第48話 学園都市起源概説
奇妙な自動車が走って来ると、学生たちの作る人波がざわざわと動いてその周囲を取り囲んだ。
「ダ・ガンバ助手! いいところへ!」
工科大生と思しい若者の一人が、車を見て歓声を上げる。
「聞いてくれ、法学院の奴らと文教大臣は、帝歴623年の勅令以来続いた大学祭の一般開放をいまさら反故にしようっていうんだぜ。何が『伝統の堅持』だってんだ!」
彼がそう訴えると、周囲の学生たちも口々に相手陣営の非道を並べ立てた。
――それでいて外部からこんな戦闘マシンを! こいつらを叩きだす、手伝ってくれ!!
――大体なんで、レクトンの自治に皇帝でもないエイミューが口をはさむのよ!
彼らは服装も髪型もバラバラ、裕福な家の子弟と言っても、その境遇や考え方にはだいぶ幅があるように見えた。叫ぶ内容や行動も、大筋はともかくそれぞれ微妙に違っている。
その一方、法学院の学生たちは薄手の長い外套を着こんでいで立ちを揃え、工科大生たちよりも統制が行き届いていて、どうやらあらかじめ合意した一定の方針に基づいて動いているのが感じられた。
法学院生のリーダーらしい若者が、原稿があるかのように朗々と口上を述べる。彼の頭には紙で出来た、クロワッサンのような形の冠がかぶせられているが、これは裁判官の帽子を模したものなのだった。工科大生が小声で揶揄する様子から察するに、どうも学園祭での出し物に使うべく試着したままここに来てしまったらしい。
「我々は、その
「ええい、静かにしたまえ!」
蒸気自動車の運転席から立ちあがって、山高帽の青年が叫んだ。
(……ほう)
遠目にも惹きつけられる、存在感のある青年だ。帽子の鉢からはみ出した
「あいにくだが僕はどちらにも
「助手」と呼ばれるには不釣り合いな、やたらとカリスマ感溢れる身振りと声音で、青年は群衆の前に両腕を広げて宣言した。
「大学祭まであと三日、こんなところでつかみ合ってる暇はないはずだ。解散したまえ! さもないと、教授特製の
途端に、うわあっ、とあちこちから悲鳴が上がり、学生たちが潮のように引き始めた。俺のサエモドと青年との間に、たちまち広々とした石畳が姿を現して一本の道になった。そして全容を現したその自動車がこちらへさらに近付いてくる――
(自動車……? いや、どうも違うぞ。あれは……)
この世界、もとより古代から先行する機械文明があり
山高帽の青年、ダ・ガンバ某の車輛は一見すると四輪を備えた自動車に見える――だがここが「ガルムザイン」の世界である以上、それは注意を引くに足る不自然なことだった。そして――
(待て、車からかすかに聞こえるこの甲高い持続音は……それにあの車輪、廻っていないんじゃないのか?)
これまでさんざん聞いた音。あれは
「さて、そちらの軽歩甲のお二人さん。申しわけないが、この町で戦闘マシンの持ちこみがご法度なのは事実だ。そんなわけで、君たちとそのマシンの取り扱いは、いったん僕の所属する大学自治会に委ねて欲しい。先ずはこの車についてきてもらっていいかな?」
「……うむ。こちらとしてもレクトン滞在の間は極力穏便に過ごしたい。そうさせてもらうしかなさそうだな、ご案内頂こう」
するりと滑り込むようにこちらの精神的間合いを突破して踏みこまれ、俺はかなり焦っていた。だが或いは、これは任務のためにも好都合かもしれない。大学自治会とやらと接触できるわけだし、こちらの立場をきちんと(それらしく)説明できれば、今後の滞在中に行く先々で誤解されるということもないだろう。
「聞き入れていただいてありがたい。僕はハーラン・ダ・ガンバ。工科大の学部長である、パイスティ教授の研究室で学ぶ一介の助手さ。自治会の委員も兼ねているけどね」
「これはご丁寧に。私はロンド・ロランド。ウナコルダの地で騎士の身分にあるものだ――こちらは副……従者のリン・シモンズ」」
「騎士身分ね。道理で剣なんか提げてるわけだ。
ハーランはまだ周囲に残る学生たちを手ぶりで追い払いながら車を進めた。俺はサエモドを歩かせてその後をついていく。
(『ダ・ガンバ』か。コルグの姓『ダ・マッハ』と同じ構成だ。してみると出身は、中原かその周辺の旧家だろうな……)
そんなことを考え巡らせていると、ハーランが話題を振ってきた。
「レクトンの起源については知っているかな」
「いや、あまり……」
「そもそもの始まりは、帝国がこの中原に都を移した時代だ。帝都に近いこの町は私塾が盛んでね。全土から学生が集まるようになるにつれて、教師と学生の間で様々な取り決めと、それを守るための組織ができた。それが自治会の起源で、レクトンの大学組織の母体となった。つまり、自治会こそがレクトンであり、大学そのものだ」
ハーランはそこまで話すと、言葉を切って振り向いた。
「一旦停止! 食事帰りの学生がここをたくさん横切る――ええと、自治会の起源だったな、つまりこれが、ひとつめの『伝統』だ。だが、ここには法学院が主張するもう一つの伝統もあるのさ」
「それは?」
「ああ。620年に皇位についたサンブル朝の開祖、コーダ一世がね。学識者を登用し味方につけるために、レクトンに莫大な資金を下賜された……以後、大学は皇帝の諮問を受け、また宮廷に各種顧問を派遣することになる。これは特に法学分野で顕著だったけれど、長く続いた結果色々と芳しくない影響もあってね」
「なるほどな。どこにでも同じような話があるものだ」
「まあそんなわけでね。学生諸君は、この二つの『伝統』に対してどういう立場をとるかで、大きく二つに分かれてにらみ合ってるというわけさ」
俺は少し暗い気持ちになった。乱世と言っても、ここでは学生たちが町ぐるみの祭りを自主運営し、歴史や伝統と自分たちの学問について意見を戦わせている。
「……中原は、豊かなことでありますな」
だがウナコルダのような田舎や、更には辺境に目を移せば。そこではわずかな境遇の変化に押し流されて、行き倒れるものも後を絶たず、或いは山賊に身を落として自らに降りかかったものと同じ理不尽と不幸を再生産している。
学問の独立の大切さも分かるし、学問を振興する資金の重要性も痛いほどわかる。だが、この不均衡と隔絶は正されるべきだと思える。
そして、皇帝をはじめ王侯貴族が政治的特権を享受している社会なら、こうした歪みは比較的明確に、人格を持った個々の人間に責任を帰すことになるのではないか――
「騎士ロランドの言いたいことは分かる。僕もこの間まで学生だったからね、他人事でなく面目ないと感じるよ。こうした問題は結局、世のなかの他の部分とも根っこで繋がってるんだ」
学者へ戻る学生の列はいつしか途切れ、俺たちはハーランの後についてまたゆっくりと鋪道を進んだ。しばらく進むと、手入れの悪い防風林に囲まれた、小ぢんまりとした邸宅が見えて来た。
「自治会はあくまで学生と教師の合議による流動的な『組織』で、実体的な
ハーラン・ダ・ガンバは車から降りると、山高帽を脱いで胸に当て、左腕を屋敷に向かって展ばした。
「ようこそ、ここが我らの学部長、シンバリン・パイスティ教授のお宅さ」
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