第47話 潜入、花の学園都市

 つづら折りに入り組んだ山岳地帯を抜けて街道を西へ向かうと、なだらかな丘陵と草原がどこまでも続く雄大な風景が眼前に現れる。


 これがアイボリア大陸中部に位置するログレス中央平原――世にいう「中原」。 

 帝都ガランテをはじめとした多くの豊かな都市をふところに抱える、帝国の政治と文化の中心地だ。

 

「いいペースだ。この分なら午後の早い時間にレクトンに入れるな」


 吹きわたる軟風に向かって上半身を大きく乗り出し、リンが髪を風になぶらせた。


「あたし、ちょっと楽しみです。若様と二人きりで中原の都会になんて」


「……気を緩めるなよ。あくまでこれは仕事だ」


 はぁい、と形ばかりのふくれっ面をこしらえたリンが、次の瞬間ニカっと笑う。 

 

 準備に数日をかけたあとラガスコを出発した俺たちは、もうかれこれ六日の間旅を続けている。

 七日目の現在、俺に随行するのはリン一人。故郷から旅立ったときと同様にサエモドに二人で乗り込み、民間用の装備に戻したダダッカをサエモドの腰ブロック後部に吊り下げてある――アニメならバンクフィルムで処理しそうな絵面。

 

 人探しの任務に大がかりな武装はいらない。だが勢力圏を離れての行動には、何らかの不測の事態も起こり得る。そこで、念のために別動隊としてヴァスチフを積んだ運搬車トレッガーに、こちらとの距離を開けて追尾させてはある。

 彼らには、レクトンから少し離れた村に滞在してもらう予定だ。ソステヌートのダダリオ氏と同じく、そこにもハモンド閣下の旧知の人物が連絡員として潜伏している――ドローバ・ハモンドはこういったことには実に周到なのだ。

 

「さてと、到着前に計画をおさらいしよう――我々はまず適当な所に宿を取る。そうして拠点を確保したら、ハモンド軍の所属を隠した上でレスリー殿の知人を探し、ここ一年から二年の間の彼の消息を掴むのだ」


「はい、ええと、所属を隠すのはレスリー殿の身辺に危険を及ぼさないため、ですね?」


「その通りだ。理想を言えば学生証でも偽造して、学舎内まで潜り込みたいところだったが……」


 地方軍閥の長が手元に置かずにいる成人した息子、とあれば胡乱な人間や敵意ある輩が近づいてこないとも限らない。取り入って利用しようなどというのはまだいい方で、誘惑して資金を貢がせたり、洗脳して都合よく動かしたりと、想像をたくましくすればいくらでもきな臭い構図が頭に浮かぼうというものだ。

 

 リンの語彙や知識の範囲で軽く説明してやると、彼女はなるほどと感心したようにうなずいた。


「ところで、ハモンド閣下の息子さんなんて人が出てくると、若様はちょっと困ったりしません? 大丈夫なんですか、甥っ子ということで目を掛けられてたんじゃ……? それに、軍閥内にはいずれ若様が後継者に、と思ってる人もいたみたいですけど」 

  

「あー、その件なあ」


 俺は苦笑いをしながら首を横に振った。

 

「確かに、当初そんなことを考えないでもなかったが……私にとってはそれ以上に重要なのは、早死にしないようにすることだったからな」


「ああ。何でしたっけ、お坊様の予言とか言う……」


「うむ、それだ。多分あの予言で警告されていた危険からは遠ざかったと思うが」


 リンが一瞬ぽかんとした顔になり、すぐにパッと笑顔がはじけた。

 

「ホントに! よかったぁ……ちょっと心配してたんですよ。若様、すぐ無茶するから」


「ああ、すまんな、いつも苦労をかけていると思う」


 利発でよく気が付いてはしっこい、こんな娘が自分をあれこれと案じて尽くしてくれる。ありがたいことだ。ともするとそれに甘えてしまうのがいくらか心苦しいし申しわけないが――


「それは良いとして、やはりその、閣下の後継者に、というのは私の志とは少し違う気がするな」


「そうなんですか?」


「我ながら器が小さいとは思うが、どうも上に立って責任を持つよりは、先頭に立って無茶をするほうが好みのようだ。いざというときに、自由の利く身でありたいとも思う」


 言葉にしたあとで、やはり自分は不実だなとうんざりした。

 

「えーえー、分かってますよぉ。あのお姫様、ソリーナさんをいつでも助けに行けるようにしておきたいんですよね! ホントにもう、この若様は……負けませんからね、私!」


 いや、それは勝ち負けの問題ではなく――などという抗弁は、聞き入れてもらえそうにもなかった。それでも、二人きりの旅路にリンはなお上機嫌なのだった。

 

