第22話 巡視艇クロクスベ

 北東への派遣部隊は、ほぼ先の偵察隊と同じ構成になった。というより、彼らのほとんどが志願した。

 

「ロランド殿についていけば軍功を上げられる。みんなそう言ってますよ」


 ジルジャンはそう言って笑った。

 彼は騎兵で、空中艦での遠征にはあまり出番がなさそうではあるのだが、目端が利く有能な男だし軍務の経験も長い。そこで特に頼み込んで騎兵部隊から抽出させてもらい、実質的に俺の副官としてそばに置いていた。

  

 士官としては、負傷からようやく復帰したシャーベルを筆頭に、フェンダーとグレッチを加えたサエモド隊三人がいる。これに偵察隊の生き残りの兵たちが十六人、衛生兵二人と若干の補充兵、あとはリンを連れて行くことになった。

 船長と操舵手は、ともにクヴェリからこの小型艦を運んできた男たちだが、彼らは運用データを持ち帰るのが最優先の仕事となる。

 

「船に名前を付けなくっちゃなりませんね」

 

 フェンダーが船を見上げて、無精ひげの浮いた顎をさすった。これには俺も同感だ。名前のない船など縁起が悪い。

 クヴェリのドックではこの艦を「タリジン」という仮称で呼びならわしていたらしい。南西の砂漠地方で使う蒸し鍋の名前だというが、まあ人間というやつは同じものを見ればだいたい似たような発想をするものだ。

 

「実はもう考えてある。クロクスベ、というのだ。昔読んだ物語に出てくる、魔法のランプでな」


 前半は出まかせである。「黒くすべ」とは、鉄分の多い土を使い釉薬をかけずに焼き締めて作る、素朴な黒い急須のことだ。前世の、俺の実家でこれを使っていた。

 

「クロクスベ……その物語は知らないですが、なかなかいい響きです」


「そう思うか」


 周りにいる主だったメンバーが一斉にうなずいた。うん、部下たちのこの一体感はなかなか悪くない。


「よし、では今日からこの艦は巡視艇『クロクスベ』だ。我々は今後、『クロクスベ隊』として行動する」


 艦体の七割を占める格納庫には、俺のポータインの他にサエモドを三輌、それにダダッカを三輌積んだ。北東、ソステヌートまでは空路でおよそ二日と半日というところか。ハモンドをはじめ基地の将士に見送られ、俺たちは艦を浮上させると目的地へ向けて移動を開始した。

 

 

 二日目の昼過ぎ。さほど高くない丘陵地を越えたところで、レエル湖方面から東に延びた街道の上空に出た。

 

〈ロランド殿。前方五百メルトほど先、放牧地に人が集まっています〉


 見張り台から伝声管伝いに報告があった。ブリッジからの視界ではちょうど死角に入って良く見えない。俺は階段を下りると前甲板に出て、吹きっさらしの中、見張り台への階段を上がった。

 

「直接見る。そこを開けてくれ。それと全艦に、武器の使用を禁じると伝えておけ」


 見張りの兵士が一礼して脇へ退いた。双眼鏡を借りて前方やや下を覗く――五百人近い人数が集まっていた。皆多かれ少なかれ武装し、あちこちに各種の歩行マシンの姿が見える。

 その中に、ひときわ目立つ白い重戦甲があった。旧型の軍用運搬車、タウラスⅡの荷台にガルムザインが腰を下ろしている。

 

「やはりこの場に来ていたか、コルグ・ダ・マッハ……」


 何も知らなければ、「何のつもりだ」とでも口にするところだ。しかし、俺はアニメ本編を通じて、彼の秘められた出自と胸に抱く志を知っている。


 彼こそは旧帝室につながる支王家、トライデン氏の血を引く帝王のすえなのだ。

 その大望とはこの乱世に身を起こし、莫逆の友を数多得て周囲に集め自らの力として、王道を行って民衆の苦しみを取り除くことに他ならない。

 恐らく、彼はこの「ウナコルダ義勇軍」としてささやかれる動きを、その最初の足掛かりにしようとしているに違いない。

  

