第23話 コルグVSロランド
事態を把握して血の気が引いた。右舷銃座は管理上「機関砲」と呼称しているが、実体は十三メリ機銃――だがいずれにしても、生身の人間を撃つような物ではない。直撃を受けたものは、もはや原形をとどめてはいまい。
「武器の使用は禁じたはずだ! 右舷銃座、報告しろ。誰がやった!?」
伝声管から帰ってきたのは、フェンダーの声だった。
〈申し訳ありません、ロランド殿……! 念のために兵を銃座につけてたんですが、銃撃に動転したらしく……〉
「馬鹿者ッ!! こういう時は万が一のために、士官が直接銃座につかなくてどうする!!」
偵察隊の生き残りの一人、まだ年若い兵士の顔が頭に浮かんだ。最初の奇襲で負傷して動けずに戦功もなく、今回の編成でもやや気負い過ぎる感じがしていたが――彼か?
それとも、あるいは補充で加えた新兵の誰かか?
眼下の群衆は今まさに激発しつつあった。徒歩軽装の民兵を後方へ下げ、
――帰れ! 帰れ!
――ハモンド軍がァ!!
――俺たちを撃つのか! 山賊と同じじゃねえか!!
(まずい……!)
八方ふさがりになりかけている。彼らを撃てばコルグを敵に回し、撤退すれば義勇軍とやらを増長させる。巡視艇とはいえ有力軍閥の艦艇を追い返したとなれば、その風評は事実以上に膨れ上がって、より多くの人と金を集めるに違いない。
どちらの事態も避けなければならない――だが、どうすれば。
(この状況で頼るべき綱は……やはり、コルグ・ダ・マッハか)
俺は伝声管に向かって叫んだ。
「全艦に告ぐ! 私がポータインで上甲板に出る。高度を四十メルトにとり、側面ハッチからクレーンで医薬品コンテナを下ろせ。いいか、絶対に発砲するな。従わぬものは斬る!」
クロクスベの格納庫、「急須」の内部には、上甲板へ出るためのエレベーターがある。俺は格納庫へ駆け降り、発掘品の謎頭を付けたポータイン、「ウルフヘッド」に乗り込んだ。
天井のハッチがスライドし、機体がリフトアップされていく。
小学生のころに放映されたアニメで見た、とある孤独なヒーローの姿がまぶたに浮かんだ。
彼は内部がほとんど空洞なロボットに収容されて変身し、宇宙人の円盤編隊相手に単身で戦いを挑むのだ。その、ロボットの背中からせり上がる登場シーンがちょうどこんな感じだった。
――重戦甲を出しやがったぞ!
――なんかぶら下げてる!?
――爆弾か!?
「……む、むぅうん!」
俺の口から出る唸りは武者の息吹にあらず。困惑のため息だ。
(爆弾なわけあるか。この距離でそんなものを使ったら、こっちの船も吹っ飛ぶわ!)
クロクスベは高度を取りつつ、わずかに後退していく。医薬品コンテナが下りていく辺りから、人垣がさっと引いて遠巻きになるのが目に入った。
武装民たちの持つライフルが散発的に発射され、数発の銃弾が艦底を叩くが、まだ被害にはならない。
「静まれ! 静まれ諸君! 先ほどの発砲は当方の手違いだ、深くお詫びする。今下ろしているのは、輸血用血液パックを含む最新の医薬品を収めたコンテナである。負傷者に使って頂きたい、何人かはそれで助けられるはずだ!」
拡声器で呼びかける。口上を終えると、俺は通信機の周波数を1448
「コルグ君。コルグ君、応答してくれたまえ……」
他の周波数も使いながら、数回繰り返す。やがて、コルグからの返信があった。
〈ロランド氏、まずいことになったな。ちょっと彼らを抑えられそうにない……だが医薬品については礼を言うよ〉
「ああ。私も君たちを無下に追い立てるようなことはしたくない。重ねてお願いするが、協力してくれないだろうか。武器を下ろして、この場を引いてくれればいいだけだ」
〈残念だけど、それはできない。これは表向きには義挙ということではあるけど、ちょっと背景が複雑なんだ。俺たちは飛び込んでしまったこの流れの中を、なんとか泳ぎきらなきゃならないのさ〉
「……例えば、出資者の都合とかかね?」
コルグがため息をついたのが分かった。
〈……耳ざといな。そんなところだ、そして俺は俺で、ここから見据えている先のことがある〉
ああ。アニメ本編でもその辺りはちょっと描かれていた。コルグが序盤で身を置いていた傭兵ギルドに、北東諸都市の有力商人が依頼費の規模を超える額を投下したりとか――そういう、いかにも乱世に似つかわしい暴力の囲い込みが始まっていく様子だ。
ガルムザインは、いつの間にか九十メリバレル・シューターを右腕に装備し、こちらに狙いをつけている。
彼の腕なら、その気になればこのポータイン・ウルフヘッドの頭部を一発で吹き飛ばせるだろう。むろん、こちらも黙ってやられはしない。推進器を使いながら下へ降り、七十七ミリシューターの弾が続く限り、義勇軍のマシンを粉砕して回るくらいのことはできる。
やんぬるかな――こうなった上は、実力行使に出るしかないか?
それが、未視聴エピソードに埋められた退場へのフラグを踏み抜く行動でないことを信じつつ――
その時だった。俺のポータインの後ろ、クロクスベの船尾部に衝撃が加わった。船体が揺れ、ポータインの機体にばらばらと何かがぶち当たる。それに、外部聴音機が拾うヒュルヒュルという風切り音。
どうやら大口径の榴弾を受けたらしい。頭部カメラを向けると、クロクスベからは派手に爆煙が上がり、破砕物が燃えて煙を上げながら次々と地表へ零れ落ちていくところだった。
「何ごとか!」
〈ロランド殿! 後方の街道上に大部隊が出現しました。大口径の砲を積んだ車輛がいる模様……!〉
〈艦尾ブロック、
左舷銃座にいるシャーベルと、そして操舵手から報告が上がってきた。
「……やむを得ん、この場から離脱する。困難だろうが、十分な距離を取るまで何とか高度を保て。シャーベル、後方の部隊の編成と所属は分かるか?」
〈先頭にリドリバ三輌、その後ろに百二十メリ砲らしきものを積んだ車輛が。改造された
なるほど、とうなずく。過日にクヴェリを襲撃したものと同じ塗装だ。
「山賊だな……どうせ中身はギブソン軍だろうが。よし、私は義勇軍に協力してあれを叩く。クロクスベの指揮はシャーベルが執れ」
〈なっ……本気ですか、ロランド殿!〉
「この場を切り抜けるには、それしかないと見た。すまんが、リン・シモンズのことを頼む」
俺はポータインを後方へ向け、煙を上げるクロクスベから降下した。
「コルグ君、あちらから山賊が来ている。ここは共同戦線を申し入れたいが、どうか?」
〈分かった、ひとまず手を結ぼう〉
コルグの返答が、今の俺には心の底からありがたかった。
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