第13話 企みのキャラメル
――敵か?
兵士たちが押し殺した声でざわつく。だが、俺にはここで確信があった――月明かりに浮かんでうずくまる影は、三つだ。向こうもどうやら、警戒しながらこっちをうかがっている。
「闇を切り裂く声に」
向こうへ届きそうな最小限の声で、合言葉を唱えた。はっ、と息をのむ気配があり、一瞬遅れて聞き覚えのある声が返ってきた。
――応えて、今こそ走れ……!
俺は片手を上げて、背後の兵士たちに待機を命じた。
「みんな、武器を下ろせ。あれはコルグ君だ」
――そういうあなたは、ロランド氏か。
「ああ。やはり、先についていたのだな」
全員で監視員詰所の陰まで進む。コルグは額の辺りに右手をやって、敬礼の真似事をして見せた。
「実は、ここまで来たところでちょっと困ってる。あれを見てくれないか」
「む……」
指さした先――ダムの川上側に広がる干上がった湖底に、巨大な物体があった。周囲に設置された電灯の光で、その輪郭が辛うじて識別できる。間近に停められたサエモドとの対比からすると、全長はざっと百メートル弱といったところか。
「これは……驚いたな」
もっともらしく驚いてみせる。
「ね。あれ、軍用の中型
デイジーが途方に暮れたようなため息をついた。
「あんなものがあるとはさすがに予測してなかった。俺たちだけじゃ制圧できそうにないが、ほっておけば目的の娘さんを連れて逃げる時に、間違いなく追撃を受ける」
俺はもちろん、これを予測していた。その上でどうするかだが――
「ゲイン君だったか。ああいうものの操縦はできるのかね?」
ゲイン・マーシャルに目配せをする。彼はきょとんとした顔でこちらを見たが、慌てて首を振った。
「や、無理無理! そりゃ、操縦できなくはないけどよ! ああいうのをまともに動かすには、ブリッジだけじゃなく機関部にも人手がいるし、見張りや通信もやらなきゃなんねえ」
「それは問題ないさ。始動させられれば、あとは我々が分担する。この人数なら十分だろう?」
「本気かぁ!? まさか、娘っ子一人だけじゃなく、
「そのつもりだ。それに、山賊どもが蓄えてる医薬品もいただく。さもないとこちらの負傷者が、ラガスコまで持ちそうになくてね」
コルグが小さく身を震わせた。
「よし、やろう! だが注意してくれ。大きな騒ぎになると、娘さんを助けられない」
「ああ、必要な限りは君たちの指示に従うさ。まずはざっと打ち合わせをしようじゃないか」
* * * * * * *
監視員詰所から湖底までは、ダムの内部を通って階段で降りていくようになっていた。湖底に出たところには駐機場があり、今は空になった重戦甲用の整備ハンガーと、無人のサエモドやガラトフが数台並んでいる。
「じゃ、俺たちは目標を探しに行く」
「ああ、私も手伝おう。なんとなくのカンだが……たぶん、その娘はあそこの、駐機場脇の小屋ではないかと思う」
TVアニメ四話からの情報だが、目の前にもその傍証はあった。ダムの上にすら人員を配置していなかった山賊が、その小屋の周りには数人を配置して、灯を煌々と灯しているのだ。
しかも、歩哨たちの様子には緊張感がなく、周囲ではなく小屋そのものの方をときどきうかがっている。
「さらわれた理由は知らんが、それなりに目につく程度の美人なのだろう? ゲスな山賊では見張りにもろくに身が入らんだろうな」
「なるほど」
「いやあねえ、男って」
「あとそうだ、コルグ君。うちの兵士たちが差し上げたキャラメルだが……まだあるかね?」
俺がそういうと、ゲインがおかしそうに俺を指さして笑った。
「へへっ、なんだぁ? 強行軍で腹が減ったか、ロランドさんよ」
「いや、もしあれば、あそこの
「!……えげつねえこと思いつくもんだな、あんた!」
さすがにゲインはすぐに理解した。デイジーも嫌な顔をしたが、反対はしなかった。
燃料タンクの蓋を開けてキャラメルを一箱分も放り込んでやれば、次の始動時までには溶けたキャラメルがタンク中にいきわたり、気化装置やシリンダーを台無しにしてくれることだろう。
きちんとした軍のものならともかく、山賊などの整備の悪い歩行マシンは、えてしてバッテリーから直では始動できない状態になっているものだ。
「タンクに砂糖」は都市伝説だという話もあるが、俺は前世で実際に、バイクの燃料タンクに余計なものを入れられたことがあったのだ。あの時は本当に、どうしようかと――どうしようかと!!
コルグたちに譲られたキャラメルの類はデイジーが手元にまとめていて、まだかなりの数を残してあった。それを数箱づつ渡された三名ほどの兵士が、物陰に隠れながら軽歩甲に接近して行く。
俺はリンを連れて、コルグたちと一緒にくだんの小屋へ忍びよった。俺たちが潜んだ岩陰から数メートルのところ、白熱電灯を吊るした下に長銃を持った男が立っている。
そこから小屋をはさんで反対側に、もう一人。二十メートルほど離れた、古い道路あとの向こう側にも、ライトを灯して立っている男が一人いる。
(バカな奴らだ……ああやって照明の下に立っていては、暗がりは見通せないというのにな)
(おまけにこっちからは丸見えよね)
デイジーがそういった。彼女はと言えば、光の反射を警戒してトレードマークのメガネを外し、肩から羽織ったベストのポケットにしまいこんでいる。
一人づつ誘いだして潰すのがよさそうだ。俺はデイジーに「失敬」と小さく謝罪すると、彼女が腰に付けたポーチから、小さなレンチを一本抜き出して少し離れた別の物陰へと投げた。
カキン! キン! カラン!
派手めの音を立ててレンチが暗がりの中を転がる。見張りの男は訝し気に首をひねると、辺りを警戒しながらそちらへ向かって歩き出した。
(何すんのよ、人の大事な道具を!!)
デイジーが俺の首を後ろからチョークスリーパーの形に締め上げる。無言でもがく間に、コルグが見張りの後ろへと音もなく駆け寄った。
「ごめん!」
首の後ろの急所に手刀を叩き込まれ、見張りが崩れ落ちる。彼が上げた小さな悲鳴を聞きつけて、反対側にいた男がこちらを覗き込んだが、そいつはゲインが無造作に殴り倒していた。
カギを奪い取って小屋の戸を開け、中に侵入する。粗末なベッドの上で、足枷と革手錠を付けられた赤毛の少女がこちらへ怯えた目を向けていた。
「ソリーナ・トリングってのは君だね?」
コルグが彼女の前にしゃがみ込み、物柔らかな声で尋ねる。ソリーナがうなずくと、コルグは少女の口をふさいだ即席の猿ぐつわを外し、手錠の解除に取り掛かった。
「お父さんに頼まれて、君を助けに来たんだ。走れるかな? もしだめなら仲間が抱きかかえるけど、その時は失礼があっても大目に見て欲しい」
「モガ……じょうぶ、大丈夫です。走れます……来てくださってありがとう。あいつら、私をギブソン軍に売り渡すつもりだったみたいで……!」
「安心して、必ず連れて帰る」
コルグがいかにもヒーロー然としたセリフをさらっと吐いて見せる。
だが一方、俺は村娘だというこの少女、ソリーナに強い違和感を覚えていた。
(村娘だと、これが? まさか)
その白い肌と整った目鼻立ち、額や顎の優美な骨格は、どう考えてもそのあたりの野育ちの娘などではなかったのだ。
※劇中に登場する空中艦艇・
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