エピソード・4 ウナコルダ義勇軍

第21話 北東の暗雲

 リンがダダッカを乗り換えた――最近変わったことと言えばそれくらいか。 

 

 彼女が家から乗ってきた民生用は、足を置くフットレストとペダルが最前部、ヘッドランプの下にあった。それに変わって、新しい車輌はサドル下にペダルを置くレイアウトの、軍用に作られたタイプだ。

 

「これ、膝をガバッと広げて乗る感じでちょっと恥ずかしいんですけど……」


 支給された軍用ダダッカにまたがると、リンはそう言って落ち着かない様子を見せた。


「鞍上から銃を撃つならこの方がいい。射撃も安定するし振り落とされる危険も減るぞ。ちょっと試しに、あそこの標的に走行間射撃を試してみたまえ」

 

 教育を買って出たジルジャンが、リンに騎兵用のカルビン銃を渡して練兵場の向こう側を指さした。

 リンはうなずいてダダッカを走らせると、手綱を口にくわえてカルビンを肩付けに構え、百メルトほどの距離から続けざまに三つの標的へ撃ちこんだ。 


「あれは……なかなかのモノなのではないか?」


 一瞬あっけにとられたが、ジルジャンへ振り返って訊いてみる。彼も素直に感嘆の表情をあらわしていた。 

「リン殿は筋がいいと思っておりましたが、それ以上ですよ。カルビンは軽いので連射すると反動で銃口が跳ねるんですが、それを割合にきちんと的に当ててます」


「そうか。君の教え方も良いのだろう。今後とも頼む」


 嬉しそうに評したジルジャンに、俺は彼の肩に触れながらねぎらいの言葉をかけた。

 

 ラガスコに戻って二週間。つかの間のことかも知れないが、軍務としては平穏な部類の日々が続いている。俺は父に近況を知らせる手紙をしたため、カッタナを越えて東へ行くという隊商に預けた。 

 まだ返事は来ない。だが、俺の武勲と出世を知れば、父もきっと喜んでくれるに違いない。 


         * * * * * * *         

          

「――暴動の恐れがある、という報告を受けている」


 執務室に呼ばれた俺は、難しい顔をしたハモンドから奇妙な言葉を聞かされた。

 

「暴動、ですか……しかし、何に対して」


「そこなのだ、問題は」


 ハモンドは空になったトレーを手探りでかき回し、何もないのに気が付くと傍らのスイッチを押した。

 これは主計部の嗜好品管理所に繋がっていて、押せば向こうでベルが鳴ることになっている。五分もすれば、ナッツ・バーを満載した新しいトレーが運ばれてくるだろう。

 

 俺は今聞いた内容を頭の中で反芻した。妙な話だ――暴動というのは、だいたい権力者に対して何か不満や要求があって、それを跳ねつけられた民衆が統制を失って略奪や破壊行為に走るものだ、と俺は理解している。つまり、そこには「要求を突きつける相手」が存在する必要があるのだ。

 

 しかし。この報せをもたらした情報員が潜り込んでいるのは、ウナコルダ北東。

 あそこは数十年前に古い領主家が絶えて以来、都市単位での自治と商業化が進み、農村もその影響で租税に縛られていない地域だ。 

 支配する者はいない。何か不満があっても要求を突きつける先はなく、自分たちで解決するという気風の地域であるはずだった。


「ソステヌートという、さほど大きくない街があるのだが……そこに武装した民間人が多数集まっていて、注意を要する、というのが報告の主旨だ。それらの装備はまちまちだが、中には重戦甲を携えたものもいるという。『ウナコルダ義勇軍』などという名前も聞こえてくるらしい」


「それは……聞き捨てなりませんな」


「山賊の類が増えている、という報告も併せて届いている。大方、それに対する自警団でも作ろうというのではないか、と思うが……何かの間違いで山賊と呼応でもされては厄介だ」


