第15話 対艦戦闘

 打撃艦には細かく分ければ数タイプが存在するが、いずれにも共通する特徴がある。

 それは、火砲が主に艦体の下面に配置されていることだ。

 この世界には地球のような意味での航空機が存在しない。空中艦が戦う相手、攻撃する目標とはつまり、地上の要塞や市街、そして同格の空中艦そのもの。 

 そしてたとえ重戦甲カンプクラフトであっても、巡航速度に乗った空中艦を追うことはできない。

 空中艦の持つ重力中和装置ベクトラのパワーと数は、重戦甲を圧倒的に上回るからだ。

 

 つまり俺が今なすべきことは、速やかに打撃艦の艦底砲塔群を沈黙させ、かつ、これ以上の高度へ上がるのを阻止することだった。それも機関部とブリッジには傷をつけずにだ。

 

(難しいぞ、これは!)


 砲塔の中には自動装填機構があり、上層甲板の弾庫から装薬と弾頭が順次送り込まれてくる。これを引火させずに潰さなければならない。

 俺は乗機がヴァスチフであることを感謝した。この機体が振るう重湾刀クリーバーであれば、辛うじてそれを成し遂げる目がある。

 

 先ずは左舷の単装百二十メリ砲へ向かった。湾刀の刃を返し、砲塔と防楯の間めがけて嘴状の突起をそなえた峰を叩き込む。衝撃と共に火花が散り、砲の基部がわずかに浮き上がった。反対舷の砲塔が回ってこちらを狙おうとするが、このタイプ「ブラーマン」にはそこに弱点がある。 

 火力を重視して側面に長砲身を積んだせいで、砲身が途中でつっかえて砲塔が全周旋回できないのだ。

 

「ひとつ旧型の『ディボン』なら、私はここで死んでいただろうがな!」


 もう一撃。防楯が完全に浮き上がって砲身がへし曲がった。これでもう、この砲塔は使えない。

 

「まずは一つ!」


 快哉を叫びつつも、俺は胃が気持ち悪く痙攣するのを感じていた。この船を速やかに無力化するには、どうやら重湾刀ですら威力が足りない。

 打撃艦は悶えるように艦体を震わせ、回頭しながらさらに浮上を続けている。こちらはそれを追いかけながら取り付いて、やや上向きに武器を振るう形だ。

 この体勢からは、機体の質量を斬撃に乗せることができない。

 一つだけ方法がないこともない。だが、それは重戦甲の格闘戦において厳しく禁じられている手段だ――

 

「ええい、ままよ!!」


 俺は左手で拳銃を抜き、コクピット中央にある重力制御装置の加減速レバーに向けた。その可動域の中ほどには、安全保持のために固くネジ止めされたストッパーがある。

 

 銃を押し付けて、それを撃ち抜く。

 破片と銃弾がコクピット内を跳ねまわり、うち一つが俺の額をかすめて鋭い痛みが走った。

 

「何の、これしき……! お前たちを逃がすわけにはいかんのだ!!」


 右舷の百二十ミリ砲に取り付き、湾刀を思いっきり振りかぶる。叩き付けるそのギリギリの瞬間――俺はベクトラの回転を逆転させ、危険域ギリギリまで押し込んだ。中和ではなく、重力の影響を増大させる方向へのスピンをかけたのだ。

 ベクトラは機体を空中へ浮かべるだけのものではない。機体の手足を振り回すことで発生する慣性モーメントを相殺し、関節の破損を防ぐという重要な機能がある。それを逆転させればどうなるか――

 

 重力中和装置周りのシステムは、俺たちが知るこの世界の、現有のテクノロジーでは解析することができない。動作原理その他はほぼブラックボックス、ただ所定の入力操作によって導かれる動作が経験的に知られ、集積されているだけの技術だ。

 何らかのバグなのかもしれない。物理法則の一部を踏み越えているかもしれない。だが、とにかくそこで現れる事象はこうだ。


――機体本来の加速や質量に制限を受けることなく、中和されない生の運動エネルギーと、局部的に増幅された重力が斬撃に集中する――


 それは標的に過大なダメージを及ぼすのだ。


「喰らえ! 超重力・ベクトラ反転斬り!!」


 勢いで口をついて出る、胡乱な必殺技名―― 

 腹に堪える不気味な衝撃と、身の毛のよだつような轟音がヴァスチフの機体を揺るがした。

 慌ててレバーを通常域に戻す。落下を始めていた機体が辛うじて持ち直し、打撃艦のやや下方にとどまった。モニターに映るのは――防楯ごと断ち割られてごっそりと脱落した砲架の残骸。

 

「出来た……! だが機体のダメージはどうだ? まだ持つのか?」


 機体のコンディションを示すパネル表示を仰いだ。右腕にかなりの歪みが出ているが、まだ動く。やれる!

