第18話 ギル・ギブソンの野望
見かけたことはない。だが――おぼろげな記憶がよみがえる。あれは、TVアニメ版で知っている気がする。
(そうだ……あれは、ギブソン軍の迷彩色じゃないか?)
彼らが支配している北方のトリコルダ地方は、この辺りに比べるとやや寒冷で、針葉樹林と草原が広がっている。その土地で活動するマシンには、ああしたベタ塗りの緑が適しているのだ。反面、温暖でやや乾燥したこの辺りの、岩と砂の多い風景の中ではかなり浮いて見える。
あれはギブソン軍のものに間違いない。その上でリドリバを持ってきているとなると――原作に登場するキャラだとすれば、おおよそ見当がついた。
「ロランド殿、あのリドリバは……さすがに気になりますね?」
ジルジャンが俺の横に来て、小声でささやいた。
「ああ。おそらくだが……ギブソン軍の連絡将校ではないかと思う。まあ、ここで事を構えるのも具合が悪いが」
「皆には、自重するように伝えます」
「そうしてくれ。今日は面倒なことは忘れて、皆に楽しんで欲しいのだ」
ホテルの玄関をくぐって静まり返ったロビーを抜け、フロントに向かう。連絡がすでに行われていたらしく、コレグのメモを示すとすぐに話が通じた。
この世界には民間にも有線電話くらいは存在し、このくらいの街の大きな店や公的機関の間でなら、大抵は通話が可能なのだった。
前世の懐かしい黒電話とだいたい同水準の技術だから、停電しても連絡が途絶えることはないのも隠れた利点だ。
二階の北側に位置する、隣り合った四部屋ほどが俺たちの宿舎になっていた。いい部屋だ。人数分のベッドとロッカーがあり、真新しいシーツが敷かれ、給水器には新品の蛇口がついている。
兵士たちの何人かは、たまらず軍服のままベッドに飛び込んだり、ロッカーをむやみに開け閉めしたりしはじめた。
「落ち着け諸君。備品を持ちだしたりするんじゃあないぞ。まだ明るいが、少し高級な酒場へ繰り出して飲むとしよう。貴重品と護身用の武器以外は部屋において、カギはしっかりかけておくことだ」
――了解です、ロランド殿!
彼らはみな先の任務での働きを認められ、なにがしかの昇進や昇給を通知されていた。誰も彼も表情が明るい。彼らの意気上がる様子を見ると、こっちも嬉しくなる。
だが再びロビーに出たときに、俺はそんな折角のいい気分を台無しにされることになった。
――おやおや、どこの田舎軍隊か知らんが、ずいぶんと楽しそうじゃあないか。
――ははは。おおかた、その辺のキャンプ地から食糧の買い付けにでも来たのだろうさ。
――それならシュルペンに行かないとな、ここじゃあネジぐらいしか買えんのじゃないか?
部屋を観に行った間にロビーの一隅に陣取ったらしい、黒い軍装に身を包んだ一団の男たちがいた。
それがこちらをじろじろと眺めながら、聞こえよがしにそんなことを声高に言い合っているのだ。おまけに中の一人、一番階級の高そうな男の顔にはどう考えても見覚えがあった。
(あれはセザール・カシオン……やはりそうか――)
TVシリーズの五話。ウラッテのダム跡で焼け跡を漁っていたロランドの偵察隊に接触し、「山賊に加わったばかりの流しの傭兵」というでっちあげをあっさり信じてこちらに補給の手配を続けた男だ。
コルグたち相手に失策を繰り返したアニメ版ロランドを中途で見限り、彼が退場した後は自ら数話にわたって、ギブソン軍の先頭に立っていた。
最終的にはガルムザインの砲撃を受けてリドリバもろとも最期を遂げるのだが、正直虫が好かないし関わり合いたくない。無視するに限る。
俺は兵士たちを見渡し、構うな、と小声でまた命じた。
「何か雑音が聞こえるが、気にせずに行くぞ。こんなところで暴れたり拳を振るったりしたら、きっと腐れ縁になって終盤まで祟る」
「終盤って、何の話です?」
フェンダーが不思議そうな顔をした。
「ああ、いや。以前に読んだ滑稽本でそう言うのがあってな……」
だがカシオンは、陰口の範囲を踏み越えて、直接こちらに難癖を付けにかかってきた。
――おい、そこの若造。貴様、見たところこの辺りの軍閥の者らしいな。聞いているのか、おい。お前だ、そこの水色の髪のお前、額に絆創膏をくっつけた……
ええい。紳士的に無視してやろうと思っていたのに、名指しも同然に呼びつけてくれるとは。
「……なんですかな。若造とおっしゃるが、貴公も見たところ私と大差ない歳のようだが……」
つかつかと数歩近づいてカシオンを見下ろした。緑がかった髪色をした、キザな印象の男だ。ギブソン軍の黒い制服に、私物らしい紫の絹手袋が毒々しい。
「ふん。田舎軍閥の考えそうなことなどお見通しだ……クヴェリに恭順を勧めてここの工房を独占しようというのだろうが、そういう話ならこっちが先客だ。クヴェリはギル・ギブソン様の軍に全面協力してもらうことになるのだ。諦めてとっとと基地へ帰るがいい――」
最後は自分の言葉に酔ったものか、声にならない嘲笑に語尾が溶けた。
これは呆れた。どうやらこの男、TVシリーズの印象以上にバカだ。
あまり可笑しかったせいで、ついこっちも口が余計に動いた――
「これはこれはご親切に、痛み入る。どうもどうも、まさか競争相手に手の内から所属まで、全部教えていただけるとは」
「なっ……!」
俺の反撃を全く予期していなかったらしい。カシオンの顔面が怒気で朱に染まった。
「貴様あ……」
「ついでに言えば――」
意地悪くカマをかけてみる。
「こんなところで田舎軍閥の士官などからかっていて良いのですかな……貴方は既に、少なからぬ金と手間を費やした作戦を、手ひどく失敗しているかもしれませんぞ?」
カシオンの顔がにわかに不安そうな表情になり、部下たちと何ごとかささやきかわす様子だった。
「は! なんだか分からんが知った風なことを言う。不快なやつだ、その手に乗るものか! おい、いくぞ!!」
席を蹴って立ち上がり、俺たちの横をすり抜けて足音も荒々しくホテルを出ていく。やがて外で運搬車のベクトラが回る音が響き、彼らはどこかへ姿を消したようだった。
「ふん。しょうもない奴め……」
「駄目じゃないですか若……いえ、ロランド様」
リンがあきれ顔で俺の脇腹をつついた。
「部下の人たちには『気にするな、自重しろ』ってあれだけ念を押してたのに」
「う」
リンのツッコミに部下たちがどっと沸いた。真面目なジルジャンまで肩を震わせておかしそうにしている。
気を取り直してホテルをあとにし、しばらく歩いた後で見つけた酒場のボックス席で、俺はため息をついた。
リンに言われたことを引きずっているわけではなかった。
(既にここまでで……アニメ版の展開からはかなり大きくずれてきている……)
テーブルに置かれたペールの氷で唇を湿しながら、俺は首をひねった。
一体、今は何話に相当する状況なのだ……?
※ 重戦甲リドリバのイラストラフを近況ノートで公開しています。
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