第36話 前哨

〈ロランド殿! 見えました、敵前衛部隊を確認!〉


 双眼鏡を持たせてクロクスベの艦首機関砲座バウ・タレットにつかせた兵士から報告が入った。義勇軍との最初の接触のときに右舷機銃を発砲してしまった、あの新兵だ。

 

〈前列から山賊カラーのリドリバ三輌、運搬車トレッガーから改造した自走砲が二輌! ギブソン軍のガラトフが十輌……噴進砲を持ってます! あとはギブソン軍のリドリバ四輌、ポータイン三輌。若干の後続もある模様!〉


「ご苦労! 監視を続けろ、新手が来たら知らせるのだ。お前が我々の目となる、頼むぞ!」


〈はい!!〉


 彼もずいぶんと当初の緊張が取れた。あの時の失敗については、その後の苦境が何よりの制裁となったわけだが、周りが上手くフォローしてくれたおかげでむしろその後の働きぶりは良好といっていい。

 

「さすがに数が多いな。どうするか……」


 こちらの戦力は、ガルムザインにウルフヘッド、ガラトフとサエモドが合わせて六輌、それにプドランが六輌と、そしてクロクスベ。圧倒できるほどではないが、やりよう次第では勝てなくもない。


 敵の動きは比較的ゆっくりしていたが、こちらの空中艦を認め警戒の動きを見せている。リドリバが七十七メリバレル・シューターを上空へ向け、砲弾数発分の火線がクロクスベをかすめた。


「クロクスベ、高度を上げて後退を!」


〈了解! 墜ちたら仕事にならんからな〉


 船長が軽口をたたきつつ船を退かせる。

 

〈ロランド氏! プドランは装甲がほとんどあてにならない、遠距離から砲撃してもらおう〉


 コルグからの通信――いいアイデアだ。

 プドランとセットで発見された八十五メリシューターはやや古い形式だが、弾殻の大きな榴弾を使用できる。支援砲撃の威力にもおおいに期待できるはずだ。


(さて、参ったな。いつの間にか俺が指揮を執る形になっているが……義勇軍のフォデラだったか、彼の大隊はこちらの指示を受け入れてくれるか?)


 そもそも、フォデラの戦力にあまり期待はできない。敗走してきた彼の部隊は士気が低下し、装備も十分でないはずだ。ここまで確認できた限りでは重戦甲カンプクラフトがリドリバ二輌、軽歩甲シュテンクラフトはサエモドが三輌――いずれも損傷している。あとは輸送車や運搬車を機銃で武装してあるくらいか。

 

 だが、歩行マシンを扱える人間がいるなら、彼らにもプドランを任せるという手がある。


(よし、出し惜しみは無しだ!)


「コルグ君、フォデラ隊のリドリバとサエモドの操縦者にも、可能ならプドランを回してやってくれ。あと、徒歩の兵にも経験者がいるかもしれん。この状況で重戦甲カンプクラフトを温存する意味はない」


〈分かった!〉


 コルグとフォデラ隊の間で、通信が目まぐるしく飛び交った。

 結果、リドリバ二輌はプドランへの乗り換えを断った。義勇軍の車列、最後尾が安全圏に逃れるまで守るというのだ。サエモドの三人は、うち二人が重戦甲を扱ったことがあり、乗り換えに来ることになった。


(ふむ、思い通りにはいかんか。だが、少しは戦力の強化になる)


「よし、プドランの砲撃に合わせて、我々は前進して敵を攪乱しよう」


〈いいね。こちらは九十メリを二丁持っていくよ〉


 そこへリンからも通信が入った。

 

〈若様! 噴進砲ロケットに気を付けてくださいね!〉


「分かっているとも!」


 噴進砲は軽歩甲の脅威度を大幅に引き上げる、厄介な武器だ。先日のポータイン中破でつくづく身に染みた。ただし――軽歩甲が噴進砲を使うというのは、強力な爆発物をむき出しで持ち歩く、非常に危険な行動でもある。であれば――リンの通信を契機に、俺の方針は決まった。まずは敵の軽歩甲をたたく。

 

「プドラン各機、敵陣第三列のガラトフに砲撃を! 榴弾を使用されたし!」


 俺はいわゆる砲兵のことについては疎く、間接砲撃の諸元を送るような真似はできない。だがプドランに搭乗した操縦者たちはその辺り上手くやってくれた。

 重戦甲は内部に高度な計算機を持っている。本体から延びたケーブルを介してこれをシューターにリンクさせることで、カメラでとらえた目標に対するシューターの弾道を最適化できるのだ。

 

 大きめの弾殻に炸薬を詰め込んだ八十五メリ砲弾が、移動中のガラトフに降り注ぐ。数秒の間は地面に着弾した榴弾の爆炎が上がるばかりだったが、やがて立て続けにふたつ、大きな爆発がそのリズムを乱した。さらにひとつ、ふたつ。隊列が乱れ、数輌がその動きを止めた。これで敵の軽歩甲部隊はほぼ無力化できたはずだ。

 

「プドラン隊は撃ち方終わり次第速やかに退避、射点を移せ!!」


 指示を出した直後に、敵の自走砲が砲撃を開始した。移動するプドランの後ろを、敵自走砲からの曲射が追っていく。合流しつつあったフォデラ隊の車輌が数台、巻き込まれて吹っ飛んだ。

 

「輸送隊、全車散開! 砲撃にやられるぞ!」

 輸送車部隊が互いの距離を開けていく。その中で、プドランをバックアップする運搬車トレッガーはそのままプドラン隊に追随していった。 その一方、一部で操縦を誤って味方同士でぶつかるものも出ているようだ。 


