第27話 皇家のマシンはイモまみれ
「これを私に!?」
振り向いてソリーナに訊く。彼女は階段の途中で、左腕を抱くようにして少しこちらから顔をそむけた。
「――貸すだけですよ!」
むう。とても大事なことのように念を押された。
「十分です。これがここにある意味は知る由もないが、今はこの上もない天恵だ」
左足をかばいながらコクピットへ駆け寄る俺に、ソリーナが叫んだ。
「私はここを離れます、二十秒後に出てください。母屋が崩れると思いますが、気にしないで!」
「
ハッチを閉じる。起動キーはいつからかわからないが刺さったままだったらしい。軽くひねると、甲高い音と共にパネルに次々と明かりが灯った。
「何だ、これは……ラガスコで配備していたものとは、モーター音も何もかも全く違うぞ。本当にリドリバなのか?」
――五秒
「……バッテリーの容量も二倍以上。パワーは通常型を五十パッセン上回っている……」
これは、あるいはヴァスチフ以上なのではないか?
にわかに不安になる。扱い切れるのだろうか? それに、これほどの物を何のために農場に死蔵していたのだ、あの一家は。
――十五秒
武器の有無を確認する。火器はないが近接武器はあった。両腰の武器ラックに――
「
いずれにしても出撃のタイミング。この地下蔵には機体を出し入れするシャッターなどはないようだが、ソリーナも「母屋は気にするな」と言っていた。俺は砲車モードのままリドリバの
「――二十秒!!」
ガラガラ、メリメリとけたたましい音をたてて、格納庫の天井が破れ、貯蔵庫の石床が割れて崩れた。積み上げられたイモが転げて穴倉の中を跳ねまわり、そのさらに外側にまたがって、リドリバの肩がそして足が、地上へ姿を現す。コの字型になった母屋の東側の棟が、半分ほどへしゃげて倒壊した。
――な、何だあ!?
――リドリバだとッ! こんなところに……?
山賊たちがこちらを認めて驚きの叫びをあげた。
――な、なんでわざわざ、地面の中から!
混乱してくれれば都合がいい。その間にこちらはいろいろ手が打てる。まずは砲車モードを解き、リドリバを立ち上がらせた。
「グレッチ! リン! ジルジャン! まだ無事か!?」
拡声器で叫びながら周囲を確認する。返事の代わりのように、ガラトフの肩部装甲に十三メリ機銃弾が突き刺さった。サエモドはいまだ健在、足を止めずに走り回り――畑はめちゃくちゃだが――ガラトフをかく乱し続けていた。
――ロランド殿! それに乗っておられるのですか!?
グレッチがこちらを見上げて叫んだ。
――何ですそりゃ、イモまみれだ。つぶれたイモが、べっとりへばりついてますよ!
いも?
……なるほど、あんな場所から出ればそうもなるか。正直、機体の姿を客観的に見たくない気がした。
「……ここの農場秘蔵の品らしい。イモはつけても傷はつけられん、一気に片を付ける――お前たちは退避しろ、もう十分だ!」
リドリバを盾に取るようにして、サエモドが後退する。このわきまえた動きはジルジャンだろう。グレッチはリンの後ろで射撃の指示をしているようだ。
――クソが! リドリバ相手でもやりようはある! 仕留めて見せるぜ、丸ごといただきだ!!
山賊の男が気炎を上げた。いい闘志だが――
「勇気と無謀を、はき違えるものではないな!」
戦長剣とやらをラックから引き抜く。何の変哲もない普通の剣の形、装備しても特に武器へのエネルギー供給が始まるわけでもなく、際立った質量があるわけでもない。これはどうやら、振り抜くスピードこそが身上の武器らしい。
(――技巧を問われる、玄人向けの武器ということだな!)
