第42話 合流

 ソステヌートのギブソン軍には、少なくともあと数輌の重戦甲カンプクラフトがいるはずだが、その位置がなかなかつかめない。

 俺は聴音器の感度を上げて外部の音に耳を澄ました。重力中和装置ベクトラの駆動音にかき消されながらも、歩行マシンらしき足音があちこちから聞こえる。


 いくつかの、むしろ軽快な足音に推進器スラスターの噴射音が伴っているように思えた。最低でも、三輌はいる。

  

「流石にライトはけないか……」


 レーダーのないこの世界で、夜間戦闘は難しい。カメラを通して赤外線を視る事の出来る一部のマシンをのぞけば、視界を得るためにはライトをつけるしかないのだが、それでは自分の位置もさらすことになる。

 

 闇の中からの集中砲火を警戒して、俺はリドリバを移動させ続けた。コルグたちを援護するために取った行動だが、密集した住宅の屋根に陣取ったことで俺は相当な不利を背負わされている

 民家の多くはせいぜい二階建てだが、それでもいくつか、抜きんでて背の高い建物は点在していた――寺院の鐘楼や集合煙突、大きなホテルや行政機関の庁舎。そうしたものを遮蔽に取りながら、俺は敵影を追って攻撃のチャンスを探り続けた。

 

 ドムッ……!

  

 不意に聴音器が鈍い発砲音を捉える。一瞬体が硬直したが、着弾の兆候はない――と、モニター画面が白色光で満たされた。

 

(――何だ!?)


 更に同じ発砲音が、二つ。モニターの光量が自動的に絞られると、それが煙を上げてゆっくりと下降してくる光球だと分かった。

 

「照明弾か。なるほどな!」


 敵も考えたらしい。ライトではなく照明弾なら、光源を自分の位置とは別にすることができるからだ。

 

(だが!!)


 照明弾で位置を暴露されて、じっとしているほどこちらも莫迦ではない――即座に重力中和装置ベクトラの回転を上げ、残り少ない推進剤を消費して、俺はリドリバを緊急退避させた。その後を追うように、数発の七十七メリ弾が飛来する。

 

 その発砲炎の方位と距離を、リドリバの火器管制装置は即座にマークしていた。

 

「撃たなければ、撃たれずに済んだものを!!」


 振り向いて応射、三発。有効弾は期待していなかったが、うち一発が敵リドリバの頭部装甲を抜いたようだった。電気系統が破壊され、闇の中に青白いスパークが飛ぶ。


「一つ!」


 七十七メリシューターの装弾数は十発、これで残弾は五だ。

 倒した機体の奥から、新たにもう一つ発砲炎。辛うじてシールドが間に合ったが、その一瞬の間に新手のポータインが推進器を全開にして飛び込んでくる。二発目の命中弾を受けて、こちらのシールドが半壊した。


「この距離は、まずいな……!」


 ポータインの機動力を発揮されると、シューターでの狙撃は難しい。大物食いを狙う軽歩甲シュテンクラフトが炸裂範囲の広い噴進砲ロケットをあえて装備する所以だ。

 さらに恐るべきことに、そいつはこちらへ突進しながら、装備していた小ぶりのシールドとシューターをあえて捨てた。一瞬後ろに回った右腕に、電熱短剣スキナーが赤くきらめく。


「こいつっ、コルグのような戦法を使う!」


 反応が間に合わない。俺はリドリバの胴部接続ケーブルを切断されて、撃破されるはずだった――だが、ただ一つのミス、敵士官の誤解が運命を分けた。

 ポータインはこちらの弱点部位に電熱短剣を打ち込もうと、急制動をかけて重力中和装置ベクトラの出力を落とし、疑いもせずに屋根の上への着地を行ったのだ。コンクリートと木材で作られた脆弱な民家は、たちまち砂糖菓子のように崩れてポータインの脚部を飲み込んだ。


 ――し、しまったぁ!?


 拡声器から敵士官の悲鳴が響く。俺はシューターを放り投げると、腰のラックから戦長剣ウォーソードを抜き放って、ポータインの頭部を切り飛ばしていた。


         * * * * * * *


 やがて推進剤が尽きた。屋根の上に陣取っているメリットはもうあまりない。俺は再び駐機場へと後退し、こちらを包囲しようと集まってくるギブソン軍の歩行マシンを、程よい距離に保って引き回す作戦に切り替えた。

 撃破した敵からはときどきシューターやシールドを回収でき、近衛騎士のために鍛えられた戦長剣はまだ刃こぼれ一つついていない。バッテリーは次第に減っているが、当面は戦い続けられそうだった。


