第14話 カヴァード・ガール
(ソリーナ……待てよ。ソリーナだと……?)
記憶の中の何かが、小骨のように喉に引っかかる感じがする。
前世の記憶などというのは、そもそも残っていること自体が奇跡のような、か細く儚いものだ。今生での生活や経験がそれを上書きしていくだろうし、新しい経験が強烈であればあるほど、消えるものも多いはず。
俺がこの年になっても前世を覚えていられるのは、今生での経験が、前世に見たアニメの記憶と重なって、相互補完が行われるからかもしれない。ともあれ――
少なくとも、その名前には聞き覚えがあるのだ。はて、と考えるうちに、コルグはソリーナの足枷まで解錠を終えていた。忍者めいて器用な男だ。
「さ、ここを出よう」
コルグがソリーナを促して小屋の戸を出かけたとき、俺は彼の耳元で思わずささやいた。
「コルグ君、これはカンなのだが……あの娘、もしかすると――」
「えっ?」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔、とはこういうものか。コルグはきょとんとした顔でこちらを見たが、その時――
――お前たち、そこで何してる!!
誰何の声がかかった。先ほど倒さなかった、離れた道路わきにいた男だ。
「気づかれたか!」
「撃ってくるぞ、伏せろ!」
警告を発して地面に身を投げ出す。俺たちの頭上をライフルの火線がかすめた。
ええくそ、まだ早すぎる。医薬品を盗み出すのは仕方ないとしても、
――侵入者だ! 女を逃がす気だぞ、応援頼む!!
見張りの男が声を張り上げる。少し離れたところにあるいくつかの仮設小屋から、ばらばらと統率の取れない動きで男たちが飛び出してきた。
――むやみに撃つな、女に当たる!
その声に、我知らずニヤけて頬がひきつった――馬鹿め、貴様らのサエモドはもう動かせん!
「よし、あっちの崩れた寺院の廃墟まで走れ!」
前もっての打ち合わせで、戦闘が始まった時の集結場所として決めてあった地点だ。
「分かった!」
走り出すコルグたちを見送りながら、死んだ騎兵から回収しておいた信号ピストルを取り出す。信号弾は、むろん青だ。
伸縮式のストックを肩づけにし、上空へ向けて一発。シュッという音とともに煙が駆け上り、次の瞬間、夜空に青い光が広がった。
寺院あとまで俺も走る。
「よし、ここまでは悪くもなし、よくもなしだ。あとはフェンダー次第か……通信機のスイッチを入れろ!」
「了解!」
「位置を気取られるとまずい、まだ発砲はするなよ」
(フェンダー、頼むぞ。ちゃんと命令通りにやってくれよ……!)
胸の内に必死で祈る。敵はソリーナの安全を気にしてまだ撃ってこない。駐機場の方でセルモーターを回す音がいくつも響き、その後に当惑した叫びが続いた。
――畜生、エンジンが焼き付いた!? どうしたってんだ!
――クソ、こっちもだ! ……何だ、この匂いは?!
俺のいるところまでキャラメルの香ばしい匂いが漂ってきて、それがすぐにむせるような焦げ臭い刺激臭に変わった。
「あーあ、まんまと引っ掛かりやがったぜ……」
ゲインがさも嬉しそうに山賊をあざ笑う。
そこへタービンの唸りと
通信機にフェンダーの声が飛び込んで来る。
〈ロランド殿、来ましたよ! いまどちらですか?〉
「よし、よく来てくれた! まっすぐ進め、西側にある寺院の残骸だ。分かるか?」
〈見えてると思います、直進します!〉
トレッガーが干上がった湖底を駆け抜け、三十秒ほどで俺の前に到達した。軽傷で済んだもう一人のサエモド要員、グレッチが俺のサエモドで並走してきている。
「よし、私がヴァスチフで出る。皆はその後で運搬車に乗り込め!」
機体を固縛したワイヤーを掴んで、コクピットへよじ登る。すると、後ろからコルグが俺を呼んだ。
「ロランド氏! すまない、ダダッカを一輌貸してくれないか? 俺もガルムザインを出す、その代わり、ソリーナとデイジーを頼む」
「いいのか? 電力と燃料が足りないと聞いたが」
「やれるだけのことはやるさ。それにあなた方がいれば、勝てばあとは何とかなる。そうだろ?」
「ずいぶん信用されたものだな。分かった、そこの防弾板のついたやつを使うといい」
「助かる!」
「そら、こいつだ」
フェンダーにつけておいた騎兵が、コルグにダダッカのキーを掲げて見せた。
コルグとゲインがダダッカにまたがり、ダムの外へ向かって戻っていく。見張りや銃座についている者がいても、もうコルグたちにかかずらう余裕はあるまい。
「リン! 私のいない間、女性二人を頼む」
リンも愛用の単発
コクピットにもぐりこみ、起動キーをひねりながら俺はしばし、さっきの疑念を思い返していた。
「ソリーナ、か」
そういえば、一五話辺りからだったか? コルグたち一行にもう一人、機体をターコイズブルーに塗ったリドリバを駆る、美少女のキャラクターが加わっていた気がする。その名前を、ソリーナ・サンブルと言わなかったか。
(待て。これは……特大の厄ネタじゃないか!)
サンブルと言えば、かつて簒奪によって帝国の旧王朝を滅ぼしその地位を襲った、新皇統の名だ。歴史は繰り返し因果は巡って、今は実権を外戚の一門に奪われ、無力な飾り物になってしまっていると聞いている。(※
目の前の少女は家名を「トリング」と名乗った。テヌート村の裕福な農場主という話だったが、これが偽装だという可能性は十分にある。
問題はソリーナという女子の名前がこの大陸では割とポピュラーであることと、TVアニメで後半登場した少女が、目の前の彼女にあまり似ていなかったことだが。
コクピットの電装系に火が入ると、外部の音声を集音機が拾って伝えてきた。山賊たちの混乱が手に取るようだ。
――あいつら、重戦甲を持ち込みやがったぞ! なんとか食い止めろ!!
――動けるサエモドか、ガラトフはないのか?
――ええい、
どうやら敵は、ソリーナの身柄を損切りする方針に切り替えたらしい。だが時すでに遅し。
(その決断は、俺たちが彼女を小屋から連れ出した時点ですべきだったな!)
「ヴァスチフ、出る!!」
「私があれの砲塔をつぶす! 沈黙を確認したら、皆で船を押さえろ。グレッチ殿は必要あらば
〈ああ、やってみよう!〉
グレッチの応答を聴くと同時に、助走をつけたヴァスチフは浮上を始めたシュラックに向かって踏み切り、宙へ飛んだ。
(※ サンブル家については一話を参照
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