エピソード・2 カヴァード・ガール

第12話 ダム基地潜入作戦

「負傷者の容態はどうか?」


 ヴァスチフのコクピットから、通信機で後方の運搬車トレッガーに呼び掛けた。小部隊でも指揮を執るとなれば、気に留めるべきことの数は大幅に膨れ上がる。ロズ・フェンダーは自身の頭の悪さを理由に指揮権を放棄していたが、俺だって前世では管理職の経験などない。

 

 それでも今のところ何とかなっているのは、父が士官としての基礎を仕込んでくれたおかげだ。


(父上には、全く感謝するほかない……)


 教育は大事だとつくづく痛感させられる。

 コルグ・ダ・マッハがいい例だ。あれだけの腕と機体を持ちながら流しの傭兵のように暮らしているのは、彼が軍人として教育を受けていないせいもある。


〈少々お待ちください、確認します〉


 フェンダーは通信機の向こうで誰か兵士と話している様子だったが、しばらくすると返事があった。

 

〈重傷者三人がだいぶ危険な状態です。砲撃で吹っ飛んだせいで医薬品、特に止血剤が不足していて。特にシャーベルがよくない、衛生兵の見立てでは今夜あたりがヤマだ、と〉


「シャル・シャーベル殿か。サエモド要員の士官だったな……」


 シャル・シャーベルは実のところサエモド隊のリーダーだった。黒髪を眉上で切りそろえたショートボブが印象的な、二十代前半の女士官だ。

 寡黙で目立たないが統率力がある。アルパからも信頼されていたし、フェンダーも彼女には一目置いている。


「シャーベル殿を死なせるわけにはいかん。むろん他の重傷者もだ……」


 俺は早くも、任務を続行した自分の判断を後悔し始めていた。


 現時点で出来る縫合など処置は一通り施してあるし、帰還したところで受けられる医療そのものはほとんど変わらない。だが、出血が止まらないのは想定できていなかった。

 縫合のしかたが不十分だったのかもしれない。それにマシンの振動も傷にはよくないはずだ。


「くそ、何かいい方法はないか……」

 

 例えばそのあたりの野草かなんかで、止血作用のあるものでもあれば。 だが、おいそれと都合よく見つかるものでもあるまい。

 

 と、通信機の音声に、誰かの喚き声が飛び込んできた。

 

 ――頼む、殺さないでくれ……!! 俺ぁ良い情報を持って……そいつを教え……

 

「フェンダー、その騒ぎはなんだ?」


〈例の、ポータインの搭乗者ですよ。さっき目を覚ましたんですが、シャーベルが死にそうだってんで兵隊どもが殺気立って〉


「そうか、シャーベル殿は慕われているのだな……いや、いかん。そいつを殺してはいかんぞ」


 話を聞くうちに、頭にひらめくものがあった。

 

「ギブソンの軍からポータインを三輌も供与されているほどだ。ウラッテには、医薬品も相応にそろっているのじゃないか? それを訊いてみてくれ」


〈なるほど! さすが、ロランド殿は頭が切れますな!〉


 しばらくすると、報告が入った。ウラッテには確かに医薬品の潤沢な蓄えがあるという。

 

〈何だか『輸血用血液』とかいう、気色の悪いものもあるらしいです〉


 おお!?


「それは朗報だ!! 急ごう、上手くいけばシャーベルも、ほかの重傷者もあっさり助かるかもしれん!」


 輸血による救命が一般的になるのは、地球でも確か1910年代。ちょうど第一次世界大戦のころだ。フェンダーが知らないのもうなずけるし、ギブソン軍は現時点での最先端の医療技術を手に入れている、ということでもあるのだろう。

 

 俺は偵察隊に命じて行軍速度を少し早めることにした。歩兵は全て運搬車に載せてしまう。ここからならもう、ウラッテの方がラガスコに戻るより近い。サエモドとダダッカの乗員には負担が増えるが、見えかけている救いに手が届かなかったら、後悔してもしきれない。

 

 

         * * * * * * *



 ウラッテ渓谷は、コルグたちが駐機していた場所の近くを流れる川を、ずっと上流へたどった所にある。

 屏風を向かい合わせにしたようなジグザグの谷間を抜けて進んでいくと、谷を塞ぐようにそびえる半壊した石造りの壁が、木立の向こうに現れた。

 夕刻に差し掛かっていた。太陽はすでに西の山陰に隠れ、壁の破れ目の向こうには白熱電球がいくつも灯されているのが見える。

 周囲の地形から判断するに、どうやらあれは大昔のダムのような建造物の跡らしい。

 