 あとは艦首の二連装九十メリ砲塔を潰せれば、勝ったも同然だ。ブリッジ要員を恫喝して地表へ戻らせ、サエモドを先頭に地上部隊が内部へ突入すればいい。

 

 俺は乗機を半壊させてもいい覚悟を決め、総計一分間しか噴射できないヴァスチフの背部推進器を点火して艦首へ向かった。

「もう一撃!」

 だが重湾刀を振りかぶったのと同時に、二連九十メリが旋回してこちらに砲口を向けた。砲身がそこからわずかに振れた。照準微調整――来る!

「いかん!」

 推進器を目いっぱい側面へ向け、ベクトラを減速させて斜め下へ落ちる。空中に膨れ上がる黒い砲煙。

 耳を聾する轟きが去る間際、別の金属音が響いた。高速の物体が装甲に激突するときの、甲高い打撃音だった。着弾だ。


(なに!?)


 煙が晴れると、連装砲のうち一門が中ほどでへし曲がり、砲塔全体が艦首方向に押し戻されていた。


〈遅くなった。ロランド氏、無事かい?〉


「……コルグ君か!」


 振り返ればダム壁の中ほど、斜めになった斜面の部分にガルムザインが降りたつところだ。


「あの距離から、徹甲弾で砲身を撃ち抜くとは……化け物か」


 つくづく恐ろしい男だと思うが、ともあれ今は味方だ。再びベクトラを操作すると、俺は残る一門にとどめの斬撃を見舞った。 

 

         * * * * * * *    

 

「このまま地表に降りろ。さもなくばブリッジを潰す」


 左腕に重湾刀を持ち替え、打撃艦シュラック「ブラーマン」のブリッジに突きつける。艦の上面、前方から四分の一に位置するブリッジは、ちょうどヴァスチフがそのいかつい頭部を見せつけられる高さだった。

 機体右腕は流石に動かなくなった。肘と手首の関節がもう、ガタガタだ。

 

 艦はゆっくりと降下していく。後部甲板に二基あった連装二十メリ機関砲塔が一連射を行って抵抗を見せたが、ヴァスチフの装甲は抜けない。

 次の瞬間、再び飛来した砲弾が砲塔を直撃し、風防の樹脂パネルとフレームが粉々に消し飛んだ。

 

〈つい手を出したけど、余計だったかな?〉


「いや助かる。そのまま、山賊どもを脅してくれ。武装解除させよう」


〈そうさせてもらう。そこまで飛んでいくにはもう電力が厳しくてね〉


 ブラーマンが着地すると、グレッチの乗ったサエモドが側面の格納庫シャッターへと駆け寄った。

 

 ――ここを開けろ! 投降すれば命までは取らん!


 噴進砲ロケットを構えて中の乗組員へ呼びかける。一瞬置いて、シャッターが開き始めた。もはや士気はないも同然だ。

 

「勝ったな……」


 降伏した山賊どもは、駐機場に集められた。上からガルムザインのシューターが彼らを睨んでいる。

 

 ――榴弾を装填してある。撃たせると、全員死ぬことになるよ。

 

 半分がたハッタリに違いない。あの九十メリシューターの弾倉に弾種セレクターの機能はなかったはずだ。だが、扱ったことがなければ普通は知りようがない。

 

 医薬品のありかはポータインの操縦者が漏らした通りだった。俺たちは手分けしてその一切合切を打撃艦シュラックに積み込み、仕上げに捕虜を船倉に押し込んだ。

 格納庫に入っていた余分な資材を投棄し、空いたスペースに運搬車トレッガー二輌と部隊のサエモド全部を乗せる。ヴァスチフとガルムザインはブリッジ後部の上甲板に上げ、砲車キャリッジモードを取らせて固縛した。

 

「負傷者への手当はどうか?」


〈どうにか『輸血』とやらが間に合いました……血液型ってのを確かめるのがちと面倒でしたが、間違いはないはずです。シャーベル殿も、ほかの二人も持ち直してきています〉


「そうか……!」


 良かった。何よりの戦果だ。

 俺たちはダム跡を離れ、ラガスコへ向かって出発した。コルグたちは途中で降りてソリーナをテヌートへ送り届ける、ということになるが、それまでの間は同じ船の上だ。

 

 高度は可能な限り下げて飛ぶ。火器をすべて潰したため、途中で敵対勢力に襲われればかなりの苦戦を強いられることになるのだ。

 朝までに、出来るだけこの場所から離れねば。

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