エピソード・5 サンブルの廃姫
第26話 地下蔵の秘密
近くの街から呼んだというその医師は、風体は怪しげだがどちらかと言えば名医の類らしかった。
「ははあ。ヒビが入ったところに力を入れて、ダメ押しになったようだの……折れとるよ。折れとるが、なあに心配いらん。むしろこの方が早くくっつく」
――ぱし。
「があっ!!」
手際よく整復して固定してくれたが、最後にこれで済んだとばかりに患部を平手で叩いてくれたものだ。おかげでまた聞き苦しい悲鳴を上げることになった。
「先生、本当にありがとうございました」
ソリーナが医師に深々と頭を下げた。
「なあに、いつも世話になっとるからな。これからもお前さんとこの牛乳を届けてくれ。ああ、この男にも飲ませてやるといい。骨に効く」
「分かりまし……きゃあ!?」
医者はソリーナの尻をさらりと撫で、「育ったのう」などと言いつつ、廃車寸前のダダッカにまたがって帰って行った。
そして数日――腫れもだいぶ引き、俺は即席の松葉杖をついて農場を歩き回れるくらいになっていた。
「ロランド殿。娘が言う通りなら貴方もこの子の命の恩人です。気兼ねをなさらず、お好きなだけ滞在してくださって構わんのですぞ」
農場の主、アルゴス・トリングは地方の豪農というよりは古豪の軍人といった風格のある、そして品のいい男だった。どこか俺の父、ジュピタスを思わせる。
だが、正直に言ってソリーナとはまるで似たところがない。
「はい、お気遣いありがとうございます。しかしそれでは私の気がすみません」
俺は杖にすがってではあるが、ちょうどこの日から農場内の見回りを請け負っていた。害獣の侵入しそうな場所を確認したり、不審な足跡などがないか見て回り、時には見張り台から周辺の動向に注意を払う、そんな仕事だ。
「そうですか。ではお言葉に甘えましょう。今日は、何か変わったところはありましたかな、ロランド殿?」
「そうですね。南東の生け垣の支柱が、何本かゆるくなっているようでした。長い間に、雨で根元の土が流れたのでしょう……油を混ぜた粘土で補強すると良いかもしれません」
「なるほど」
日本で土塀を作るときに、耐候性を高めるために使われる手法だ。この地でも有効なはずだった。
「ロランド様、パイをもう一切れいかがです?」
「あ、いただきます」
トリングの農場では、年取って乳を出さなくなった牛を数日前に潰していた。その腎臓を刻んで焼き込んだパイだ。
腎臓は部位が部位だけに少々臭みがあるのが普通だが、これは香りが強めのハーブを巧みに使ってある。実に美味いものだった。
「たくさん食べてくださいね」
ほとんど化粧っ気のない素朴な笑顔が向けられると、なにやらこそばゆいような気分になった。
この娘が、あの――TVシリーズ後半で壮絶な戦いぶりを見せた、ソリーナ・サンブルなのか? やはりこれは、偶然同じ名前と髪の色をした娘が、たまたまコルグの依頼に引っかかって、一時俺たちの前に出てきただけなのではないか。
「しかし、義勇軍とやらにも困ったものです。聞けばソステヌートの商人、クルーマー・ジャズマンという男が多額の出費をして、腕の立つものを集めさせているとか……あの時娘を送ってきてくれた、何といいましたか、あの気持ちの良い若者――」
「……コルグ・ダ・マッハのことですな?」
「そうそう、そのコルグ君までが加わったと聞いて、その、心配しております。末端には質の悪い荒くれ者もいるらしく、決して評判は芳しい物ばかりではありません。山賊を倒してくれるのは実際ありがたいのですが……」
「コルグは……彼は、いずれ別の道を行くでしょう。あの程度の集団の中で、おだて上げられて満足するような男ではない」
――俺はそう信じている。
たとえTVアニメ本編の知識がなくとも、本人と言葉を交わし戦いぶりを見れば、それは疑うべくもなかった。だが、今はそれよりも――
「先日お願いした件ですが、街での聞き込みはどうなっておりますか?」
「ええ。もう少しお待ちください。うちの若いもので一番目端の効く男をやりましたが、それとなく聞いて回る、というやり方はなかなか難しいもので。おそらく今ごろは、酒場の隅で客の話に聞き耳を立てておるはずです」
ふうむ。農場の下働きの男にそこまでの活動がこなせるというのは、少々驚きだが。とにかく、今は待つしかなさそうだった。
それからしばらくしたある日。共有地の向こうから、何かマシンが近づいてくる音がした。音から察するに
俺はその時、農場の男衆と交代して、見張り台に上がるところだった。足も大分回復して、短時間なら杖なしでも歩けるようになっている。
「ロランドさん、あの音は……?」
「私が見よう。君はトリング殿とお嬢さんに知らせてきてくれ。物騒なことになるかもしれん」
「! 行ってきます!」
梯子を這い上り、やぐらの手すりで体を支えて音の方に目を凝らした。山賊の公算が高いが、あるいは部下が捜索に来てくれたのかもしれない――淡い期待は、迫りくるガラトフの機体を見た瞬間に破られた。
ダークブラウンに塗られたガラトフ。山賊だ。足元には武装した歩兵が五人ばかり。おまけに、このガラトフは片方の操縦席の前に切り欠きを設け、そこに五十五メリの短砲身バレル・シューター「クルツ」を取り付けた、火力支援向きの改装が施してある。
(まずいな……今の俺では、歯が立たん相手だ。この農場の連中全部を合わせても無理だろう)
彼らは、生垣の端から二十メルトほどの距離で停止すると、拡声器で呼びかけてきた。
――農場の諸君、のんきに暮らしてるところを申し訳ないな! 俺たちはジックマン団。山賊だ! 食料と金目の物を出せ、そうすりゃあ、命は取らずにおいてやる!
