第50話 侵食(2)

 クリームチーズと合わせたホイップクリームをふんだんに使ったロールケーキでお茶を済ませると、パイスティ教授は満ち足りた様子で立ちあがった。

 

「よし、騎士ロドン君! 早速だが工房をご覧に入れよう、ついてきて来てくれたまえ!」


「ロランドです」


 ロドンといわれて「魯鈍(※)」を連想するのはこの世界で俺くらいだろうが、それでも嬉しくないものは嬉しくない――だがそんな気分は、庭の格納庫を開けて奥の一隅を目に留めた瞬間脆くも吹っ飛んだ。

 

「これは? まさかこんなところにこんなものが……!?」


「こんなところとはご挨拶だのう、ロリンチョ君。だがまあさすがは騎士身分、こいつの価値がわかるようじゃな!」


「え、ええ。それはもう。あと、ロランドです」


 無数の信号ケーブルに繋がれて台座の上に鎮座しているのは、外装の大部分を剥ぎ取られた重戦甲の頭部だった。

 外装などなくても、俺にはそれが何かわかる。細部が何か所か違っているが、それは概ねアニメの設定資料に描きこまれていたガルムザインの頭部そのものに見えるのだ。それが帝都からほど近いここ、レクトンにあるということは。

 

「これは、『ゾレンヴォルフ』の頭だ……そうですね?」


 パイスティ教授は一瞬目を大きく見開き、満面に笑みを浮かべた。

 

「ご明察! その通りじゃよロラランドくん! こいつは前王朝が滅ぶときに大破し、戦場に放置された古の名機、近衛用重戦甲ゾレンヴォルフの頭じゃ。大陸に存在する重戦甲の中でもっとも原型に近いこいつには、オリジナルの重力中和装置をコントロールするための、膨大なデータが蓄積されとるはずだと踏んだ。事実、その一部を解析することでわしはエキュー・ノックスに組み込んだ疑似ベクトラを作り上げたのじゃ」


「だ、だいぶ近くなりましたがロランドです! いやしかし、それは本当にすごい成果だ……」


「うむ、ありがとう、ありがとう! だが道はまだ半ば。あの疑似ベクトラはまだ『入力に応じてそれらしい振る舞いをする機械』であるにすぎん。物体の浮上に利用しておる原動力は、主に地磁気と反発する電磁石を回転させることで得ておるが、恐らく本物はもっと根源的で精妙な力を用いておるはずだ。さあ、実験を手伝ってくれたまえ」


「は、はい」


 俺は首肯しつつもそのまま首をひねった。教授の言う様な原理での浮遊は、前世でも小さなコマ様の玩具で見たことはある。だが、そんな原理で乗用車サイズの物体を地上数十センチ浮遊させられるとは、やはりとてつもないことだ。

 恐らく何かの偶然が作用して、教授の作った機構は教授の理解以上に純正の重力中和装置ベクトラに近付いているのではあるまいか?


「……整備士ギルドの連中は多分わしよりも余程いろいろ知っておるだろうと思うんじゃが、奴らの知識は同業者の間だけでの秘密になっておって、外部には公開してくれんからの。もっと若ければわしもギルドの門をたたいたかもしれんが」


 教授はハーランに指示して玄関アプローチから格納庫内へあのベクトラ自動車「エキュー・ノックス」を引き入れさせた。円形のターンテーブルの上に車体を移動させると、格納庫の奥からやたらに大きなリフトがせり出してきて、自動車の後ろに停まった。

 

「さて、ハルウララ君。重戦甲の駆動ケーブルは調達して来てくれたんじゃな?」


「はい教授。必要な四セット全てそろってます。ではいよいよですか」


 ハーランはもはや訂正すら諦めたようだった。


「まあお披露目は大学祭当日までお預けじゃが、試験は今やってしまおう。ローラーモンド君はこっちの制御卓で、疑似ベクトラの動作をモニターしてくれたまえ」


 俺は教授に促されるままに傍らの、ディスプレイが三面ほど付いたコクピットの内装めいたものに座った。ハーランはノックスの車体にとりついて、外装のあちこちに設けられたハッチを開け、持ちこんだ部品を組み込む作業を始めた。


(……待て。いま教授がおかしなことを言わなかったか? ――「重戦甲の駆動ケーブル」だと?)


 ハーランの後姿を凝視する。心の奥底で先ほどからゆっくりと渦巻いていた違和感が、疑念となって形をあらわにした。

 

(山高帽に外套の好青年。トラブルの火種を山と抱えた学園都市。蒸気(駆動に見える)自動車。科学の常識を超えた技術の解明に挑む、変人の天才科学者……?)


 重戦甲の駆動ケーブルをここに加えるとすれば、確認しなければならないことが一つ発生する。

 

「ハーラン君、それにパイスティ教授。つかぬことをうかがうが……もしや、この疑似ベクトラ実験機エキュー・ノックスとやらは。人型に変形でもする構想なのではないですか?」

 

 途端、二人が動きを止めてこちらを振り返った。茫然とした視線が突き刺さり、俺は思わずにらめっこをする子供のようにおどけ顔をさらしてごまかしたくなったが、何とか耐えた。

 

「のうハーラン君。君はもしかして、とんでもないヤバい男を連れて来たんじゃないかの」


「お言葉ですが教授。僕は教授以上にヤバい人物に今後の人生で遇える気はしていませんね」


「くっ……ロランド君、君はなかなか大した慧眼じゃな。どうじゃ、良かったら期間限定の聴講生ではなく、正式にわしの助手としてここで働かんかね。給料は弾むぞ……ハーラン君はどうも近々ここを離れたいと思っとるようじゃし」


「教授、なぜそれを!?」


「ふむ。エリス嬢の一件はわしも聞き及んどるんじゃよ?」


 ハーランは下を向いて口ごもってしまった。何か向こうにもいろいろと事情や思惑が渦巻いているらしい。だが、俺は教授に丁重に断りを入れた。

 

「まことに光栄ですが……私はあくまで、ここには人探しのために来たのです。その間だけ、聴講生でもニセ学生でも、とにかくこの町で行動の自由が保証してもらえれば充分ですので」


「そうか。うん、そうか。まあ仕方ない……で、君の推察通りじゃ。エキュー・ノックスは変形する――自動車から全高五メルトの人型、軽歩甲に分類されるサイズの人型マシンにな。これが完成すれば民間で新規に量産できる、重力中和装置付きのマシンが誕生するんじゃよ」


 戦闘マシンの持ち込みが禁じられた街で、そんなものを何に使うつもりなのか――そんな懸念もあったが、俺はそれよりも今知った事実が示す予想外の命題で頭がいっぱいだった。

 

(この人物とメカの設定と舞台の配置。これは……ガルムザインの前番組『機動探偵ヴァンダイン』のフォーマットに一致している気がする! どういうことだ!?)


 困ったことに、俺はヴァンダインに関しては、ガルムザイン以上に情報が乏しい。放映年度のあの年は丁度受験でアニメどころではなかった。たまにアニメ雑誌を立ち読みして大体の設定や大まかなストーリーを知っているくらい――場合によっては、恐らく学年が違っていただろうソリーナの記憶をあてにする必要もあるか。

 

 ガルムザインの作中世界だと思っていた今生に、なぜ別番組が混ざって来るのか? 何か、俺はとんでもない異変に巻き込まれているのか――それとも。この世界の成りたちは俺が思っているような物とは異なる、もっと別次元の要素が働いているのだろうか!?




※ 鈍く愚かなこと

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