第35話 緊急指令P.D.R.N.
「各班点呼! 脱落者、行方不明者はいないか!?」
パール氏が無線で呼びかける。彼は集まった輸送業者に対して、個人営業の者には臨時で班を編成させ、既存のキャラバン同様に通信網に組み込んでいた。
〈第三班、異常ありませぇん!〉
〈ゲラルト運送、異常なしだあ!〉
無線機には次々と返事が飛び込んでくる。作成したリストと照らし合わせたかぎり、落伍者はいないようだ。ほっとする。
砂嵐に隠された遺跡は、パール氏の言う通りに青い光の照明を煌々と灯していた。
「よし、わしが先頭に立って入るぞ」
パール氏は明るいグレーにブルーの水玉模様を散らした、彼専用のガラトフに乗り込んで遺跡の入口へ向かった。ここは開閉機構が壊れているのか、最初から壁に巨大な横穴が口を開け、そこから斜め下へとなだらかなスロープになっていた。
コルグたちもガルムザインを
〈あったぞ!
無線機に入ってきたコルグの声は、さすがに上ずっていた。
――よし、行くぞ!
――これで一儲けだ!
ギラついた欲望を丸出しに、運び屋たちが入口へと殺到していく。
〈バカタレ共! 仲間内で争うんじゃないぞ。これはまとめて依頼主に納入し、その金をみんなで分けるんだからな。公平にやるんだ、公平にな!〉
パール氏のドスの効いた叱責が飛ぶ。男たちは途端におとなしくなり、表立ったいさかいや不満の声は影を潜めた。
――お、俺ぁやっぱり、金より
――俺は
虫のいいことを言っている声は聞こえてくるが、こういうのは大体軽口だ。叶えば叶ったで喜ぶだろうし、ダメでももともと、と割り切っている手あいなのでそれほど心配はいらない。むしろ、何も言わないやつの方が怖い。
〈うーん、まずは一輌出して状態を見てみるわよ。フレームだけって感じでよくわからないのよねぇ〉
デイジーが少し困ったような声で伝えてきた。
「分かった、出してくれ」
「あー、ロランド殿?」
フェンダーがそばに来て耳打ちのようなことをする。何だ急に、気持ち悪い。
(今船にいるの、我々だけですよね……これはチャンスなのでは)
「んっ!?」
言われてみれば確かに、今船にいるのはクロクスベ隊のものがほとんどで――
(いや、ダメだろう。シャーベルやグレッチはまだ、残りの隊員とともにソステヌートにいるんだぞ。合流して拾い上げるとしても、ひどい鉄火場になるに決まっている。今は我慢だ)
(そうですか……どうも嫌な予感がするもんで)
「ふむ……」
そういわれると気になる。この男の生存本能と危険への嗅覚は、確かに並外れている。
「今はダメだが、その進言は心に留めておく。いつでもテーブルをひっくり返して走れるように、心の準備をしておこう」
「お願いします」
遺跡の中から最初の一輌が運び出された。ガルムザインが黒光りするフレームを抱えているのが見える。地面に横たえられたそれを、デイジーが細部まで検めていく――
〈コクピットブロックのそばに、やっぱり銘板があったわ。P.D.R.N.って書いてあるみたい。パ……『パドロナ』とかかしらね」
「母音を記さないとは、グル・ウルたちの文化は実に困ったものだな……『プドラン』かもしれん」
するりと口を突いて出た。TVアニメにゲスト的に出てくる機体でそんなのがあった憶えがあるのだ。
表記の不思議については、まあなんとなく想像がつく。
口の構造上、
あの言葉を文字にするなら、こんな表記になるかもしれない。
〈ふうん。なんかロランドさんって、妙にマシンや技術に詳しいよねえ……もしかしてあれ? これの装甲着せたっぽいやつとかどっかで見てる?〉
「いや、まあその……うちには『操典』の珍しい分冊が、写本で残っていてね。その中に、名前だけ残っている機体が……」
出まかせである。
