第19話 宴と模擬戦
――それではただ今より! クヴェリ市領域警備の契約権をかけて! ハモンド軍筆頭騎士ロンド・ロランドとギブソン軍情報部特務中尉セザール・カシオンによる、決闘を開始する!!
拡声器から荒野に響く、試合開始のアナウンス。俺は受領したばかりのポータインのコクピットで、内心で頭を抱えていた。
(ええい、何がどういう理屈でこうなった!)
モニタの画面のずっと奥には、淡緑色に塗られたカシオンのリドリバ。双方ともに模擬戦用ペイント弾を装填した七十七メリシューターを携えている。
いやまあ、もちろん記憶はある。あるのだが。
〈ロランド殿ォ! 気を付けてください、リドリバは専用の大型盾を装備しています。このルールじゃあ、あれで受けられたら有効打になりませんよ!〉
セコンド役を買って出たグレッチが、サエモドの操縦席から無線でそんな忠告をくれた。
「ああ、分かっている……!」
ルールは元より承知の上。それに、互いの重戦甲が持つ特性についても俺は熟知しているつもりだった。
「機動性はこっちが上、何とか付け入るスキはあるさ」
――両者位置について……試合開始!!
* * * * * * *
酒場で、俺は兵士たちを比較的行儀よく遊ばせることに腐心していた。それほどの苦労はなかった。
少し背伸びをして高級そうな店を選んだのが幸いして、皆いくらか気後れもしていたし、リンのような少女を連れていることも彼らをことさらに紳士らしく振る舞わせていた。
――シモンズ伍長、このフルーツも試してみないか?
――美味しそう! いただきます!
グレッチがリンにパイナップルのような物をすすめているのが聞こえてくる。リンはもともとハモンド軍の正規兵扱いではなかったのだが、先の偵察行の成功とダダッカの操縦能力を見込まれて、今では騎兵伍長相当の階級と給与を受けている。騎兵としての教育はジルジャンの担当だ。
「可愛い方をおそばに置いてらっしゃるのね、騎士様。あたしの割り込むスキはないみたい」
妬けるわ、と戯れらしく口にして、ホステスが俺のグラスにまた酒を注いだ。
「なに、あれはシュルペンの町長の娘でな。できれば早めに家に帰したいのだが……私もついつい甘えてしまっている」
まあ、とホステスが一瞬目を剥き、おかしそうに笑った。
「本当に割り込むスキはなさそうね……騎士様、お気をつけあそばせ。あの子はきっと、殿方をしっかりとお尻の下に敷きますよ」
間違いあるまい、と思う。だが、そんな日が来るとすればそれはつまり、俺が生き残るということ。人生の勝利だ。
「……そうかもしれんな。だがあの尻なら、それも悪くはない」
「まあ」
ご馳走様、と呆れて笑い出すホステスと入れ替わりに、フェンダーがやってきた。
「夕方からは店に楽団が入るそうですよ、ロランド殿。ここは一つ、皆で歌いませんか」
「歌だと?」
ウナコルダは民謡が豊富だ。ギターのような弦楽器に合わせて、男も女も隔てなく、興が乗れば際限なく歌い踊り続ける――
ホテルに戻った時はもう、俺は威厳を保てる限界すれすれまで酔い、歌い疲れ喉を枯らして疲労困憊、リンが起こしに来てくれるまで前後不覚に眠り続けたのだった。
そうして、翌日は午前十時から評議会に赴いた。ついたときにはホールに二十人ほどの評議員が円卓を囲み、その下座に傍聴席が作られていて、そこへ案内された。
円卓の脇に小さな演壇があり、そこに――カシオンがいた。
(うわあ、本気だ。ホントに来やがったぞ……)
頭痛がする。何も二日酔いのためだけではない。
「よろしいですか、評議員の方々。この乱世が長引けば長引くほど、民は苦しみ、限りある資源は無為に浪費され、有為の若者が日々死んでいくのです。だが我らギブソン軍には……我が領袖ギル・ギブソン閣下には! トリコルダ、ウナコルダ両軍区を一つにまとめ上げ、帝都に上って君側の奸を除き、帝室の親政を復するというビジョンがある!」
(それは、無法な野心というのだ)
