第20話 リドリバ攻略法

 俺はカシオンのリドリバと向き合いつつ、右へ右へと円弧を描くようにポータインを走らせている。

 有効弾を防ぐ盾を間に挟んでいるので、一見すればチャンスを捨てているように見えるだろう。だが、実は違う。

 

 リドリバは防御重視で装甲が厚く、旋回動作が若干重い。それに盾を使っていればその分、自分の左側視界も悪くなる――リドリバのあまり知られていない欠陥だった。あの盾は、大きすぎるのだ。

 加えて、右腕に保持したシューターを左へ向けるのは、正面へ撃つよりもわずかに時間がかかる。そこを突くつもりだった。


 だがそれでも、カシオンは必要最小限の動きで俺のポータインに追随してくる。

 

「上手いな。リドリバを使い慣れている……!」


〈今です、ロランド殿!!〉


 通信機の向こうでグレッチが叫ぶ。

 今です、と言われてもどうしようもないのだ、その時点ですでにタイミングは逃している。だが彼の状況認識は確かに正確だった。

 俺は走り回りながら、何度目かの軌道の低いジャンプを試みた。ベクトラによる中和をほんの一瞬だけかける微妙な操作だが、それが奏功して、リドリバの垂れ耳のような装甲を付けた頭部が盾の奥に姿を現す。

 トリガーを引き絞って、そこを砲撃。だが、砲煙が晴れた後に見えたのはやはり盾に止められた赤いペイントの痕だった。


〈クソッ! また止められたッ!?〉


「わめくな、グレッチ。リドリバ相手ならこれは仕方あるまい」

 

 グレッチの奴、セコンド役のはずがいつの間にか実況になっている。応援されるのは悪い気はしないが、あの一喜一憂に付き合うわけにもいかない。 

 

 ――ワンパターンだな! そんな攻め手ならだれでも思いつくぞ!

 

 カシオンが拡声器でわめいている――アニメで敵パイロットの声が聞こえるのに当時からツッコミが絶えなかったが、まさかこんな形で再現されているとは。

 

 ――セオリー通りの攻撃などォ!!

 

 向こうも俺の着地に合わせて撃ちこんできた。背部推進器を吹かして避けたが、これの推進剤もそんなには持たない。

 既に、ペイント弾は四発を浪費している。あちらも同様。そして、俺はまた一発を外した。

 

 そして、カシオンもだ。

 

「あんな奴ときっちり同じだけ無駄弾を撃ってしまうとは、腹立たしい……」


 ――ええいちょこまかと! おとなしく観念してこの弾をくらえというのだ!!


 ここまでの成り行きもひどいが、この模擬戦もひどい。ただでさえ重戦甲同士の、距離の近い砲撃戦は泥仕合に陥りがちなものだが、こうもグダグダになるとは。

 ふと、あの山賊との遭遇戦で見せたコルグの戦い方が脳裏によみがえった――


(よし……ここは一つ、あれを真似てみるか!)

 

 俺は一計を案じた。三発を残したシューターから制御ケーブルを引き抜き、あえてカシオンの目の前で捨てる。 

 

〈うわあ、何やってんですかロランド殿ォオ!?〉

 

(ええいうるさい!)


 ――撃ち尽くす前から捨てるだと? 私に格闘戦を挑もうというのか、底抜けめ!!

 

 カシオンが俺を嘲笑った。

 

 この、模擬戦による決闘には特別ルールがある。砲弾を撃ち尽くすか、砲撃を行えない状態になった場合は二通りのオプションが認められているのだ。

 負けを認めて降伏するか、さもなくば――


『格闘武器による近接戦に移行し、それによって決着をつける』だ。それに賭ける!

 

 俺はポータインの腰部ラックから、電熱短剣スキナーを抜いた。重量物を捨てて一気に懐に飛び込んでやる。

 今回工房から受け取ったこの機体だが、すでに純正のポータインではない。

 俺が斬り飛ばした頭の代わりに、どこかで発掘された別の重戦甲の頭が取り付けられている。この頭部にはどうやら近接格闘の精度を上げる機能が組み込まれているらしい、と聞いた――その分、砲撃の精度が若干落ちるとも言われたが。

 砲撃は別に問題を感じなかった。さて、格闘の方はどうか?

 

 ――馬鹿めが! いまさら近寄らせるものかよ!!

 

 カシオンが吠え、立て続けに二発を放った。命中が一発。だがこれは想定内。命中部位も左肩の装甲で、電熱短剣での攻撃がこれによって無効とみなされることはない。

 

 そして、カシオンの目の前には、たった今の砲撃が残した黒煙が立ち込めている。


〈――チャンスです、ロランド殿!!〉


「ああ、狙い通りだ!!」 


 首換えポータインは煙を縫って滑るようにカシオンのリドリバに肉迫し、その左腕の関節に赤熱した電熱短剣スキナーを打ち込んだ。

 

「なっ……貴様ァ!」


 リドリバの左腕が力を失い、盾を取り落とす。目的は達した。先ほどのシューターを投棄した地点まで駆け戻る。拾い上げて制御ケーブルを接続、砲身に歪みがないのをチェックして構え――撃つ!

 

 盾を失ってうろたえるリドリバの、腹部に露出したフレーム部分に赤いペイントが立て続けに二つ、大輪の花を描いた。

 

         * * * * * * *


 模擬戦のスコアは以下の通りとなった。

 

  俺:   近接有効1、砲撃命中5 うち有効2

  カシオン:砲撃命中1


 よって判定は3-1で俺の勝ち。


「ロンド・ロランド。だまし討ちは感心せんが、負けは負けだ。今回は見事と誉めてやろう。私はこれで失礼させてもらう」


 誰がだまし討ちか。あれはフェイントというのだ。

 カシオンは工房からの修理の申し出も断ると、そそくさとクヴェリを離れた。

 受けた傷を残して戒めにする、というような殊勝な気持ちとも思えないが。


「どうしたというのだ、あれは?」 


 誰にともなく発した問いに答えたのは、俺のポータインを修復した工房の整備士だった。

 

「たぶん、リドリバの内部を見せたくなかったんでしょうな。ロランド殿にお渡しした、元山賊のポータインは、フレームにトリコルダ地方にある工房の刻印があり、装甲の裏側に整備士が残したチョークでの書きこみなども残っていました……あれは、ギブソン軍から供与された物だろうとおっしゃっておいででしたね? 多分、カシオンの機体にも同様の痕跡があるのではないかと」


「なるほど……」


 クヴェリとの交渉は、これでうまく進みそうだ。ハモンド殿の軍は兵器の調達、維持に強力なバックアップを得ることになるだろう。

 だが、ギブソン軍がこのまま南方への進出を諦めるはずはない。おそらく次の手を打ってくるだろう。場合によってはもっと隠微で、悪辣な手を使ってくることもあり得る。

 

(カシオンとの因縁は、しばらく切れそうにもないな)


 ホテルの前まで戻ると、兵士たちが整列して俺を待っていた。


「我らが筆頭騎士、ロンド・ロランド殿に敬礼!!」


 彼らの敬礼に応えて、俺は精いっぱい胸を張った。



※ 本エピソードでロランドが使用した改造ポータイン「ウルフヘッド」のイラストラフをこちらに掲載しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429004615672

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