第10話 ファイト・イン・タッグ
本隊がポータインの襲撃を受けている。アルパ・デッサがヴァスチフで出た様子は――まだない。
歩けば遠い五百メルトの山道も、
次第に大きくなる砲声に耳をつぶされながらも、俺はキャビンへにじり寄ってゲイン・マーシャルに声をかけた。
「ゲイン君。君たちのマシンに通信機はあるのか?」
「あぁ? あるぜ。どうすんだ、そんなこと聞いて」
「私のマシンはサエモドだ、腕には自信があるが、あの混戦では厳しい。できれば君たちと連携を取りたいのだよ……コルグ君にも伝えてくれ、周波数は1448に固定しておく」
「は? 軍人だろ、あんた……えらく思い切ったな!?」
「私はまだ死にたくない。機密保持や建前など今は後回しだ。それに、私にも守らねばならん娘がいてな……!」
「娘ねぇ」
前方で着地したガルムザインに合わせて、タウラスⅡも停止した。俺はゲインたちを置いて飛び降り、そのまま走った。
「リン……! リン・シモンズ!! どこだ!?」
前方に転倒して煙を上げるサエモドがある。まさか――いや、あれは二号だ。
――若様―っ!
少し離れたやぶの辺りから、声とともに手を振る動きが見えた。ありがたい、そんなところにいたか!
駆け寄ると、リンはダダッカにまたがり機体の脚を曲げて伏せさせていた。サエモドで戦えるほど慣れていない彼女は、ダダッカを切り離して退避していてくれたらしい。
「無事だったか……!」
「あたしは何とか。でも、運搬車が直撃を受けて……!」
「何だと……!? では、アルパ殿は?」
「分かりません。他のサエモドも散り散りになっちゃってるみたいですし……!!」
「くそ……」
そのときだった。ひときわ鋭く
――スピンアップ! ガルムザイン!!
コルグの声が高らかに響いた。拡声器か何かを通しているらしい。ポータインが振り向いてガルムザインをみとめ、手にした七十七メリバレル・シューターを放った。砲弾が白い装甲の表面で跳ね、ガルムザインの上体がさすがに一瞬ぶれる。
「バカな! 鎌倉時代の合戦じゃあるまいし、こんなところで名乗りなど……!」
叫びかけて、不意に理解した。コルグ・ダ・マッハはあえて名乗りを上げたのだと。ポータインの砲撃をその身に引きつけ、こちらが状況を打開するチャンスを手にするために必要な時間を、作ってくれたのだ、と。
目からどっと涙があふれ、背筋に鳥肌が立った。「重戦甲ガルムザイン」の主人公が、俺のために一肌脱いでくれた。作品のファンとして、これほどまでに嬉しくもバカげた体験があるだろうか!
(前世、四十を過ぎるとやたら涙もろくなった記憶があるが……今生でもそのままとは困ったもんだな!)
「リン、私を乗せて、あの
返事を待たず、リンの後ろに飛び乗った。サドルの長さが足りず尻が不安定だが、そんなことは言っていられない。後ろから抱きつくような形になって、彼女が一瞬身を固くしたのが分かった――申し訳ない。
「きゃっ……ちょっと、どうするんです!?」
「アルパ殿の身に何かあったに違いない。場合によっては私がヴァスチフで出る!」
俺までが手綱を握ると操縦が混乱する。俺は彼女の両脇から手を伸ばし、サドルの最前部にあるグリップ・ホーンを掴んだ。
「黒いのに乗ると危ない、って言ってたじゃないですか!」
「言ってられる場合か!」
二人を乗せてもダダッカの馬力には余裕があった。炎上した運搬車のそばまで来ると、半壊したキャビンの傍らにアルパが倒れていた。
マシンを飛び降りて駆けよる。アルパは頭を打ったらしく、呼びかけても返事がない。
「ご免!」
彼の首から掛けられた紐ごと、ヴァスチフの起動キーをむしり取った。
(やはりそうだ……アルパなどという名は三話のエンディングにクレジットされていなかった。アニメ本編では、ハモンド軍の偵察隊は俺が率いているような描写になっていた。そして、ガルムザインと山賊の撃ち合いに巻き込まれて、複数の部下が死んでいた……)
TVシリーズのロンド・ロランドは、以後その恨みを晴らすべくコルグたちを追うことになるのだが――今生ではどうやらそうはならない。だが、それでも。
「つまり……アルパ殿はもう、助からんということか!!」
飛び込んだヴァスチフのコクピットで、俺は歯噛みした。原作に沿った事象には、どうやら恐ろしいほどの拘束力がある。少々の変更を加えても差異があっても、それはある部分は無視され、ある部分は修正されて本来の流れに収斂していくというのだろうか?
流れ弾なのか、榴弾らしいものが一発ヴァスチフの近くに着弾し、爆炎と黒い煙が吹きあがる。その中で俺はヴァスチフを起動させた。
つづいて通信機のスイッチをオンにし、通話帯域を1448kmz(ケロメルツ)に固定する。
「スピンアップ」などとは口が裂けても言うまい。あれはコルグの決め台詞だから。
――私はロンド・ロランドだ! ヴァスチフ、出撃する!
〈ロランド氏か? その
「そうだ。正規の搭乗者が人事不省でな……ほかの将兵とも連絡が取れん。私がやるしかない、連携を頼めるか、コルグ君?」
〈連携か、慣れてるとは言えないが仕方ないな。やってみるよ!〉
ああ、やはり良い男だ。敵対したくないものだ。
俺はガルムザインの位置を確認しながら、ポータインを十字砲火に捉えるべくヴァスチフを躍らせた。
「くそ、ちょこまかと……!」
軽装甲のポータインは回避力が高い。互いの距離が数百メートル止まりのこの状況では、砲口を向けた時点でテレフォンパンチも同様。その砲撃はほぼ無駄になる。おまけに、こちらはそこら中に散らばった兵士や味方のサエモドを気遣わなければならない。
ガルムザインの持つ九十メリ・シューターが弾切れになり、コルグは大胆にもそれを地面に投げ捨てた。
〈ロランド氏、こっちは弾切れだ。
「分かった!」
距離を取ろうとするポータインに格闘で追いすがるのは、ヴァスチフでは難しい。だが、出力と重量のバランスに優れたガルムザインなら、辛うじて何とかなるのだ。例えば、砲を投棄して重量を減らせば。
目まぐるしい攻防が数合続いた後――赤熱したスキナーが、ポータインの腰部に露出したエネルギーケーブルを断ち切った。
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