ベクトラの浮揚力に引っ張られるように、機体がそこを重心として動き出した。

 ダミーの車輪が取り付けられた車体両脇の張り出し部スポンソンが、ほどけるようにその形状と位置を変え、二つに折りたたまれた状態から関節を展ばしていく。


「おお、腕と足をこんなところに……!」


 あとに残された角型断面を持つU字形状のフレームが、疑似ベクトラを保持したまま後方に倒れて地面と水平を保つ。運転席の後部にあったカバーが開いて、中から騎士甲冑のヘルメットめいた物体がせり出した。

 

(どうなっているんだ、これは)


 パーツの色や形状はあちこち違うが、この変形パターンは確かに番宣映像で見たヴァンダインそのままだ。

 

「よし、変形成功じゃ! ハラドケイ君、そのまま歩いてみてくれたまえ!」


〈了解……ハーランですって!〉


 エキュー・ノックスは今や完全な人型となり、腕を左右に開いてバランスを取りながらその足で前方へ一歩を踏み出そうと試みた――途端に、俺の眼前の制御卓コンソールから複数の警告音が鳴った。

 この卓とエキュー・ノックス本体の間で、ゾレンヴォルフの頭部ユニットが制御情報を解析している。その頭部が機体各部にかかった負荷を感知し、重力中和装置ベクトラの作用で打ち消そうとしているのだ。だが、パイスティ教授の疑似ベクトラには、その命令にこたえるだけの能力はまだないらしかった――

 

「これは無理だ! ハーラン、機体を止めろ。破損するぞ!!」


 俺が叫ぶとほぼ同時、機体の右ひじ辺りで恐ろしい破砕音が鳴り響いた。関節軸をまたいで取り付けられた駆動ケーブルの一本が断裂し、勢いがついたまま振り回された右前腕部が脱落して、こちらへ飛んでくる。

 

「――リン、伏せろ!!」


 どうにか直撃を避けて顔を上げると、エキューノックスはバランスを失って傾いだまま宙に浮き、腰から上をツイストダンスのように左右へ旋回させ続けていた。


 

         * * * * * * *

         


 片づけには残りの午後いっぱいかかった。教授とハーランはエキュー・ノックスの腕を取り付け直し、破損部分のパーツを交換しながら強度を再計算していた。

 

「ふーむ……まだ実用には遠いか。関節を強化するのが無難だが、そうすると変形前の形状がまとまらんなあ」


 教授が嘆く。俺が思うに、軽歩甲程度の運動性なら問題ない筈だ。現にサエモドやガラトフはあのサイズで動いている。 

 このマシンは相当の高機動を想定されているようだが、そのためには、教授が言う通り関節部の強度をもう少し上げるか、それとも鈍重な動作で甘んじるか。さもなくば――いや。

 

「そもそも、なぜ変形を?」


 俺は根源的な疑問を口にした。


「ああ。君ら騎士が使う重戦甲だって、砲車キャリッジモードに変形するじゃろう? 必要に応じて最適な形態をとることは、我々人類がマシンに求めて来た理想の一つ。

それは畏怖と憧憬をかっこいい人の心に呼び起こすののはせいぎじゃよ」


 ううむ。そのマシンを人類に与えたのは古代のグル・ウル族なのだが、そう言われれば是非もない。気持ちは分かる。

 

「詐術ではありますが、公開試運転デモンストレーションの際には発掘品のベクトラを組みこむ、という手もありかもしれません」


「……それはいささか矜持にもとるものがあるが、検討すべきかのう。ともあれ今日はお世話になったの、ロンドンドン君。聴講生の身分証を発行して進ぜよう。明日も来てくれ」




「とんだ騒動になってしまったな、申し訳ない。怪我がなくてよかったよ」


「いや、まあ戦場に比べれば……」


「若様、それフォローになってませんよ」


 西日が傾いた街路を、俺とリンはハーランと連れ立って徒歩で学生課へ向かっていた。サエモドは教授の館に置かせてもらう形だ。

 

「教授の署名が入ったその申請書があれば、学生課で正式の身分証がもらえる。市中のどこのホテルでも下宿屋でも借りられるし、工科大の講義なら何でも聴講できる。ノートを取れないのはまあ、試験を受けて学費を払う正規の学生との差別化のためだから、それは受け入れて欲しい」


「ああ、問題ない。その辺は我々の仕事にはあまりかかわりもあるまい……」


「はは」


 ハーランは肩をゆすって笑うと、歩調を緩めてふと振り向いた。

 

「そういえば騎士ロランド、何か仕事で来たんだよな? 荒事でなければ力になれると思うんだけど」


「あ、ああ、そうだな。手始めに君から当たるか……この男を知らないか?」


 俺はポケットから、ハモンド閣下に託されたレスリーの写真を引っ張り出してハーランに示した。

 彼は写真を見ると、形の良い眉をぴくりと跳ねあげて、印画紙に焼きつけられた小さな立像を睨んだ。


「そういえばさっき『人探し』と言ってたっけか……この少年を? ずいぶん若いな」


「ああ。十年ほど前の姿だよ。この男、レスリー・ウクレがレクトンへ来る直前に撮られた物らしい。彼の母が、血縁上の父に贈ったものだそうだ――手紙に沿えて」


「なるほど……うん、そうか。これはレスリーか」


 ハーランは写真を俺の手から取ると目の高さまで持ち上げ、懐かしむような悲しむような、不思議な表情で微笑んだ。


「知っているのか!?」 


「うん。友人だ……友人というべきかな。だが彼はもう、ここにはいない」





※ 本エピソードに登場するエキュー・ノックスの歩行メカ形態とほぼ同デザインの、「機動探偵ヴァンダイン」の主役メカ「ヴァンダイン」のイメージイラストを近況ノートで公開しています。

(本編中で登場するパイスティ教授のマシンは、カラーリングや細部のディティールが若干異なります)


https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429502309681

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