第49話 侵食(1)

 風変わりな家だった。小ぢんまりとしているわりにはレンガ積みの塔などついていて、ちょっとした城のように見える。塔のてっぺんには鋭い鉄製の避雷針が取り付けられていて、何やらフランケンシュタインものの怪奇映画にでも出てきそうな雰囲気を醸し出していた――あるいはタイムマシンの技術を盗用して時間犯罪を繰り返す、どこぞの女悪党とその一味のアジト、と喩えてもいいだろうか。

 

 なんかそんな感じの建物だ。

 

「何だか、若様のご実家みたいな格納庫がついてますね……」


 先日休暇を兼ねてカッタナまで足を延ばした時のことを思い出したのか、リンが妙なところに目を付ける。工科大の学部長なら大きな機械の収納場所もいるのだろうが、確かに何やら気になった。

 

「教授! ハーランです、ただいま戻りました!」


 ハーランはニセ蒸気自動車をガレージの前へ進入させ、ところどころに草の伸びた石畳の玄関アプローチに飛び降りた。俺たちも彼に倣って後に続く。

 

 ――玄関は施錠しとらん。そのまま入ってきたまえ!

 

 鉄の帯金で装飾された木製ドアからそんな声がした。このドアも怪奇映画の古城めいていたが、ハーランが取っ手を掴んで引くと拍子抜けするほど軽々と開いた。

 

「不用心ですよ、教授。誰が来るかわからないのに」


 そこへ、顔の下半分を用意周到にガスマスクで覆った白髪の老紳士が、廊下の曲がり角から現れた。

 

「なあに、おかしな奴が来たら爆弾スティンクボムで追い払ってやるわい」


「いやいや、その後始末って僕がするんでしょ? ……勘弁してくださいよ、この間も――」


 ハーランの抗議は最後まで発されなかった。ガスマスクの老紳士が俺たちに気づいて、助手を叱りつけたからだ。


「なんだなんだ、人を連れてきたのなら早くそう言いたまえハラヘッタ君!」


「ハーランですってば。ええと教授、こちらはウナコルダからいらしたの、ロンド・ロランド氏です。しばらくレクトンに滞在したいとのことで」


「ほぅ……どうも、大学祭を見物に来たという訳ではなさそうだが、それはともかく。当世で騎士というからにはもしや、重戦甲カンプクラフトを操縦したりするのかね?」


 白髪にガスマスクの老碩学――彼がパイスティ教授なのだろう。彼は俺の方へささっと走り寄ると抱擁せんばかりに密着して来て、俺の顔を頭一つ低い位置から見上げた。威圧感からすると見据えた、と言いたいところだが。


「え、ええ。まあそういうこともたまによくあります」


「それは素晴らしい、好都合だ! オリジナルの重力中和装置ベクトラを操作した経験がある学生など、ここにはなかなか居らんからな。色々と話を聞かせてくれたまえ!」


(オリジナル……? って、うわ何だこの人、ぐいぐい来るな!?)


 教授は俺の手を取ると、廊下の奥へと誘おうとする。たぶんそこに彼の研究室があるのだろう。だが待って欲しい、俺はここにはレクトン滞在中の行動の自由を保証してもらうために来たのであって――俺はハーランの方を振り向き、目顔で問うた。

 

(俺はどうすれば?)


「あーっと……教授! 順番が滅茶苦茶ですよ、僕は何のために街中までわざわざ出て行ったんですか。お忘れかもしれませんが、仰せつかったことは二つ。学生たちに軽挙妄動を戒めるよう呼び掛けて騒ぎが起きていれば収め、マダム・ホーナーの菓房でロールケーキを買ってくる、です。報告くらい聞いてくれませんか」


「うぬぅ……ハラヘリー君はとことんクソ真面目だのう」


「ハーランです。それと、騎士ロランドに重力中和装置の話を訊くなら、まず彼にレクトンでの安全保障というか行動許可証でも与えて下さるのが先でしょう」


「んー、ああ、そんなことなら彼に聴講生の資格でも出してやればよかろ。書式はいつでも用意してあるからわしのサイン入れて学生課へ持っていけ。で、ケーキは買って来たのか?」


 ハーランは外套の下から二十立方センチ程の包装された紙箱を取り出し、無言で教授に示した。


「おーよしよし、流石ハラペコリー君。では向こうでまずは茶でも飲もうか」


 ケーキの箱をハーランから受け取って、教授は上機嫌で研究室へと引っ込んだ。俺はハーランの方を振りかえると、心からの同情の念を表明した。


「色々とお察しする。大変だな」


「な、なあに、あれでも至って気のいい人だし、やっぱり工学研究の分野では帝国でも並ぶもののない学者だからね。お仕えするのは光栄なことさ」


「そうか、ならいいが――ところで『オリジナルの重力中和装置』、というのは?」


「ああ、そのことか。簡単な話さ、教授は現代の技術と材料で、新規に重力中和装置ベクトラを作ろうとしてるんだ。僕が乗ってたあの車――エキュー・ノックスはその実証実験機というわけ」


 なんと。あの手の機械は古代文明の産物で、現代の技術では解析もままならないブラックボックスだと聞かされていたのだが。


 畏敬の念に撃たれて上の空になった俺をよそに、研究室での時ならぬお茶会は和やかに行われた。

 リンがひどく上機嫌だったのは、まあありがたかった。

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