「仰る通りです」


「それに、その中に優秀な指導者が現れて力を貯えでもすれば……新たな軍閥が生まれかねん。ようやく我が方に傾き始めたウナコルダのバランスが、また崩れる……」


 いつも自信ありげでにこやかなハモンドの表情が、今日はどうにも曇っていた。ここからウナコルダの北東へはいささかの距離がある。そんな軍閥が生まれれば、対応が難しくなるのだ、ということは俺にも理解できた。


 そういえば――コルグ・ダ・マッハが用心棒として活動しているのは概ね東部から北東の方面だ。案外、集まった中にいる重戦甲とはコルグのガルムザインではないのか。  

 

「さて、そこでだロンド」


 ハモンドがそんな調子で新たな話を切り出し、俺は「休め」の姿勢から切り替えて威儀を正した。

 

「はい」


「実は先ごろ、クヴェリ商工会の評議員から個人的に面白いものを預かることになった」


「何です、それは」


「なんと説明したものかな……ああ。まあいうなれば小型艦だ。重戦甲を二輌まで運べ、最低限の整備が可能な空中船だよ。これまでに例のないものだから、運用データを取って報告してくれ、ということでな」


「そんなものが……なるほど。それは確かに、『面白いもの』ですな」


 ハモンドの説明がしばらく続いた。それはクヴェリが占有している発掘場で出土した、端数の――おそらくは予備品の、艦艇用大型重力中和装置一基を核として、河川用の小型砲艦の構造を参考に建造された、試作品の空中輸送船だということだった。

 

 ハモンドがスッと席を立った。

 

「今日、これからラガスコに着くのだ。口で言うより見るが早かろう。発着場まで付き合え」


「ははっ」


 ハモンドという男、机に向かっての仕事が多く、その間常時ものを食っている割には体の方もよく動く。腕を振って大股に敷地を横切り、背後の岩山に沿って設けられた空中艦の発着場へと、あっという間にたどり着いた。もちろん、俺も一歩とて遅れてはいない。

 

 先日鹵獲した打撃艦シュラック「ブラーマン」が今、脇のドックで改装中だった。舷側の砲塔を旧型の「ディボン」と同じ仕様に戻すらしい。

 

 しばらく待っていると、クヴェリの方角からダークグレーに塗られた一隻の空中艦が現れた。

 

「見るがいい、あれだ」


「ほほう……」

 

 高度を下げて降りてくるその姿は確かにいかにも小さいが、なるほど、面白い。

 全長は打撃艦シュラックの三分の一ほど。船尾側に大型の重力中和装置が一個、前半部には重戦甲に搭載する程度のサイズのものが二個据え付けられ、全体としては持ち手の部分を切り取られた急須を玩具のボートに嵌め込んだようにも見える。

 船体のほぼ七割は重戦甲の格納スペースという感じで、急須の注ぎ口のような突出部には見張り台と機関砲塔が設けられていた。

 

「速度はさほど出せんし、武装も機関砲がたかだか四門と貧弱なものだ。だが船体が小さい分、離着陸の場所を選ばん……便利に使えるはずだ。ロンド、こいつをお前に貸す」


「私に? すると、これは……」


 予期はしていたが、やはりそうか。

 

「北東へ赴き、現地の状況を確認してきてくれ。可能ならばその武装した集団を解散させ、将来の禍根を断つのだ」


 ハモンドの命に、俺は敬礼と復唱で応えたのだが――沸き起こる疑念と不安があった。

 これはおそらく、アニメ本編で俺が山賊にふんして暴れまわるシチュエーションの裏サイド。シリーズ中の時系列で言えば七話辺りから先だ。 

 だが、俺はこの後数話を完全に見逃していて、正しい展開を知らないのだ。

 あのコルグ・ダ・マッハとは、やはりこのまま敵対し、砲火を交わし合うことになってしまうのか? 


 運命は変えられないのだろうか?



※ 本エピソードから登場する空中艦の設定画をこちらの近況ノートで公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429015459060

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