第9話 変転の一歩

「この人が着てる服は、ギブソン軍のものとは違うみたいだ。といって、山賊でないのも間違いない――」


 コルグが仲間を見回してそういった。デイジーがそれにうなずく。


「うん。そこらの山賊なら、こんな質のいいオイルは使えないはずよ」


 デイジーめ、恐ろしい鼻をしている。アニメではここまでではなかったはずだが……いや、そんなことより。


「ギブソン軍、だと?」


 聞き覚えのある名前だった――二重の意味で。

 ここからやや北方の鉱山地帯を地盤にして居座った、ハモンドとは別系統のより大規模な軍閥だ。TVシリーズでは後々コルグたちと数話にわたって抗争を繰り広げることになるし、今生でも旅立ちの前から何かと風聞が伝わってきていた。


 父、ジュピタスから受けた地政学の手ほどきによれば。大陸東部に位置するこのウナコルダ地方は、手中に収めればそこから中央平原へ進出して王都を掌握することも可能だとされている。

 現状、それに最も近い立場にあるのがこのギブソン軍――元は東方十二郡を守る方面軍の長官だった男、ポール・ギブソンが作り上げた機甲軍団だというのが、世の軍事通が予測するところだった。その名前がここで出てくるということは……


「知っているのかい?」


 コルグ・ダ・マッハがその形のいい眉をピクリと跳ねあげてこっちを注視した。


「噂ぐらいはな。君たちは、もしやギブソン軍と事を構えているのか?」


「ま、間接的にはそういうことになっかな?」


 思わせぶりに笑うゲインを、コルグがたしなめた。


「そういうのは止そうよ。この人は真面目に訊いてるんだ――ええ、話すとちょっとややこしいんですけどね。テヌートって村の農場主の娘が五日前に山賊にかどわかされて……いろいろあって、俺たちに奪還の依頼が入ったんです。それで、調べてるうちに……奴らがギブソンの軍から支援を受けてるらしいってわかったんだ」


「何と……!」


 これはかなり注目すべき情報だった。ギブソンの支配地域とこの辺りにはやや距離があるし、野心があってもそうそう大っぴらに部隊を動かすことはできない。群雄割拠のこの状況で、ウナコルダは各軍閥の微妙なバランスの上で安定を保っているからだ。

 だが、公然とできない謀略や工作を任せられる下部組織があるとすれば――そうだ、これはクヴェリの一件とも符合するではないか。


 何より俺にとって、コルグ・ダ・マッハの性格と人品は疑いようがない。ちょっとナチュラルに無礼なところはあるが彼は心底から善人で、間違っても姑息な悪だくみを出来るような男ではないのだ。信用に値する。


「ああ、自己紹介が遅れたな。俺はコルグ・ダ・マッハ。父の形見のこのガルムザインで、用心棒とか便利屋みたいなことをやってる。小さな村には治安を預かる騎士がいないことも多いからね。で、こっちのでかいのがゲイン・マーシャル」


「へへ、コルグとは義兄弟みたいなもんさ。で、こっちのおっぱいメガネが俺の従姉の――」


「その呼び方やめて、ゲイン。ホント品がないんだから。私はデイジー・モーグ、クヴェリで免許を取った整備士よ」


 ああ。聞くまでもない。君たちのことは全部、いやというほど知っているとも――アニメ本編での宿敵と分かっていても、懐かしさと親近感はどうしようもない。俺は目が潤んでくるのを隠して、ハンカチで顔の汗を拭くそぶりでごまかした。


「なかなかいいチームのようだな……改めて、ロンド・ロランドだ。今の話だが、我々が偵察に出た目的も、恐らく同じ山賊だと思う」


「ホントかい? 担いでるんじゃないだろうなぁ?」


「こっちにも懸案があってね。一週間前に、クヴェリで重戦甲カンプクラフトを用いた襲撃が行われたのだ、調査の結果――」


 言いかけたその瞬間。くぐもった金属音と共に日が翳った。見上げると草地の上、梢に縁どられた青空を、巨大な人型が横切っていく。

 持続性の甲高い振動音は、やはり聞き間違えようもない。重戦甲カンプクラフトポータイン――ここからでは逆光ではっきり見えないが、多分カラーリングも先日の物と同じだ。


「うっわ! やべえよコルグ、見られたぞこりゃあ……」


 ゲインが顔色を変えてタウラスのキャビンへ向かう。移動しようというのだろう。


「仕掛けてくるなら迎え撃つ! ガルムザイン、出るよ!」


「お、おぅ!」


 荷台に駆け上るコルグに、デイジーが呼びかけた。


「コルグ! バッテリー残量、八十五パッセン!! タービン回せばもっといけるけど燃料があんまりない、節約して!」


「分かった、砲車キャリッジモードで起動する」


 てきぱきと指示を飛ばし、行動指針を確認し合う三人。やはりいいチームだ。


 ガルムザインは荷台の上で腰を下ろした状態から、両膝を伸ばしてつま先を前方へ向けた。そのまま重力中和装置ベクトラを起動させ、運搬車トレッガー・タウラスⅡの荷台から離れて宙を滑り出す。

 

 砲車キャリッジモードとは――ヴァスチフにも実装されている隠密移動形態だ。大質量の手足を振り回さず、地上からわずかに浮遊して移動することで、機体のシルエットを隠蔽しつつエネルギーの消費を抑えて行動できる。速度もそれなりだ。


 ポータインはこちらへ攻撃してこない。飛んで行った方向からすると――俺にとっての本隊、ハモンド軍の偵察隊に接近しつつある。


(待てよ。この状況がアニメの三話なら……彼らは山賊と交戦し、俺は少し遅れてヴァスチフで出た覚えがある。コルグに敵と誤認されて、互いに発砲したのが敵対のきっかけだったはずだが……)


 ふと、いやなことに思い当たった。アルパ・デッサは、三話に登場していないのだ――まさか?


 俺は、木々をなぎ倒しながら走りだしたガルムザインへ向かって呼びかけた。


「コルグ君、私と共闘してくれ! 山賊どもの本隊は北のウラッテ渓谷に隠れているのだ!」


 その後を追うタウラスから、ゲインが答えてくれた。


 ――分かった、コルグに伝えるぜ! あんたも乗っていくか?


「頼む!!」


 俺はタウラスⅡに飛びつき、荷台に体を引き上げて手すりにしがみついた。

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