第46話 探索任務
正門わきの駐機場は外来者向けで、基地内の一般区画とは金網のフェンスとゲートで隔てられている。ピックアーブ三
「なるほど、風変わりな機体だ」
俺は率直に感想を口に出した。
軽歩甲パルグル(パーグル)は側面の投影面積が大きく前後に長い戦闘室を持ち、それに対応するように脚部も接地部分が前後に長い。装甲で増加した重量を支えるためか、膝関節周りの屈伸に使うダンパーは長めのストロークを持たされている。
あと目立った特徴としては腕がかなり長く、戦闘室下面からはその後ろに位置する下半身の歩行車台を守る形で、エプロン状の分厚い装甲がアームで懸架されていた。ちょうど、重戦甲の後尾駐鋤を簡略化して前方へ持ってきたようにも見えた。
そして、何よりも注目すべきは――
「ふむ、大きいな……あの砲は何だ?」
分厚い装甲板を斜めに組み合わせた戦闘室の正面に、九十メリか百五メリ辺り、大口径の火砲が砲身をのぞかせていた。一般的に軽歩甲の車体に搭載して使う火砲は、口径五十五メリ、砲身長二十二口径程度の短砲身バレル・シューターだが――
「や、あれは九十メリのシューターです。ちょいと切り詰めて無理やり積み込んでますが、それでも三十五口径ありやす」
「強力よォ」
ピエゾとシグルンが口々に請け合う。
「切り札というわけか。だがそれだけの長い砲身をあの戦闘室に収めるとなると、仰俯角はほとんど付けられないのではないか?」
「もちろんそうですが、それは機体側を動かしてカバーできますし。戦い方も工夫次第で」
「なるほどな」
突き出した砲口にカバーでも掛けておけばギリギリまで手札を伏せておける。或いは物陰に隠れて一撃必殺を狙う、といったところか。
そしてその手札をあっさりこちらに晒すということはつまり、彼らは心底から我が軍で働く気でいるということだ。
「……整備も行き届いているようだ。この機体で稼ぎ、生き延びてきたという点は高く評価できるな。よし、気に入った」
笑みを浮かべてうなずいて見せると、男二人の表情がさぁっと明るくなった。
「それじゃあ……!」
「うむ、試験採用としよう。先ずは任務を一つこなしてもらう……時間と金がかかると思うが、必要な資金はここの経理に申請しろ。私から話を通しておく」
言いながら、俺はわずかに声が震えるのを必死で押し隠した。こんな風に責任を引き受けて人を使ったことなど前世では無かったし、今生でもまだそんなに経験がない。だが、ハモンド閣下ならこんな風にやるはずだ。俺もそのやり方に倣うべきだ。
「そのように仰るということは、だいぶ歯ごたえのある任務という事ですな?」
ハブマックが慎重な様子を見せてこちらに探りを入れて来た。いい傾向だ。相手の話の裏まできっちり確認しようとするのは、時と場合にもよるが成功の秘訣と言える。
「ああ。だが、君たちが
俺たちは話をしながら敷地内の大きな格納庫まで移動した。ここには俺のヴァスチフをはじめ、ハモンド軍が擁する
「やっ、これは……」
メカに詳しいらしい長兄のピエゾが、短躯を反り返らせてそのシルエットに目を走らせた。
「ハースキン……ですかこれァ!? 大陸南部で使われてた、火力支援重視型の重戦甲だ! こんなレアものを拝めるとは」
「分かるなら話が早い。こいつは私の前任に当たる騎士が、最後の出撃に先立って修理に回した機体でな。大した損傷ではなかったが、替えの部品が手に入らずお蔵入りになったそうだ。これを使えるようにしたい」
ピエゾがいぶかしげにこちらを見た。
「……戦力的にはリドリバ辺りで更新してもよさそうなものです。なぜ、この機体を? 直してもまた部品調達に苦労しますよ」
「これは前任者――アルパ殿の家に伝わったものでな。弔いは済ませたが、出来れば完品に戻して返還したいとのハモンド閣下の意向だ。それに、直しておけば返還前に一度くらい、役立てる機会があるかもしれんさ。まあ、ロマンというやつだな」