 まさに英雄の道。我がロランド家の祖先が私財をなげうって彼の一族を辺境へ落ち延びさせたのは、今日この日を迎えるためと言っても過言ではないだろう。だがしかし。 

 ハモンド軍の筆頭騎士としては、この一団を穏やかに解散させ家に帰さねばならない。それが本道だ。

 俺は拡声器のスイッチを入れ、眼下の群衆に呼び掛けた。 

 

「お集りの諸君。私はドローバ・ハモンドの軍より当地の査察に遣わされた騎士、ロンド・ロランドというものだ。今日のこの集まりは何ごとであるか? 説明を求めたい。誰か、責任者はおられるか?」


 ――山賊退治さ! 今日はこの町、明日はあの村! 毎日のように山賊が現れて、穀物や家畜を奪い、女をさらっていこうとする……! だから、こっちも武装して身を守るんだ!

 

 下から、そんな声が耳に届いた。声の調子に怒りと切羽詰まった思いがにじんでいると思える。

 

「なるほど、動機は理解できる! だが、諸君の為すべきは日々の生業なりわいだ。畑を耕し商いに勤しみ、学問にはげみ、そして隣人をいつくしむことだ。そうではないか? 我々軍人は、その営みを守るためにこそ在る。責任者に会わせてくれ、諸君を家に帰せるよう、話し合いをしたい!」


 精一杯の真心を込めて語ったつもりだ。群衆の上にざわめきが広がった。そして、散発的に上がる反発の叫び――

 

 ――何百ケロも離れたところにとぐろを巻いてる、田舎軍閥なんかあてになるもんか! 

 ――そうだそうだ! 仮に来てくれたところで、待ってる間にこっちの被害はどんどん増えるんだぞ!!

 

 双眼鏡の視野の中で、ガルムザインが立ち上がった。シューターは持っていない。コルグは拡声器を使ってこちらへ呼びかけてきた。


〈久しぶりだ、ロランド氏。そんな船で来るところを見ると、出世したみたいだな〉

  

「ああ、おかげさまでね。君はここの責任者なのか?」


〈責任者とか、首領とかではないよ。ここにはそんな、全部を一手に握るようなリーダーなんていないんだ。俺はここの――この義勇軍の相談役の一人で、前線の隊長も兼ねているけどね〉


「それは、責任者とみなして交渉させてもらっていい相手ということだよ、コルグ君。欺瞞は良くないな。知らぬ仲ではないし、私は君と敵対したくない。だがこちらにも宮仕えの立場というものがある」


〈そうだろうね。それは、理解できるつもりだ〉


「ここは、我々に協力してもらえないだろうか? 知っての通り、昨今この地方に現れる山賊はギブソン軍の息がかかっている。半端な装備では戦えるものではない。そして、我々は敵対する軍と戦うのが仕事だ。君たちの今の活動を引き継いで、我々の軍がこの地方の防衛を――」


 その時、予期せぬことがおきた。民衆の中の数人が銃をもって前列に転がり出てきたのだ。

 

――軍閥が守るってのは、結局俺たちに税金を出せってことだろ! こっちは今まで課税なしでやってきたんだ、今さらそんなもの受け入れられるか!


 何かの仕込みとか、ギブソン軍の工作でもあったかと考えるほどに彼らは頑なだった。そして、制止しようとした周囲を振り切って、男たちの一人が手にしたライフルをクロクスベに撃ちこんだ。

 

「おい、何を!!」

〈バカな、何やってる!! ロランド氏は交渉に応じてくれてるとこなんだぞ!!〉


 俺とコルグはほぼ同時に叫んでいた。だが俺に関してはそれは時間を無駄にした、としか言いようがなかった。 

 クロクスベの右舷銃座が発砲し、武装集団の前列にいた数人がなぎ倒されたのだ。


※ 物語の舞台となる、ウナコルダ地方の地図を近況ノートに公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429030439985

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