〈かーっ、いいなあ! 昔から騎士やってる旧家ってのはこれだからなあ。それ、私が読んだことないやつよ多分。コルグの家にも色々あったけど、あれも結構歯抜けでさ……うん、じゃあプドランって呼びましょ〉
「うむ、分かる。歯抜けは本当に辛いのだ」
そう、辛いのだ。
運び出しと積み込みで、およそ一日半かかった。重戦甲二輌と軽歩甲六両ほどで作業に当たれるのは大きい。まともに動きそうなものは多くなかったが、それでも十二輌の「プドラン」が納入出来そうだった。
他には八十五メリという妙に半端な口径のシューターが二十ほど、予備のパーツにできそうな不完全なプドランがフレームで約二十体分、装甲も数体分はあった。
「装甲はつけられるだけつけてしまうか」
パール氏の号令で、五体分の装甲が取り付けられた。プドランは決して強力な機体ではなかった印象だが、それでもこの数は大したものだ。輸送隊の意気はこの上なく上がった。
「ポータインより安いとしても、おおよそ三十万レマルクは下るまい。それを十二輌か」
三百六十万レマルク。日本円にしておよそ五億の金が動くことになる。集まった輸送業者たちの台数割としても大変なものだ。
ともあれ、これを無事に運んで納入すれば、の話だが。
積み込みが終わった運搬車を隊列の中核において守り、再び砂嵐をついて遺跡を離れた。クロクスベがその上から周囲を監視する。慎重を期し鳥の影にさえ肝を冷やす、神経に悪い旅路が続いた。
辺境とウナコルダの境界にあたる、二つの山脈に挟まれた幅二十五ケロメルトほどの高原が見えてきた。ここまでくれば、あとは二日ほどでウナコルダの最東端、タブリプの関所へ差し掛かる、というあたり――
見張り台に立っていたゲインが何か異常を見つけたらしい。伝声管ごしに緊迫した声がブリッジへ届いた。
〈おう、ロランドの旦那! タブリプの方角に煙だぜ! それに、車輛がたくさんこっちへ移動してくるらしい――街道をはみ出して幅いっぱいに砂煙を上げてる!!〉
「何だと!?」
やがて、前方に迫るその車列からクロクスベに向けて通信が入った。
〈調査隊の船だな? クロクスベとか言ったか、こちら義勇軍のオベイ・フォデラ。救援を乞う〉
「フォデラさん!? コルグ・ダ・マッハだ、どうした、何があった?」
〈ギブソン軍が、山賊と糾合してソステヌートに急襲をかけてきた。俺の第一大隊はなんとか脱出したが、奴らはタブリプまで追ってきている〉
「なんてこった……! ジャズマン氏は無事なのか? 重戦甲を十二体掘り出してきたんだが、支払いがいるんだ」
コルグがさすがに顔色を青くした。少々混乱しているようだが、今ここでそれを訊いてもどうにもならない。
「コルグ君、ちょっと代わってくれ……ハモンド軍のロンド・ロランドだ。クロクスベに同乗している。そちらに乗機のない騎士は――重戦甲操縦者はいるか? ここまで来てくれれば、機体を提供すると伝えてくれ」
〈いる……六名ほどが不在時に乗機を破壊されて――彼らに伝えてみる〉
パール氏を通じて状況が伝えられ、出撃可能な重戦甲「プドラン」六輌が準備された。俺とコルグもそれぞれの機体で会敵に備える。
足の速い小型輸送車に乗り換えて、くだんの騎士たちが着いた。見たこともない機体に戸惑いながらも、彼らはその装甲の薄い重戦甲に乗り込んでいく。
(シャーベルたちはソステヌートにいたはずだ……どうなった? それに、ソリーナは無事だろうか!?)
心が千々に乱れるが、西からは次第に敵の混成部隊が姿を現しつつあった。
※ 義勇軍が入手した旧式重戦甲P.D.R.N.(プドラン)のイメージイラストをこちらの近況ノートで公開しています。
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