 こちらがじりじりと敵をすり減らす間に、ジャズマン邸の周辺では数度にわたって発砲音と爆炎が上がり、何かの倒壊する音が響いていた。直接そちらの様子をうかがうことはできないが、コルグたちは上手くやっているらしい。やがて明け方近く、ついにジャズマン邸の敷地内から火の手が上がった。


〈ロランド氏?〉


 コルグから通信が入る。さて、作戦が佳境であればこちらに連絡を取る余裕もあまりないはずだが。


「コルグ君か。こちらは何とかまだ粘れている。そちらの状況は?」


〈それなんだが、悪いニュースだ……ジャズマン氏は殺されていた。占領直後に射殺されたみたいだ。屋敷の地下に遺体が放置されてた〉


「何と……」


 予想はしていないでもなかったが、やはり最悪の事態だ。このままなら十中八九、ウナコルダ義勇軍はばらばらになるだろう。


〈いやあ、ひどいもんでしたよ。あいつらよくあの屋敷で、平然と飯なんか食えてたもんだ〉


 ああうん、フェンダーお前はちょっと黙れ。


〈金塊は確保した。だけど、これじゃあ……〉


 コルグが弱々しく語尾を濁す。俺は胸に何か苦く熱いものがこみ上げるのを感じた。

 もしも、本当に彼の志が原作アニメと同じく、旧王家の末裔としてこの乱世に立ち、仲間を集めて民衆のために働くことであるならば。その程度のことで意気消沈してどうするというのか。


 俺はその瞬間、心を決めた。


「何を迷うことがある! コルグ君、これこそまたとない機会であるはずだ。起ちたまえ! 資金もある、仲間もいる。辺境で掘り出してきた武装もある……! 義勇軍という枠組みにこだわる必要も、もはやあるまい。君はこんな日をこそ待っていたはずだ!」


〈ロランド氏……! し、しかし俺は……第一、それではジャズマン氏の事業の横取りに〉


「逆だよ、コルグ君! 君が引き継いでこそ、ジャズマン氏の志を無駄にせずに済むのだ。そして彼の事業は君という後継者を得てはじめて、より広く、高い理想を目指すものとなる……!」


〈そ、そこまで……!? お、俺は――〉


 コルグの声に、戸惑いの他にもっと強い感情が加わっていた。そうだ、それでいい。


〈ロランド殿ぉ。なんか景気のよさそうな話ですな。俺も、もうしばらくコルグさんと行動を共にしてみたくなったんですが〉


「構わんぞ。閣下には私からうまく報告しておく。だが、連絡は維持しておいてくれると助かるな」


〈そりゃもう、もちろんです!〉


 これはある意味既定路線。フェンダーは原作でも、一時期ロランドの麾下を離れ、コルグの一党に身を置くのだ。

 その際には確か、ソリーナも――


 ふとそんなことに思い至った、その時。コクピット内にアラートが鳴り響いた。制御盤の各種表示に目を走らせる。


 ――バッテリー残量:5パッセン


「まずい……!」


 あと一戦、フルパワーで格闘を行ってギリギリの数値だ。そして、北門の方角から急速接近してくるマシンの歩行音――やけに量感のある、見慣れないシルエットが目に入った。


 ――ロンド・ロランドぉ! いつぞやの屈辱、ここで晴らしてくれる……この重装型・リドリバ改の力、見るがいい!!


 知っている声だった。ギブソン軍の情報将校。ウナコルダで暗躍し、ソリーナの誘拐をはじめ数々の謀略を手掛けてきた男。

 

「セザール・カシオンかっ! よかろう、再戦望むところだ!」


 思わず堂々と返してしまったが、内心はほぞをかみ砕いて吐きださんばかりの思いだった。絶体絶命。シューターはほぼ弾切れ、回収できる位置に擱座した敵の機体はなく。

 リドリバ改といえば装甲を大幅に追加し、その分各部のパワーも増強された拠点防衛特化の機体だ。こちらの戦長剣がいかに業物でも、一合で切り捨てられる相手ではない。


(これは……最悪組み付かせておいて脱出でもするしかないか)


 どこぞ別のアニメならそこから機体を自爆させて相殺を狙うところだが、あいにく重戦甲には爆発させられるような燃料タンクも核融合炉もない。ともかくハッチを塞いでしまわないよう、組み付き方に注意して……


 ――ドゥン!!


 鈍い砲声と共に、リドリバ改の頭部が吹っ飛んだ。


「なっ!?」


 にわかに耳を圧して響く、大型重力中和装置のパワフルな駆動音――見上げれば、部下たちが潜む岩山その中腹ほどの高さ。ハモンド軍の鈍い赤紫色に塗り替えられたブラーマン級打撃艦シュラックが、悠然と浮かんでいた。

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