第8話 ジャーニー・マン
ラガスコでサエモドに搭載された新品の通信機で、中央の
「はい、そうです……旧式の軍用
〈ふん……
「……はい」
一瞬迷ったが結局隠すのを諦めた。アルパ・デッサという男、やはり無能ではない。トレッガーと重戦甲が運用上不可分であると熟知している。とはいえ、ここで勇み立って攻撃を命じられても困るのだが。
「従者の報告から考えるに、リドリバの特殊なタイプではないかと思われますが……」
〈ロランド君。報告はすべて、そのままこちらへ上げたまえ。君の裁量で小出しにされては困るぞ。まあ、そんなところにリドリバが一輌というのは確かに妙だ、迷うのもわかるが〉
リドリバは標準的な性能と希少度で、小規模の組織でも扱いやすいマシンだ。ただ装甲がやや重く、どちらかと言えば防衛向きの機体であるというのも良く知られている。アルパがリドリバ単騎での行動を不審に思っているのもそれが理由だった。
余談だが、アニメ本編の設定ではガルムザインと同じ原型機から派生したということになっていて、シルエットやパーツ構成に似たところがある。俺の報告はそれを踏まえて脚色をしていた。
〈……よし、ロランド君。その連中と接触してこい。マシンは使わず徒歩で行け〉
「徒歩で、ですか……?」
〈そうだ、武器があればとっさの時に使いたくなるものだが、それではかえって事がこじれるからな」
「なるほど……」
〈こちらの所属以外の情報は、ある程度向こうに与えても構わん。その代わり、それ以上の情報を掴んで戻ってこい。難しい任務だが、勝手に斥候を出した上に偵察結果をごまかそうとした罰だと思っておけ。上手くいけば不問にしてやる〉
アルパの言葉は、語尾の息遣いが弾んで声が明るかった。どうやら苦笑しているらしい。
「……ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
〈挨拶はいい、すぐに行ってこい〉
「ははっ」
となれば、行動は早いに限る。俺は軍服からハモンド軍の記章や肩部のアーマープレートを外して所属をぼかし、旅装用のマントを羽織ると、サエモドの操縦をリンに任せて東の川沿いへ向かった。
報告にあった地点までは地球の単位に換算しておよそ五百五十メートルといったところだが、生い茂った木々や点在する岩に阻まれて見通しがきかず足場も悪い。ダダッカを使えば何ということもないが、徒歩ではなかなかきつかった。
(元の体のままだったら、途中でへばって死んでいるぞ、これは……)
高低差もあって、五百メートルが三キロくらいに感じる。それなりに鍛えているロンド・ロランドの体でも、汗が吹き出し息が上がってきた。だが、はたと気づく。
(待て待て、連中に接触する際は、俺は旅人という態を装うのだ……なら、なんで忍者か何かのように走り回る必要があるものか)
ばかばかしい。任務と思って逸ってしまったが、向こうだって息を切らした汗まみれの男が突然現れたら警戒するに決まってる。
平坦な地形を選んで、ゆっくり歩き始める。だんだん心が穏やかになってきた。子供向けアニメの挿入歌などをなんとなく口ずさんでいるうちに、やがて川のせせらぎが耳に入り始めた。
「そろそろか……?」
木立の切れ目から日に照らされた草地が見えて、俺は足を止めた。こちらは木陰、向こうからは見えにくいはず――そう思った瞬間に、いきなり誰何の声がかかった。
「そこの人! 隠れてないで出てきなよ、俺たちに用があるみたいだけどさ」
(なっ……!)
さすがに肝をつぶす。考えてみれば、歌など歌うべきではなかった。
いまの声には前世で聞き覚えがある気がした。おそらくはコルグ・ダ・マッハの親友、ゲイン・マーシャル。運搬車(トレッガー)の操縦を担当する、長身で力持ちの青年だ。
「何者かは知らないが、俺たちは人命のかかった探索の途中です。怪しいそぶりを見せたら、撃ちますよ」
こちらの声は間違いない。コルグ・ダ・マッハ本人だ。このセリフには聞き覚えがある――今こそはまさしくロンドの初登場回、第三話の冒頭に違いなかった。
「わかった、今そちらに姿を見せる……撃つな、私は怪しいものではない」
両手を肩の高さに上げ、掌を正面へ向けてゆっくりと草地へ進み出た。
コルグ・ダ・マッハはたき火のそばに立ち、使い込まれたリボルヴァーを両手で構えてこちらに狙いをつけていた。栗色の長髪を肩の後ろで一つに束ねた、金色の瞳を持つ育ちのよさそうな青年だ。
日に焼けた顔はいかにも田舎育ちという感じだが、高い襟のついたウインドベスト風の胴着には、随所に手の込んだ金細工のボタンが飾られている。
木立に隠れて見えていなかった、
「ほお……これはまた随分と立派な重戦甲だ……」
アニメでもだいたい同じようなニュアンスのセリフを言っていた気がする。乗機を褒められれば悪い気はするまい――
「ん、ああ。これは父の形見なんだ……で、あなたは何者です? ここは街道からも外れてる。ただの旅人とは思えないな」
「いや、まさにその、旅人なのだ。故郷のカッタナへ戻る途中だったのだが、この近辺の街道で武装した山賊が出ると聞いてね。迂回したつもりでいたが、どうも迷ってしまったらしい」
「嘘だね」
コルグの隣にいた、メガネをかけた長身の女がぴしりとそう決めつけた。長い足をカーゴパンツ風の脚衣で覆い、草の上に胡坐をかいている。タンクトップのシャツで上半身を覆う、その胸元のラインがほれぼれするほどに美しい。
富田監督がそのキャラデザインを絶賛した女傑、「美乳公女」とファンの間でパロディのネタにされまくったコルグ一行のメカニック担当、デイジー・モーグに違いなかった。
「嘘など、私は――」
「……歩行マシンに使うダンパー・オイルの、劣化した匂いがさっきからかすかに漂ってる。このコとは違うやつよ」
そう言って、デイジーはガルムザインを指さした。そうか、歌ではない。接近を気づかれたのは、この女の鼻のせいだ……!
「そのお兄さんからも同じ匂いがする……あなた、軍人よね? 正直に答えて」
「む……」
コルグの指が撃鉄を起こす音が響いた。これはダメだ。俺はマントを肩上にはね上げて、その下の軍服をさらした。
「分かった、本当のことを言おう。私の名はロンド・ロランド。所属だけは明かすわけにいかないが、とある軍のものだ。現在は偵察任務に出ている。君たちに接触したのはその一環だ」
「ほーっ」
ゲインが大げさに感心して見せた。顎をしゃくるようにしてこちらを指し、コルグの方を振り返る。
「えらくあっさりとゲロしたもんじゃねえの。これ、逆に軍人じゃなくて本物のトーシロなんじゃねえか、コルグ?」
「それは分からないさ。軍人にだって、間抜けな奴もお人よしもいるよ」
おおぅ。確かに、コルグというのはときどきこういう、歯に衣着せぬ物言いをしてくれる男ではあった。むかつくがここは多勢に無勢、地の利も悪い。あくまで丁寧に慇懃に振る舞うしかない。
「ずいぶんな言われようだが、君たちの……その、人命のかかった探索というのが気になる。良かったら詳しく話してくれないかね。我々と利害が一致するようであれば、協力にもやぶさかではない」
「だってさ。どうする?」
「ふうん……」
コルグが少し考えこんだ
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