第41話 タイム・アタック

 兵士を倒した場所から二十メルトほど歩いた先に、ソリーナの機体があった。

 ライトグリーンに塗装されたカプリコン型運搬車トレッガーの上に、仰向けに寝た形で固縛されている。どうやら起動キー不在のまま持ちだすだけ持ちだすつもりだったらしい。

 

「……危ないところだったな。だが、そうはさせん」


 機体をまたぐように掛けられた、ワイヤーロープの様子を確かめる――

 

「何だ? ひどい手抜きだな……これでは一か所切れたら全部解けるではないか」


 あまりこの手の作業に慣れていない兵がやったのだろう、荷台のワイヤーフックを次々と通して、繋がった一本の長いロープがまるで靴ひものように掛けてある。重要な貨物を運ぶ際にはあまり褒められた手際ではない。ロープの掛け方そのものもいい加減で、コクピットの開放阻止が全く考慮されていなかった。

 ――とはいえ、これは好都合。腕も一本位ならばこの状態で動かせそうだ。


 コクピットの開閉装置を手探りで確かめる。ほどなく指が目的の個所を探り当てた。

 スイッチを押し込むと装甲襟カラーがスライドしてロックが解け、分厚い装甲ブロックで覆われたハッチが跳ね上がった。この姿勢の機体に滑り込むのは少々やりにくいものがあるが、贅沢は言っていられない。

 

「ソリーナ嬢……家伝のリドリバ、いまひとたびお借りします――」


 コンソールに挿した起動キーをぐっとひねった。甲高い振動音と共にパネルに明かりが灯っていく。重力中和装置はまだ起動せずに、先ずは腰の武器ラックを確認。戦長剣ウォーソードがある、前回と同じだ。それと、右のラックには電熱短剣スキナーも。

 

(あとは盾とシューターがあれば上々だが……んっ?)

 俺は制御卓の表示情報に目を走らせ、一瞬目を疑った。バッテリー残量、五十五パッセン――ちょっと待て、何だコレは。

 

「充電を忘れるとは……!」


 この世界の蓄電池は実のところ前世で俺が知っていたものよりも性能がよく、普通は長期間放置しても存外に残量が維持される。短期間で一気に消耗するのは重戦甲で使用する場合くらいのものだ。

 つまり、このバッテリーの減り具合は放電によるものではなく、練習で乗り回していたであろうソリーナの責任ということになる。

 

「アテが外れたか? まずいな……」


 以前にポータインを擱座させたときの記憶を辿る。ほぼ満タン状態で損傷したあの機体が、砲車モードで消耗を抑えながら移動することまる一日でバッテリーを放出しきった。

 激しい戦闘を行えばだいたい消費は二倍になる。五十五パッセンの残量からスタートすれば、フル稼働で六ないし五時間といったところか。


「ハモンド閣下の到着まで何とかもつかどうか、だな」


 おそらく例の打撃艦は、付近まで来たうえで夜間の航行を避けて停泊したはずだ。朝になれば動きだすだろうし、市内の動向を察知すれば行動はさらに早まるかもしれない。


 それまで持たせるつもりなら、消費の大きな電熱短剣スキナーは使えない。俺はリドリバの腕を操ってワイヤーを引きちぎった。張力の支えを失って、ワイヤーが辺りを跳ねまわる。戦長剣ウォーソードを装備して、リドリバが立ち上がった。

 甲高い持続音と共に、重力中和装置ベクトラが回転を始める。せいぜい派手に立ち回ってギブソン軍の目を引きつけ、コルグたちを動きやすくしてやろう。少なくとも、先ほど見かけたポータイン二輌は仕留める必要がある――


 モニター画面の隅で、淡緑色の機体が動いた。ギブソン軍のリドリバだ。


 ――鹵獲品のリドリバが動いて……? 誰が乗ってるんだ!?