(申し訳ないというのなら、そもそも来るんじゃない!)
居丈高な要求に、はらわたが煮えくり返る。だが、ここはむやみに抵抗もできない。シューターの砲口がこっちに向けられ、俺はあわてて梯子へと向かった。
――ドォン!!
間一髪。見張り台が後ろで吹き飛んだ。続いてもう一発が放たれ――屋敷の一部、母屋の大煙突の辺りが壁土を煙と共に巻き上げて崩れ落ちた。
これはいかん。ソリーナを何としても守ってやらねば。俺は微妙に左足を引きずりながら必死に母屋へと走った。だがどうすればいいのか。
俺の手元にはいま父の長剣と、弾丸が六発装填されたきりのリボルヴァー一丁があるだけだ。
その時だった。山賊のガラトフとは別方向の生け垣が破れ、目の前に一輌の
「うおあっ!?」
「若様!?」「ロランド殿!」
思いがけない声が響く。リンとジルジャンだ。見上げると、そこにいたのは俺が家から乗ってきた、あのサンドイエローのサエモドだった。
「お前たち……どうしてここへ!?」
「探しに来たんですよ、ロランド殿を!! こちらの農場の若い衆が、俺たちを探し当ててくれましてね!」
グレッチが操縦席から身を乗り出して答えた。
「若様、伏せて! 機銃撃ちます」
リンがレールマウント上の十三メリ機銃を操り、単発モードでガラトフを撃った。拡声器でがなり立てていた山賊が、頭部を失って地表へ転げ落ちた。
「やった! この手なら反動も少ないし、あたしだってお役に立てるってもんですよ!」
「すまんお前たち、助かる!!」
思わぬ援軍に力づけられる。だが、敵のガラトフは火力が数段上だ。機銃一丁のサエモドでは心もとない。この上は早いうちにソリーナも伴って、いったんこのサエモドで逃れるべきか――
そんなつもりでさらに母屋へ近づく。農場の娘は俺を見つけると、駆け寄ってきて手を取った。
「ロランド様!
「操縦はそれなりに……ですが、どうしようというのです!?」
「こっちです、地下蔵へ!!」
彼女に手を引かれて、中庭の一角へ。防空壕かあるいは地下鉄の入り口のような、幅広の階段に屋根を付けただけの建造物があった。既によく知っている場所だ。何度か中へ入ったこともある。
「これはイモ貯蔵庫でしょう? なぜこんなところへ……」
「いいから!」
ソリーナが転げ落ちるように駆け降りる。階段を下り切ったところにはこういう場所には珍しく電灯が灯されていて、切り石の床に何か所かに分けて、おびただしいイモが積み上げられていた。その奥まったところに、藁をかぶせて隠した落し蓋のような物があった。
「これを開けてください! 私では重くて!」
言われるままに取っ手に手をかけ、重い落し蓋を外して――中をのぞき込んで肝をつぶした。
「これは……格納庫ではないですか!」
そこには、ちょうど
そうして、ソリーナは俺の手をしっかりと握りしめると、祈るように言ったのだ。
「ロランド様、これをお貸しします。存分に戦ってください!」
※ソリーナの青い機体「リドリバ・ソブリン」のイメージラフをこちらの近況ノートに公開しています。
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