エピソード・1 リターナーズ
第7話 タイト・ロープ
その日のうちに、俺の宿舎には軍服一式と拳銃、その他こまごましたものが届けられた。これでまずは格好がつく。
銃は敢えて旧式な六連発のリボルバーにしてもらった。だいたいは自決するときか、部下の目に余る命令違反を処断するくらいにしか使わないものだ。
六発も撃てれば充分、それにどうもこの世界の自動拳銃はまだ技術的に未完成らしく、TVシリーズ中でもよく作動不良を起こしていた記憶があった。
「でも残念でしたね、若様。あのヴァスチフ……でしたっけ、黒い強そうなやつを貰えたら良かったのに」
拳銃を分解してパーツの錆や汚れを落とし、トリガーの具合を調整していると、リンがそんなことを言って来た。
彼女にも騎兵用の軍服を少し手直ししたものが支給されて、いかにも士官が個人的に召し抱えた随員、という感じになっている。この計らいには少なからずほっとさせられた。
家を出てきた格好のままでは、ありていに言って腹周りが露出しすぎたいわゆる「へそ出し」ファッションで、傍目にどうもよろしくなかったからだ。
「ああ。まあ、とりあえずはハモンド殿の差配で間違いはないのだ。先任の士官がいるのだし、むやみにその頭を飛び越えるわけにはいかないだろう」
ヴァスチフはハモンド配下の士官、これも騎士階級の出のアルパ・デッサという男が受領する運びになっている。ちらりと姿を見た感じ、一回り年上の真面目そうな武人タイプだ。
実際に動いてみない事にはわからないが、今のところ不快な印象はなかった。
「若様はそれでよろしいんです?」
「ああ。良いのだよ……たぶん私があれを使うと早死にか何か、不幸な目に遇――」
「え?」
(あっ)
うっかり口を滑らせてしまったことに気が付いて、俺は口ごもった。TVアニメそのままの展開をなぞれば、同じ運命をたどることは避けられまい。だが、リンをはじめこの世界の普通の人間にそれを説明しても、納得させることは難しい。
「いやその……実はだいぶ前に、旅の僧侶に予言されたことがあったのだ。曰く『黒きに拠れば危うし、白きに遇えば難し』と」
「それは……」
リンが驚いた表情になり、次いで考え込む様子になった。
「重戦甲に乗る乗らないの話だとしたら、またずいぶん細かいところを衝く予言ですね……」
(や、これはまた、何かしくじったか……?)
情けない話だが、こうなるとどうも怖じ気で身がすくむ。原因は俺の持っている常識や社会通念といった感覚の「ずれ」だ。こちらの世界に生まれ十八年生活してなお、俺は前世の諏訪原光雄の体験によって影響を――もっとはっきり言えば汚染を――受けたままになっている。
俺が説明に用いた「旅の僧侶」は実在せず、それに類する事例も俺は具体的な伝聞を知らない。今とっさに口にした出まかせは、リンたちが想起する「予言」とは違うイメージだったかも知れないのだ。
例えば、普通の占い師や僧侶はもっと大ざっぱな予言しかしない、とか。
「でも、お坊様が予言を下さるってことは……若様はきっと、すごく大きな事に関わる運命なんですね!」
「あ、ああ、そうだな。そうかもしれん」
なんだか話がおかしな方向に入り込みそうだ。危ない危ない、思えば幼いころ、リンに「お前のことは生まれる前から知っている」などと言ってしまった時も、こんな感じで口を滑らせてしまってそのままドツボにはまったのだった。
「とにかく、明日からはまずハモンド殿のために働く。リンはできるだけ危険のないところから、私を手助けしてくれるとありがたい」
「ええ、任せてくださいな、若様」
アニメの展開をなぞって早死にするのはいやだ。それでも、この世界に今の境遇で生まれてしまった以上、マシンを駆り砲火をくぐり、剣を振るっておのれの道を切り開くしかない。先の見えない霧の中で綱渡りを試みるようなもので、何ともゾッとしないが――考えてみればそもそも人生とはそういうものであったような気もする。