「ロマン?」
いぶかしげな顔をされてはたと我に返る。ええい、これもこっちの世界では通じない類の語彙と言い回しだったか――
「ああ――要するにその、なんだな。部下の家族への配慮と、マシンに宿る機縁を重んじたい、ということだ」
「なるほど……! 大義にもとらぬ姿を示す、ということなのでしょうな」
「まあまあ、そうともいうかな。ピエゾ君の言う通り、これは南部に起源をもつ機体で、幸いにそちらには我が軍の輸送路が通ってもいる。必要なら随行の兵士をつけよう。命令書も持たせる。他にも便宜を図れるものがあれば申し出てくれ」
「かしこまりました! やってやります」
「我らピックアーブ三
「楽しぃ任務になりそうねぇ」
話が早くて助かる。彼らはなかなかに乗り気のようだった。俺は整備担当の下士官たちにあとを任せると、守衛詰め所まで戻ってダダッカにまたがり、ハモンド閣下の元へ向かった。
今度は、俺が任務を受ける番だ――たぶん。
「お待たせしました、閣下」
ハモンドの執務室に入ると、例によって彼はトレーに盛り上げられた携行食量の山と共に書類に取っ組んでいた。
「うむ、よく来た。ちょっと待っておれ……全く、もう少し事務方の人員を増やさんと、こまごました案件までわしに決済が廻ってきて叶わんな。まあ、お陰で隅々まで把握できるわけだが――よし、これで一段落」
ドローバ・ハモンドは手元の書類にサインを済ませるとこちらへ向き直った。
「守衛所の件は?」
「面白い人材を得ました。私の判断で試験採用とし、しばらく各種マシンの機体発掘と情報収集をやらせようと思います」
彼はそれを聞くと、口元にこぶしを当てて愉快そうに咳ばらいをした。
「ふっ、それは独断というべきだな……いや、結構結構。お前のように自分で判断できることは自分で処理してくれる者ばかりだと良いんだが」
「痛み入ります。独断専行は常に自ら戒めておりますが匙加減が、なかなかに」
「それを分かっておるから、お前をその任につけておるのよ……さて、その間にわしもだいたい腹が決まった――」
「何なりと」
「中原に、レクトンという町がある。知っておるか?」
「……名前くらいは」
実のところは、もう少し詳しいところまで耳にしている。帝都から少し離れたところにある古い学問の街だ。二つほどの大学を中心に、図書館や研究機関が立ち並び、学生やその身の回りを世話する従者が――この世界で学生になろうというのは、だいたい裕福な家の出来のいい子弟だ――下宿屋や寄宿舎で暮らしているという。
イメージとしては、十九世紀ころまでのドイツ、イタリアの大学都市がだいたい当てはまるか。
「そこに行って、人を探してほしい。年のころはそうだな、お前より五歳ばかり年上だ。そろそろ大学を卒業していていいはずだが、一年以上連絡がとれん……」
ハモンドは一瞬だけ消沈した面持ちになり、すぐに笑みを取り繕ってため息をついた。
「閣下のご親戚か何か? 大学へやるような年頃のご親戚があるとは、初耳ですが」
「息子だ」
「……なんと」
「事情あって母の姓を名のっているが――叶うならこちらに呼び寄せて、わしを補佐してもらいたい。軍学や行政手続きについて学んでいると伝え聞く。ゆくゆくは後継者になってくれる事を願っておる」
そうか、と俺は納得感が胸にすとんと落ちたのを感じた。ドローバ・ハモンドは五十代後半の男盛り。若い日に全く女出入りがなかったはずもなく、いい年の息子の一人や二人居ても何もおかしくはない。では、ハモンド軍にも組織と勢力が次代へ受け継がれる目があるわけだ――ギブソン軍がそうであるように。
「名前は……レスリー。母方の姓はウクレ。レスリー・ウクレだ」
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