 まずは自走砲をつぶさねば。俺は先行するコルグの後を追った。

 敵陣からガルムザインめがけてシューターの火線が奔る。二発が命中――だが、天狼の白い装甲はわずかなダメージのみでそれを弾いた。装甲の強度もさることながら、巧みに機体を動かして浅い角度で受ける、コルグの腕があってこそなせる業だ。

 そしてスピード。リドリバが次弾を放った時、その射線の先にはすでにガルムザインはいない。

 

「バカめ、何処を見ている!」


 その山賊カラーのリドリバを、シューターで撃つ。七十七メリ砲弾は胸正面の分厚い装甲で止められた。だが、操縦者の士気は大きくそがれたようだった。

 彼らは勝ち戦のダメ押しのつもりで来ていたのだ――そのぬるい安心感が、ガルムザインの疾走によってたちまち薄氷を踏む不安にすり替わる。

 敵の動きが明らかに逃げ腰になった。俺は後退を始めたリドリバを盾もろとも蹴り倒し、その後ろ、再び旋回を始めた自走砲に榴弾を直射。操作盤についていた砲手が爆風と弾片になぎ倒され、砲弾が誘爆した。


 後方のギブソン軍本陣から、ポータインが進出してくるのが見える。だが、これはあまりに遅いタイミングだった。彼らは何を思ったか、速度とカメラ性能に優れ偵察に適したポータインを、後列で遊ばせていたのだ。


「同じ山賊なら、モズライト指揮下の連中のほうが、ポータインの使い方を分かっていたな……!」


 遠距離からの偵察、そして強襲と迅速な離脱。操縦者が優れていた部分もあるが、彼らは少ない数を上手く使っていた印象があった。その結果、アルパ・デッサはヴァスチフを使う機会もなく死んだのだ。


 だが今回はあの時のように、周囲の自軍兵士を気づかうハンデはなかった。ポータインの動きは流石に速いが、こちらのウルフヘッドも機動性は同格だ。


 残る自走砲が一射を行い、こちらの隊列に着弾。プドラン一機の中破と、フォデラ隊のリドリバに戦闘不能が報告された。だが、その時にはガルムザインが自走砲をつぶしていた。


「よし、全軍前進! クロクスベも上から圧力を加えるのだ、全砲門対地射撃!」


 クロクスベの武装や防御の詳細を、敵はまだ知らないはずだ。空中艦がいる、という事実がもうそれだけで彼らの士気をそぐ。逃げの体勢に入った敵に追いすがり、俺は電熱短剣スキナーを抜いた。


「そぉれ、斬るぞ斬るぞぉ、ケーブルを!!」


 ――う、うわぁあッ! 速いっ!?


 敵ポータインの拡声器から悲鳴が漏れた。

 同格の機体だが接近戦ならこちらに分がある。ウルフヘッドの電熱短剣スキナーに気を取られのけぞる敵のポータインを、すかさずコルグのシューターが撃ち抜いた。

 それが決定打となった。ギブソン軍と山賊の混成部隊は戦線を離脱。タブリプを放棄してソステヌートまで後退していった。


         * * * * * * *


 俺たちは追撃に転じた。

 損傷を受けたマシンや敵の残骸、不稼働機体の回収はパール氏と輸送部隊に任せ、クロクスベはフォデラ隊と共にタブリプへ入った。


 オベイ・フォデラの第一大隊は、ソステヌートに駐機してあった車輛のいくつかを回収して持ってきていた。どうやら、彼ら義勇軍の間では、参加者同士が起動キーを預け合うくらいには信頼関係が確立していたらしい。


 その恩恵をまず受けたのは――ゲイン・マーシャルだった。

 

「タウラスⅡだ! 持ってきてくれたのかぁああ! おぉーっほほほ、俺のタウラスちゃぁああん!」


 愛車である旧式の軍用運搬車トレッガーを目にして、彼は口づけせんばかりの喜びようを見せた。聞いたところによればあのタウラスは、用心棒家業の旗揚げに際してゲインが私費を投じたものらしい。

 

「気持ち悪いわね、もう! 普通にしなさいよ」


「何言ってんだ、これでガルムザインも二回は充電できるってもんだぞ!」


 運搬車(トレッガー)は重戦甲にとって電源車でもある。ガルムザインが長時間の戦闘を行うには、やはりそばにタウラスが必要なのだろう。


 街の奪還にいくらか元気を取り戻した義勇軍だったが、今やその半分をコルグが担う中枢部では、なにやら険悪な雰囲気が生まれつつあった。


「軍資金を押さえられた……!? ジャズマン氏はどうなったんだ」


「ジャズマンとは連絡が取れない。逃げ出すところを見た、という話もあるが……どうもギブソン軍に捕らえられているらしい」


「プドランの支払い、出来るのか……?」


 活動資金の半分以上を大商人、クルーマー・ジャズマンに頼っていた義勇軍は、ここにきて資金の枯渇に直面したのだ。



 俺はソステヌートに残っているはずの部下と連絡をどうつけるか、クロクスベを掌握してこの戦線から離脱するタイミングをどうするかについて考えながら、コルグたちの会議の様子を傍観していた。


(これは雲行きが怪しくなった。支持者から広く薄く金を集める方が、こういう場合のリスクは回避できるわけだよな……)


 そこへ。

 リンがやってきて、何ごとか耳打ちしようとする。俺はコルグたちを気にしながら、彼女に尋ねた。


(どうしたのだ?)


(若様にお客です。テヌートのトリング農場の方だと。若様に仕事を頼まれたことがあると言ってます)

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