* * * * * * *
アルパ・デッサ率いる小部隊は、
俺もその隊列の中にいた。持ち込んだサエモドには「サエモド三号」のナンバーが振られ、単発式の使い捨て
〈周囲の警戒を怠るな。何か変わったことがあればすぐに報告し、その場から退避せよ〉
通信機からアルパの指示が流れてくる――今日これで三度目だ。さすがに緊張しているのだろう。
クヴェリを襲った賊は、ポータイン二輌を中核にサエモド四輌を投入してきていた。これは通常、一介の山賊や小規模な武装組織では考えられない兵力だ。
――おそらく、背後で大きな軍閥が動いている。
それがドローバ・ハモンドの読みだった。クヴェリの重要性を考えれば、破壊するよりも勢力下に収める方が上策。地理的にそれを最短でなしうるのはハモンド自身の陣営だ。
つまり、その何者かはクヴェリがハモンド軍に吸収される前にその戦略的価値を損なわせようとした、ということが推測される。
ポータインの搭乗員を尋問した結果、クヴェリ北方にあるウラッテ渓谷に、彼らに命令を下した指揮官が手勢とともに潜伏しているらしいと分かっている。罠ではないかという疑いもあるが、動いてみない事にはその確認もできない。
そんなわけで、俺たちは一種の威力偵察に駆り出されたわけだ。罠があれば食い破って敵を叩き、見えざる敵の企みをつぶす――そのための切り札が、アルパに与えられたヴァスチフというわけだった。
〈若様、戻りました〉
通信機の有線チャンネルにリンの声が飛び込んできた。移動中の俺のサエモドに接触して、腰ブロック後部に内蔵された電話器から話しかけているのに違いない。
「ご苦労。何か変わったことは?」
俺はリンを私服に着替えさせて民間人の猟師のように仕立て、彼女のダダッカと共に偵察に送り出しておいたのだった。命令外の行動だが、サエモドで当面をしのぐとなるとこのくらいの小細工は必要なはずだ。実際TVアニメの劇中でも、ロランドはしばしばリンをそういう形で使っていた。
〈それが……ここから五百メルトほど東の川沿いに、旧式の軍用
予期せぬ情報に、体が一瞬こわばった。胃のあたりがキュッと締め付けられるような感じになって、わずかに手が震える。
「何だと? 軍用……それは間違いないか?」
〈間違いありません。荷台に一輌座ってます――
(はて……何者だ?)
軍用の運搬車は隊商が使うものとは少し違って、重戦甲を長々と寝かせたりしない。すぐに立ち上がれるように、荷台の上にちょうど「体育座り」の形で固縛して運ぶ。車体長が短かくて済む分小回りが利くが、代わりに懸架装置は強力なものを要求される――
「重戦甲の形式は分かるか?」
〈見たことのない、白い機体です……周りに他の車両や機体はありません。乗員らしき男と、男女一名づつの随員がいるだけでした〉
(何だと……!)
頭の中に稲妻が走った。旧式の運搬車に白い重戦甲、わずか三人というありえない編成――間違いない。
「重戦甲ガルムザイン」における本来の主人公、コルグ・ダ・マッハとその仲間たちだ。荷台の白い重戦甲はすなわち、番組タイトルロール――「白銀の天狼」ガルムザイン。
(では、ここからがTVシリーズでの俺の登場シーンか!?)
これは慎重に動かねばなるまい。ガルムザインだとしたら、不用意に敵対すればこの程度の部隊は消し飛ぶ。それに、いくつか記憶との食い違いがあるのが気になった。
アルパ・デッサという名前のキャラクターは、そのエピソードに登場していないのだ――
※ リンが目撃した重戦甲「ガルムザイン」のイメージイラストはこちらで掲載しています。
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