〈そこの青いリドリバ! 操縦者は誰か?〉


 拡声器で誰何されたときには、俺は既にソリーナの近衛用リドリバを走らせていた。シューターを向けられて一瞬肝を冷やしたが、相手は撃てないままに俺の接近を許していた。

 向こうにはとっさの迷いもあったろうし、この距離なら装備が軽く出力が高いこちらに分がある。


「私はハモンド軍筆頭騎士――ロンド・ロランドだ!」


 戦長剣ウォーソードの一撃で、敵リドリバの右腕を叩き切る。そのまま右肩のタックルで押し倒し、倒れたところへさらに剣をねじ込んで左腕をもいだ。


「装備は頂いた、礼を言うぞ」


 戦長剣をラックに収め、連動ケーブルを引きだしてシューターに接続。盾を左腕に装備し次の標的を求めて走る。バッテリー残量は五十パッセン、起動時の負荷と今の格闘戦で、予想以上に消耗していた。


 コルグと連絡を取らねば。通信機の受信周波数を1448kmzケロメルツに合わせると、すでに向こうから呼びかけが入っていた。


〈ロランド氏、ロランド氏! 聞こえてたら応答してくれ――ソリーナさんのリドリバが動いてる。あなたなのか?〉


「そうだ。状況を教えてくれ、なぜこんなことになっている?」


〈フェンダー氏が、ジャズマン邸の内偵をやってたんだ。それで、ギブソンの兵に乱暴されかけてたメイドを助けようとして乱闘、窓を破って逃げ出す羽目に――〉

〈だってなあ、あんなとこ見せられて黙ってられませんよ!!〉


 コルグの無線応答に、不意にフェンダーの声が割り込んできた。


〈それにですね、奴らは明日の朝には資金を持ちだすつもりなんだ。そいつが分かったら、もう動くしかないでしょ!〉


「フェンダー! そこにいるのか? まったく、私の目の届かないところでゴソゴソしてると思えば、要らぬトラブルを呼び込みおって……だが、よくやった!」


 不本意だが、彼にはそう言わざるを得ない。結果的にはこれが最高のタイミングだったのだ。仕込みに時間をかけてぐずぐずしていたら、結局資金奪回の機会はなかっただろう。今のこの状況をスタート地点として、目標達成のために動けばいい――むしろそれ以外にない。


〈ロランド氏、こっちのガラトフやサエモドじゃ、真っ向から重戦甲カンプクラフトの相手は厳しい。引き受けてくれると助かる〉


「もとよりそのつもりだ、任せたまえ。だがこっちにもバッテリー残量の問題がある。長くはもたん、急いでくれよ」


〈わかった!〉


 俺が今いる場所からは、コルグたちの動きは見えない。だが、先ほどコルグたちが移動していった動きから考えるに、シャッフル通りを北上してジャズマン邸北側の大通りへと抜けて、その先でフェンダーを拾い上げたのではないかと思われた。


 その一方、先ほど駐機場から出て行った重戦甲と兵士たちの一団は、ストンプ通りを東へ進んでいた。コルグたちがシャッフル通りへ後退するとすれば、途中で一か所、危険なポイントがある。


 このブロックの中ほどを南北に貫く、軽歩甲では通れない幅の細い街路――ここはまるで、分厚い城壁にうがたれた銃眼のようなものだ。通過する際にストンプ通り側から、反撃の危険なしに狙撃できる。

 そして通常型のポータインなら、夜間でもそれが可能なだけの頭部カメラを具えているのだ。


(軽歩甲で七十七メリの直撃には耐えられん。榴弾の弾片を浴びただけでも乗員が死ぬ……だが!)


 俺は近衛用リドリバを小さく跳躍させた。空中で重力中和装置ベクトラの出力を上げ、手ごろなビルの屋上で重力と拮抗させる。

 重戦甲ならではの機動だった。重力中和装置のおかげで、平面ならばさほど強度を気にせず足場にできるのだ。


「市民の家屋敷を無碍につぶすわけにもいかんからな。さて、ポータインはいるか?」


 リドリバの頭部カメラでストンプ通り沿いを見渡す――いた。一輌が腰を落としてシューターを構え、街路の入口を指向して砲撃準備に入っている。駐機場での騒ぎには気づいていなかったらしい。


「させんよ……!」


 一発目をわざとそらして撃つ。徹甲弾がポータインの装甲面に跳ね、機体がガクンと揺れた。着弾に気づいたポータインが頭部を回し、カメラと、次いでシューターをこちらに向ける――それが狙いだ!


 砲声一発。本命の徹甲弾が青く光るレンズカバーを粉砕し、頭部を貫通して駆け抜けた。視界を失ったポータインを尻目に、俺は次の獲物を探してリドリバを屋上伝いに走らせた。


 バッテリー残量四十八パッセン。夜明けまでには、まだだいぶ時間があった。

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