俺は内心でカシオンの口舌を一蹴した。ギブソンにそれができたとして、君側の奸がすげ変わるだけではないのか。
「ゆえに。ここクヴェリはウナコルダ諸都市の先頭を切ってわが軍の統治と保護を受け入れ、乱世を平らげるために時計の針を進めんとする、この壮挙に応じるべきである」
ざわざわ、と議場がざわめいた。
――しかしカシオン殿。ギブソン軍の支配領域はまだ、ここからはるか遠い北の地域にしか及んでおりませんな。兵站の手段が空中艦などに限られますし、海路もつながってはいない。
――同感ですな。戦争とは、結んだ切れたと、そんな文書のやり取りだけで決められるものではない。道義や理念で通じることができても、結局は経済の問題に帰結する……カシオン殿のお話、あまり現実的とは……
「お静かに、皆様お静かに。発言は挙手のあとにお願いいたしますぞ」
議長を務める男が、テーブルを木づちで叩いて一同を制した。その中から、さっと一本の腕が宙へ伸ばされる。
「アリアン・コレグ君。発言をどうぞ」
「はい。皆様、実はこの場に、カシオン殿と同様の案件を、評議会に打診してこられた使者がお見えでして」
ほほう、とまたひとしきり一座がざわめいた。カシオンが口元をゆがめて俺を見る。
「ロンド・ロランド殿――ここからほど近いラガスコに本拠を敷く、ドローバ・ハモンド殿の軍から使者として参られた。彼が持参した書面の内容はこうです――クヴェリの工房と市民、市場を外敵の脅威から守り、また運河による交易路も保護させていただきたい。対価としてハモンド軍は、各ギルドの収益から一律に三パッセンの支払いを要求し、各種マシンの優先的譲渡を適正価格で受けることを求める、と」
「ふざけるな!! たかが新興の小軍閥が、我らを差し置いてよくも図々しい!」
「カシオン殿。不正規の発言はお控えください。使者に失礼でありましょう」
一座の視線が一斉に俺に集まった。これはどうやら、何か言わねばならないらしい。困った、俺は喉が痛いのだが。
ともかく挙手をして、発言許可を求めた。
「発言をどうぞ、ロランド殿」
「ありがとうございます。収益に対する三パッセンの税は重いと感じられるかも知れませんが、我々はもとより独自に資金を調達でき、何よりも地理的にクヴェリに近い。有事の際にはすぐに展開でき、いたずらに長く駐屯して市民に負担をかけることもありません……そしてマシンの購入はこれまでも行ってきたこと。これはつまり、相互に受ける利益をさらに拡大するものであります。願わくは、この契約の締結によって、貴市と我が軍の関係がこれまでよりもさらに有意義にならんことを」
評議員たちは明らかに、俺の発言内容を好意的に受け止めたらしい。
――それが将来的に、ハモンド軍への恭順を意味するとしても……地元同士でこれまで通り上手くやる、ということにはなる、悪くないですな。
うむ、うむ、と不正規発言があとに続く。
カシオンはすっかりブチ切れたらしかった。
「何だこの茶番は! さては貴様ら、我が軍の申し出をはねつけるために、こんな田舎騎士をこの場に連れてきたというのだな……いいだろう、どちらがこの街を保護下に収めるにふさわしいか。ロンド・ロランドとやら、決闘だ! 私と正々堂々、重戦甲で戦え!!」
* * * * * * *
「全く……」
何度思い返してもひどい成り行きだ。評議員たちは口々にカシオンをいさめたが彼は聞き入れず、結局、模擬戦で決める、ということで折り合いを付けさせた。
俺は引き渡されたばかりのポータインで、彼と決闘に臨むことになったのだが――
セザール・カシオンという男、コルグと数話にわたってやり合うだけあって、操縦はなかなかのものだ。機動力で勝るポータインを使ってなお、俺は彼のリドリバに有効弾を浴びせるタイミングをつかみかねていた――
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