 

         * * * * * * *

         

         

 昼過ぎしばらくして、俺たちのサエモドはレクトンの入り口に到着していた。なんとなく風景に違和感を覚える。俺自身はその正体に気づけずにいたが、すぐにリンが教えてくれた――

 

「え、こんなのって大丈夫なんですかね……若様! この町、城壁がありません!」


「む、そういえば……!?」


 戦乱の世にあって高い城壁を設けず、レクトンの周囲は見事に整えられた人工林で取り囲まれていた。恐らく防風林、防砂林の類なのだろう。主要な街道につながる通りには凱旋門のようなゲートが築かれ、そこに簡単な検問所があるばかり。それすらも今は開け放たれている。


「帝室の威光がここまでは及ぶということか、それとも……」


 何か別の理由があるものか?

 

 奇妙なことは他にもあった。ゲートの上、水平に渡された石造のまぐさに沿って色とりどりのモールや花索はなづなが掛けられ、通りに並ぶ街灯には、キラキラ輝くビーズか何かがちりばめられた、大小さまざまな人や動物を象った細工物がぶら下げられているのだった。

 その飾り付けられた街並みを、幾組みもの着飾った若者たちが男女問わず肩を組み手をつなぎ、あるいは騎馬戦よろしくやぐらを組んで練り歩いていた。中には酒瓶を片手に或いは仲間内で回して、痛飲しながら通りを蛇行するものもあった。

 

「何の騒ぎだ、これは……」


「お祭りじゃないですかね、何かの」


 そういえば季節は秋。地球ならばワインの新酒を仕込み終わるころだが。ここは学園都市――まさか、学園祭だろうか!?

 

 よくよく見ていると、どうやら若者たちは酒を片手に練り歩きながら、街路への飾り付け作業を進めてもいるらしかった。と、そのうちにちょっとした騒ぎが持ち上がった。

 若者――恐らくは学生たちだが――彼らは大きく二つのグループに分かれて、怒鳴り合いを始めたのだ。

 

 ――知をかび臭い図書室の中だけに閉じ込めるな! 

 ――我々レクトン工科大学はァ! パイスティ教授の改革案を支持するッ!


 ――世迷いごとを! 知は権力! 支配をつかさどる者の至高の力なり!

 ――帝国法学院はエイミュー文教大臣と共に、レクトンの伝統を堅持するものである! 

 

「お、おお……何だ? これは」


 揉み合う学生たちはどんどん増え、俺たちのサエモドはあっという間に人混みに包囲されてしまった。目ざとい学生の一人が俺のサエモドに残った弾痕や、マウントリングの上でカバーに包まれた機銃に気付いて、指さして叫んだ。

 

 ――軽歩甲だと!? 見たまえ諸君、この学びの聖地に兵器を持ちこむ者がいるぞ!

 ――工科大の手引きで潜り込んだか! どこの軍人だ!?

 

 ――は、何言ってんの、こんなの法学院が裏から手を回したのに決まってるわ!!

 

 言い争いは次第に激しくなり、意味をなさない怒号の応酬に変わっていく。いまにもつかみ合いの喧嘩がはじまりそうだ。あ、何人かが舗石の破片を――

 

「ちょっと、どうします若様。これ不味いですよこのままじゃ」


「むう、嫌な騒ぎに巻き込まれたな……」


 地上五メルトの高さはあるが、戦闘室はオープントップ。連中がU字フック伝いに上がってきて、俺たちを引きずり下ろすのは時間の問題だ。

 かといって機体を下手に動かして学生たちに怪我でもさせれば、俺たちはあっという間に行動の自由を失う。そうなれば任務遂行は不可能――

 

 焦っていると、ふいに街路の奥、レクトンの中心方向からなにやらけたたましい音が聞こえて来た。兵営のラッパに似ているが、もっと鋭い――ああ、これはもしやクラクションか?

 

 続いて、拡声器を通した誰かの声が辺りに響き渡った。

 

「それまで、それまで。君たち、大学祭前に暴力沙汰なんて恥ずかしくはないかい? 争いがあるなら投票か、学識や技術を競って勝負しよう。大学祭こそ、その絶好の機会じゃないか」


 声の出どころを目で追うと――

 

 掃き清められた石畳の上を、一台のが山高帽を頭にいただいた青年を乗せて、こちらへ走って来るのが目に入った。一見するとそれは、車体に比して大きな蒸気罐をそなえた、初期の蒸気自動車か何かのように思われた。

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