「タービンを止めろ。気付かれてはまずい」


 俺は部下たちに命じて、運搬車トレッガーを木立の中に停めさせた。敵に傍受される危険を考えて、通信機の使用も禁じた。

 

 コクピットから身を乗り出し、双眼鏡で前方を視察する。

 ここから壁までは、地球の単位で言えばざっと二百メートル。その間に身を隠せるような遮蔽物はほとんどない。これは正攻法では難しい。


「ロランド殿!」 


 ただ一人生き残った正規の騎兵が、ダダッカを駆って報告に来た。

 

「どうした?」


「川を挟んで森の反対側に、昼間見たあのタウラスⅡがいます。ガルムザインとか言うあの重戦甲カンプクラフトも。しかし、そばには誰もいません」

 

「なるほど、コルグ君は既にここまで来ていたようだな……マシンを放置するとは不用心な」


「丁度いいですね、奪いますか?」


 いつの間にか間近に来ていたフェンダーが、なんとも心無いことを言いだす。


「莫迦なことをいうな、彼らとはまだ共闘中だぞ。恐らく自分たちの受けた依頼のために、内部に潜入したのだ」


「とすると、彼らは侵入する方法を見つけたということですな……?」


 騎兵が首をひねった。うむ、なかなか見どころがあるぞこいつは。


「うむ。こういうときはな、周りをよく見るのだ」


 俺は双眼鏡を構えたまま首を回し、壁とその周辺をよく観察した――どうやら、側面の山腹からダムの上へ出ることができそうだ。コルグたちもおそらく、同様のルートを使ったのだろう。

 

 さて。コルグと共闘できたこと、彼らのおかげで部隊再編と行軍再開が早められたことが、この場での状況を大きく変えている。

 

 TVシリーズでの俺は、コルグが潜入して荒らしまわった直後にこのダムに到着し、山賊の残存兵力と交戦しながらコルグに追いすがろうとして結局振り切られていた。

 打撃艦シュラックも到着前に重力中和装置を破壊されて使えず、未練たらしく焼け跡を物色中にギブソン軍の連絡隊がやってくるという波乱の連続。


 山賊に最近加わった流れの傭兵である、という偽装を信じさせ、ギブソンの走狗としての役どころを表面上引き継いで涼しい顔で補給を受け取るのだが、代わりに周辺地域で望まぬ略奪まで演じるという羽目になっていた。

 

 ……アニメ版の俺、豪胆さは評価するがいくら何でも流され過ぎだ。

 

(なに、今生では、もっと上手くやって見せるさ……)

 

 俺は部隊をさらに分けた。フェンダーが使っていたサエモドから通信機を下ろし、体力のある歩兵に担がせる。無傷な俺のサエモドには噴進砲を二本担がせ、突入戦力として運搬車とともに待機させておく。

 戦える兵士を八人選抜し、あとは後詰に残した。死んだ兵士の装備は、潜入組に渡して弾数の足しにさせた。

 

「フェンダー、貴官がこの作戦の要だ。こちらの状況が決定的なものになったら、私は赤か青の信号弾を上げる。赤なら負傷者を守って撤収しろ、私のサエモドも放棄して構わん。ヴァスチフを敵に渡さないためだ。だが、青なら――上がり次第通信機の電源を入れろ。こちらもそうする。連絡を取りつつ合流して、ヴァスチフでこの基地をつぶすのだ。いいな」


「了解しました。こりゃあ凄い作戦だ。うまくいったら大手柄ですね」


 フェンダーが配置についた後、先ほどの騎兵にそっと告げる。

 

(君もここで待機してくれ。もしフェンダーが命令を破って勝手な行動を取ったら、構わん。撃ち殺せ)

(わ、分かりました……)

(負傷者も見捨てさせるなよ)


 リンと兵士八人を連れ、ダム横の斜面を登る。かなり険しかったがなんとかダムの上に出られた。

 

「欠員はいないか? 誰も怪我はないな? よし、五分間休憩だ、みんな靴ひもを緩めて水を一口飲め。呼吸を調えろ」


 兵士たちが静かに安堵の吐息をついた。ずっと緊張したままでは、よほどの超人でもなければつぶれてしまうものだ。

 

 ダム上の平坦な通路を、身を低くしてそろそろと進み始める。一メルトほどの幅で崩落した部分を飛び越える時が、一番ヒヤヒヤさせられた。だがどうにか、通信機を持ったままダムの中央部まで進んだ。 

 水門脇に、監視員の詰め所がある。灯がついていないので無人と思われたが、折しも雲間から出た月が、その小屋の影にうずくまるいくつかの人影を照らし出した――

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