鈍重な印象の強い普通のリドリバでは相性が悪そうだが――このターコイズブルーの機体なら、自重を気にせずに剣を振るえるパワーがある。
バックハンドの要領で左下から斬り上げた一太刀が、ガラトフの脚部と戦闘室を接合部から入って真っ二つに切り離した。弱敵とはいえ、何という切れ味!
――う、うわああ!?
斬り飛ばされた戦闘室がさかさまになって畑に落下し、圧死を免れた山賊の一人が仲間の方へと駆けだした。俺は剣をラックに戻し、リドリバの両腕でガラトフの戦闘室と脚部をそれぞれ掴み上げた。はずみでやった動作だが、このリドリバは難なくそれを実行した。
「二度とここに近づくな、馬鹿者どもめ! さっさと出ていけ!!」
そぉい!
掛け声一発。俺はガラトフの残骸を共有地の彼方へ放り投げ、生き残った山賊たちは後をも見ずに走り去った。
* * * * * * *
屋敷と農場の跡片付けには数日を要した。幸い農場に人的被害はなく、トリング氏が左腕を単純骨折、農夫の一人の太ももに木材の裂片が刺さったくらいで済んだ。例の医者がダダッカでやってきて、彼らを治療した。
「百年も昔なら、お前さんのこの脚はのこぎりで挽いて切断してしまうところだったな。今はいい薬もあるし、創傷の処置もこの通り。実に綺麗な物よ」
余分な脅し文句を叩きながら、医者は裂片を取り除き、消毒薬を施して軟膏を塗り込み包帯を巻いた。
「さあて、これからどうしたものかしらね……」
砲車モードを取って庭に駐機したリドリバを、ソリーナが見上げた。
「ソリーナ嬢。これは一体どういうマシンなのです。それにあなた方は……どうも、ただの農家ではなさそうだ。その、差し支えなければ……」
俺は少し遠慮しながら彼女に尋ねた。正直、原作知識もあってこの件のネタは割れてはいるのだが、彼女から真相をはっきりと告げられると、とても厄介なことになる気がする。
彼女は今やあのどこか垢抜けない編み込みの髪型をほどき、後頭部の髪を髷のように丸く結って、そこから左右に長い髪の房を二すじ膝裏近くまで垂らしていた。
何を思ったか顔にはかなり気合の入った化粧を施し、目元にはシャドウとつけまつげまで、眉もくっきりと形よく描きこまれている。
それを見て、俺はようやく納得した。
TVアニメ後半で登場していた「ソリーナ・サンブル」が、廃ダムで俺たちが救出した少女に似ていなかったのは――アニメでの姿が今と同じく入念なメイクを施された、ある意味戦装束と言ってもいい姿だったからだ。
彼女は普段のゆったりしたワンピースドレスと地方色豊かなベストをかなぐり捨て、今は帝国近衛軍の士官服に酷似した、左右の身頃で色を違えたコートを着ていた。
長い足と引き締まった腰、豊かな胸が強調されて、驚くほど美しく見える。そして、肩に飾られたアーマープレート――金属甲冑を用いた時代の名残を示す、杏葉に似た金具は紫と白の二枚重ね。これは本来、皇族にのみ許されるものだ。
「……リドリバですよ。これはどこにでもある普通のリドリバ。ただ、一部のパーツに原型機『ゾレンヴォルフ』の余剰品を用いています」
「ゾレン……ヴォルフ……」
眩暈がする思いだった。「重戦甲ガルムザイン」のメイン・メカニックデザイナー、中津護由氏がガルムザインとリドリバの共通原型として設定したが、ついに設定画が公開されることがなかった、という謎の機体だ。
「これが一輌あったところで、私になにができるというわけでもないでしょう。でも、もはやここで農場主の娘として暮らす日々は終わるのだと――終わらねばならないのだろうと、そう思うのです」
自分自身に言い聞かせるようにそんな言葉を吐き出すと、ソリーナは化粧の仕上げに、鮮やかな珊瑚色のルージュを唇に施した。
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